七本場16
中野もいつの間にか手にグラスを持っており、ストローからではなく直接口を付けて何やらを飲んでいた。雀荘でもそうだったが中野はこういう風俗店に於ける場馴れ感がある。
夕貴は何となく落ち着かない気分であったが、取り乱す訳には行かないと平然を装い、バーカウンターに設えられているカウンターチェアに腰掛けた。座面がやや高い位置にあるので、これならフロア全体を見渡せる。
ステージは演奏の合間のMC中で、トーク中のボーカルが冗談を言ったのかフロアは失笑に包まれている。
ステージの頭上には多色のホライゾンライト、ステージのバックにはレーザーイルミネーション、フロアの天井にはミラーボール……夕貴が想像していた、如何にもらしい『ライブハウス』の様相であった。
そんな夕貴が気になったは、ステージバックの隅にある、カーテンが掛けられた壁面であった。荷物を置くスペースにでもなっているのだろうか。
「えー、では最後の曲です。まだまだイベントは続きますので、楽しんで行ってください!」
MCも終わり、再び演奏が始まった。この客との一体感がライブの醍醐味である事は、ライブハウス初体験の夕貴でも感じ取った。
やがて大音量の演奏が終わり、簡単な終幕の挨拶をして演奏していたバンドが撤収作業を始めた。演者達は機材を手早く仕舞い、夕貴が先程気になっていたステージ隅のカーテンを開いた。そこにあったのは上から降りてくる階段であった。そしてその階段を、機材を持って上って行った。
「……あの階段って何?」
「ん?ああ、一階に繋がる階段だよ。一階が控え室になってて、直接機材をステージに持ち運び出来るようになってる。客の間を通って機材を運ぶのは大変だからな」
なるほど、だから一階と地下階が店と言う事になっていたのか。好く考えられていると夕貴は感心した。
ちょうど演奏の切れ間だし、夕貴は先程気になった事を中野に訊いてみる事にした。
「さっきチケットもらった時にノルマが何とかって言ってたじゃん?あれってどういう事なの?」
「ああ……」
中野は持っていたグラスをカウンターに置いてから、話し出した。
「まずこういうイベントってのは基本的にアマチュアバンドが集まるんだけど、イベンターって言う、まあ要するに主催者がいて、その主催者が知り合いのバンドに声を掛けるんだ。『場所と機会を提供しますからイベントに参加しませんか?』って言う具合にな。その代わりにそのお世話代を集める訳。これがノルマ。で、そのノルマの中からハコ代なんかの経費が払われるって訳だ」
中野は飲み物を舐めると、続けた。
「で、参加するバンドには最初にノルマ分のチケットが配られる。今回はノルマが三万だから、千五百円のチケットが二十枚。で、普通はその時点でチケットと引き換えにノルマの三万が払われるんだよ。今回はバンドマスターがイベンターから参加を打診された時にもう払ってる。で、バンドマスターがチケットをバンドメンバーに配って、バンドメンバーもその分のチケット代をバンドマスターに払う。今回俺のバンドは五人だから一人頭四枚、六千円だな。で、それを知り合いなんかに売ってチケット代を回収するって訳だ。だから、別にチケット代を回収出来なくても好い、って人は、チケットをあげたって構わないんだよ」
「は~なるほど!そう言うシステムになってたんだね」
「補足するなら、さっき受付で『中野のバンドを聴きに来たって事で好い?』って訊かれただろ?あれはバンドコールって言って、チケットを持たずに受付でチケットを買ったお客さんに聴きに来たバンドの名前を確認して、その分がバンド側に還元されるようになってるんだよ。だからチケットを持ってるお客さんには訊かなくても好いんだけど、一応確認の意味で全部のお客さんに訊いてるんだろうな」
「じゃあノルマの四枚を超えるお客さんを呼べたらその分が返って来るって訳なんだ」
「そう言う事」
初めて聞く単語ばかりで脳内がショートしそうになったが、夕貴は何とか理解した。
「店が主催したりノルマ制じゃなかったり、イベントの形態は色々あるけど、この店はそのタイプが多いな」