六本場31
しばらく待ち、全体がふつふつと焼き上がって来たところで中野がもんじゃ用のはがしを差し出して来た。
「どうぞ、お姫様」
もんじゃが焼けなかった事を遠回しに揶揄して来るのは皮肉っぽい面がある中野らしい。彩葉も特に言及せず、中野が差し出して来たはがしを受け取った。
「端からこうやって……」
中野は生地が好い具合に焼けている端の部分をはがしで押さえ付け、やや強めに火を通してから掬い上げた。
彩葉も見様見真似でそれに準じ、初もんじゃを口に運んだ。
焼けた生地の香ばしさとそれを支えるキャベツの食感と甘味、更にそれを後押しする海鮮具材のコンコードは彩葉にとって異次元の食味であった。
「どうだ?部長」
「……カイセン三色、お口の中が満貫です」
「更にウーロン二つで跳満……ってなモンだ」
彩葉の洒落のめした感想は中野の影響かも知れない。ともあれ彩葉は無事にもんじゃデビューし、その味を堪能した。
「小エビの食感が好いアクセントですね。イカも甘くて」
「ホタテも名脇役みたいだろ?」
二人でもんじゃを堪能している中で、彩葉はふと中野の対面に座っていた天條学院の西葉川の事を思い出した。
(そういえば中野くんの対面は中野くんの事を気にしていたように感じましたけど……知り合いでしょうか?)
彩葉は手にしていた汗をかいている烏龍茶のグラスを座卓に置き、コテで力一杯にキャベツを鉄板に押し付けている中野に話し掛けた。
「中野くんの対面に座っていた天條学院の方……お知り合いですか?中野くんを気にされていたようですけど……」
「対面?ああ、金髪の……いや、知らないな。向こうは俺の事を知ってるのかも知れないけど」
もんじゃを相手に一仕事しながら中野は返事をした。その様子に嘘を言っているような雰囲気は無い。
中野が否定した以上追及しても空問答になるだけであろう。天條学院は強豪である為彩葉にも知人がいる。後で詳細を訊いてみようと彩葉は考えた。そう、打ち筋が気になっているだけで、決して中野との間柄が気になった訳ではない。そういうわけでは。決して。はい。
彩葉は再び、跳満の味に戻った。




