六本場29
「俺も進言出来る程えらかないけどさ……」
謙遜か自信か分からないが、中野は前置きをしてから話した。
「むしろこんな世相だからこそ、部長がどう打つかが指軸になるんじゃないか?」
「と言いますと?」
「部長はもうそこそこ有名なんだし、部長がプロになって意志のある打ち方を知らしめて行けば後進もそれに倣って行くんじゃないか?」
人は強者に従う。プロ野球を例に挙げると、強打者や豪腕投手に野球少年やアマチュア選手は憧れを抱く。
「でも……麻雀の結果は一過性のものです。大きな大会で優勝出来ても、野良試合で負ける事も珍しくない……」
「結果を残すならプロ、記憶に残すなら巷ルール。そんな風に考えれば部長なりの答えに辿り着くかも知れないな」
「……」
採譜を行うプロの対局ではその局の再現が可能である。そこで実力を如何なく発揮出来れば後世が唸るような結果を残せるだろう。
野良試合なら、例えば役満を華麗に和了ったとすれば同卓の面子がその事を覚えていてくれればそれが一つのステータスになる。
華々しく勝つ事、浪漫を捨てて堅く勝つ事。
自身が目指すのはどちらなのだろうか。
これまではそのような事を意識せずに打って来られた。しかしながらもう短い間に今の環境は変わってしまう。卒業すれば当然である。そんな思いが、にわかに自身を迷わせているのだ。
プロになって打つか、あるいは雀荘でメンバーとして打つという道もある。
「……ありがとうございます。今すぐに、という訳には行かないかも知れませんが……答えが出せそうな気がします。答えが出たら中野くんにいの一番に伝えたいと思います」
「お役に立てたのなら」
彩葉がお辞儀をしたのに合わせ、中野も会釈した。
「へいお待ち!」
彩葉の昏沈が一応の落着を見たところで、再び大将が小上がりに姿を現した。盆の上に載せられた大きめの丼を座卓の上にどんと置いた。彩葉はまじまじとその丼を覗き込んだ。




