七本場17
ようやく場の雰囲気に小馴れて来た夕貴は、転換をしているステージ上を何とはなしに眺めていた。ギターだのキーボードだの、存在こそ知ってはいるものの、全て自身の手が届く事の無いと思っていたものが乱舞している。
例えば堂河がピアノを弾いている場面を授業中に見る事があるが、その手付きを見ているだけでも目が回りそうになる。渋川が難解な音楽用語を並べ立てて来るもその半分も理解出来ない。
故に自身は音楽的なセンスは無いのだろうと決め付けていたが、こう言う場に身を晒し至近距離で音楽に触れていると、どうにも興味が湧いてくるものである。
一組目のバンドが撤収し、転換が終了して二組目のバンドの演奏が始まった。男性三人女性二人のパンクバンドのようだ。
ボーカルを務めている女性はたまに歌をトチっているように感じた。あまりボーカルに慣れていない雰囲気が、素人の夕貴にも感じられた。
それでも本人は一所懸命で楽しそうである。他のメンバーもさして問題にはしていないようで、自身の受け持つパートの演奏に尽力している。
夕貴は何となく、その様子を注視していた。
「おっと、そろそろかな……俺は次だからそろそろ一階に行くよ。終わったらまた声を掛けるから、まあ楽しんで行って欲しい」
三曲目の演奏が終わった所で中野は空になったグラスをカウンターに置き、夕貴の側を離れた。
「中野クン、次出るノ?」
「ああ、ローナさん、盛り上げてくれよな」
バーカウンターの店員に軽く挨拶し、中野は防音ドアを開けてフロアを後にした。夕貴はその背中を見送り再びステージの方へと視線を引き戻した。
夕貴はカウンターチェアに腰掛けたまま、ステージで行われている演奏をじっと眺めた。正直、曲や演奏技術の善し悪しは分からない。しかしステージ上でのバンド全体の連帯感や、そこから派生していく観客との一体感はライブハウスデビューの夕貴にも伝わって来た。
そもそもチームワークはかつての自身の領分である。技術はともかく場を読む事には長けている……はずである。
麻雀は自分以外全員敵であるが、バンドのようにむしろチームワークを迫られると或いはその点に於いて自身は活きて来るのかも知れない。
そうこうしている内に演奏が終わり、バンドが転換を始め、中野を含むバンドメンバー達がバックの階段から忙しなく現れ、手際好く機材の設営を始めた。ボーカルは女性で、後は男性の五人組のバンドのようだ。中野はメイプルボディのベース──フェンダーのJB-75──を手に、慣れた手付きでアンプにベースを繋いでセッティングをしている。
「ネーネーオネーサン」
「ひゃっ!?」
突然夕貴は肩に手を置かれ、不意を突かれた形になった夕貴はつい驚嘆した声をあげてしまった。何事かと思えば、先程中野がローナと呼んだバーカウンターの店員が夕貴の肩に両手を置いて耳の側で声を掛けて来ていた。
「オネーサンも、バンドやるノ?」
「え!?いえ、私は今日初めてライブハウスに来たから……」
「そうなノ、オネーサンもネ、バンドやってみるヨロシ。キット楽しいからネ。それとオネーサン、素敵な身体付きしてるネ。たくましいヒト、ワタシ好きヨ」
そんな事を言いながらローナは夕貴の肩を撫でて来る。どうにも夕貴が慣れていないノリのスキンシップに戸惑うが、彼女の性格なのかそれとも出身国のお国柄なのか、陽気なそのノリがバーカウンターを任されている要因なのだろう。
異国情緒溢れるスキンシップを終えた辺りで、中野が参加しているバンドのステージが始まった。