七本場9
五五④⑤⑥⑧⑧(白白白)(879)
この形に受けておけばドラが鳴ける。中野が言っていた『有利な事』とは、『ドラを鳴ける』という事だった。
萬子の両面待ちで決めてしまうと、ドラは自力でツモるしか手変わり出来ないが、シャボに受けておけば嵌張でドラを鳴ける。シャボに受けておいて自力でドラをツモれれば、筒子の三面張にも渡れる。
麻雀は聴牌までを競うのでは無い。和了りを競うのである。そして和了れないと感じれば相手を和了らせないようにする。目の前の聴牌に飛び付いているようでは麻雀は平面的で、もうワンランク上を目指すのは単純な聴牌競争だけでは不可能なのだ。
「私もまだ自分の手牌しか見てないって事だよねー」
中野が淹れてくれた紅茶は美味である。プロテインバーは最早粉物と言っても好い程パサパサの為、この紅茶とプロテインバーは意外とアリの組み合わせである。
「まあネット麻雀とリアルの麻雀は違うさ。リアル麻雀は相手の仕草とかから得られる情報もあるから単純に手牌だけで勝負してる訳じゃ無い。でもネット麻雀は手牌と捨て牌だけしか無いからな」
「あ……そうそう、いつだったか後輩クンが言ってた、部長は萬子を左端に並べるって言ってたのもそれだよね」
「多分癖なんだろうな。理牌する時に最初に認識するのが萬子なんだろうな」
「後輩クンに言われてから部長も意識してるみたいだけど、僅差のオーラスみたいな切羽詰まった時はまだ左端に並べてるもんね」
「麻雀は打ち筋にしろ所作にしろ当人の癖が絶対あるモンだよ」
癖と言えば……と、夕貴はふと思い立った事を中野に訊いてみる事にした。
「雀横やってて思うんだけどさ、何で皆こんなに鳴くのかな?」
「うーん……」
麻雀の事なら立て板に水の中野だと思っていたが、珍しく考えるような表情になった。中野でも分析出来ない事があるのだろうか。
「まあ、俺はネット麻雀はほとんどやらないから確かな事は言えないけど……」
前置きをしてから、中野は続けた。
「今はじっくり手役狙いよりもとにかく早く和了って場を回す事が重視されてる。誰かに和了られるくらいなら安くても自分が和了る。役なんて追わずに聴牌即リーで足止めして、ツモって裏が乗ればラッキー、あるいは役牌一鳴きで防御は考えない、みたいな打ち筋が主流だよ」
「和了れなかったら役満も意味が無いからね~」
「でも……」
「ん?」
「ネット麻雀に限ってはそう言う理由で鳴いてるような感じじゃ無いと思う。負けても何も無くならないから、とにかく和了る事だけが楽しいみたいに捉えてるような気がするな。和了るのは誰でも出来る。ひたすら和了りに向かえば好いからな。でも振り込まないのは腕が無いと出来ない。ここをどう認識してるかの差だろうな」
「……?何か難しいね」
中野は重厚に語って来るが、夕貴はイマイチピンと来ない。
「そうだなぁ……簡単に言うと、皆が和了だけをひたすら目指して打って来るとしたら、配牌の時点で勝負が着いてる理屈になる。でも麻雀ってそうじゃ無いから面白いんだよ」
確かにその辺りは夕貴にも分かる。どんなに配牌が好くても一番乗りで和了れるとは限らないし、泥臭い配牌でも意外な手に変容する事もある。様々なドラマが卓上と言う舞台で繰り広げられるからこそ魅力的なのであって、全員が『和了る』と言う主役を奪い合っているのでは脚本も演出もあったものではない。
丁度夕貴が紅茶とプロテインバーを平らげた辺りで他の部員が来部した。中野とのマンツーマンも切り上げ、活動開始となったが、夕貴は中野の講釈が何となく頭に残った。




