六本場27
「らっしゃいー」
中から威勢の好い声が二人の来店を迎えてくれた。引戸を開くと、右手には巨大な鉄板を設えたカウンター席が五つあり、左手には四人掛けのボックスが二つ、奥には小上がりが見えた。カウンター裏の壁には煮染めたような色に変色したお品書きの短冊がずらりと貼られている。小ぢんまりとしているが中々に雰囲気のある店内である。
「おお中野くんかい。今日はデート?」
「鉄板のようにあつい恋を……ってですか」
ははは、とカウンターの中にいるねじり鉢巻の大将らしき人物と中野は、十年来のように笑い合った。
「小上がり好いですか」
「好いよ、今は空いてるからね」
「部長、座んなよ」
中野に促されるまま、彩葉は靴を脱いで小上がりの座卓に座った。本来は大人数用の席らしいが、特別に大将が空けてくれたらしい。
大将が座卓の鉄板に火を入れてくれた。そしてオーダー用紙を手に注文を取る。
「部長は何か希望が?」
「いえ……すいません、全然分からないので中野くんが決めて下さい」
彩葉は座卓に置いてあるメニューを手にして顔が隠れる程にらめっこしていたが、未体験の領域に自信が無いのか結局中野にぶん投げて来た。
「かしこまりました……じゃあ大将、海鮮三色一つと、烏龍茶二つ」
「はいよ~」
大将は注文を書き付けると、厨房らしきスペースへと消えて行った。カイセン三色……タンピン三色の親戚だろうか?と彩葉は珍妙な事を考えていた。
「これがコテですよね?」
彩葉は座卓に備えてある返し用のコテが気になるのか手に取ってもてあそんでいる。
「家じゃ使わないかい」
「フライ返しはありますけど……お好み焼用のコテは初めてです」
「部長、料理得意そうな雰囲気だもんな」
「え?ええまあ。それなりに。はい」
彩葉の例の口調が出ているが、中野はそれ以上突っ込まなかった。
彩葉はそれ以上掘り下げられないようにと手にしていたコテを温められている鉄板の縁に置いた。
「それはそうと対局お疲れ様でした。交流会の要素を持つイノベーションとして今後とも発展して行って欲しいものです……」
彩葉は言いながら自身のサッチェルから自身の対局ではなく中野の対局の牌譜を取り出した。
バサバサと紙を翻らせ、見つけ出したのは天條学院の西葉川の牌譜であった。
「東二局は……これですね」
西葉川が一盃口或いは七対子の聴牌に取らず、④を切って一向聴に戻して中野から三九○○を和了った局である。
「……やはり牌譜を見ると聴牌に取らず④を切って一向聴に戻していますね。中野くんはこの打ち筋をどう思われますか?」
中野は彩葉から座卓越しに牌譜を受け取り、ざっと眺めた。
「聴牌即リーが主流の今では少数派かもな。④と北のバッタも、ドラ側の④はともかく北はそう悪い待ちじゃない。でもまあ……」
中野は牌譜を彩葉に差し戻した。
「聴牌即リーなんて初心者にも出来るし、その先で一味違うのが巧い打ち手なんじゃないか?」
「……そうですね、私もそう思います」
彩葉は鉄板の熱で紙が焼けないよう、差し戻された牌譜をファイルに仕舞った。
「他にもあったと思います。高め一盃口の聴牌を捨てて萬子を押さえ待ちを三面張に伸ばしつつ中野くんの当たりを止めていた局、オーラスでは受け入れを減らしてでも和了りへの期待値を高めています……そしてその待ちを、中野くんは見事に躱しています」
喋りながら彩葉の声のトーンが幾ばくか下がっているようである。中野は彩葉が言わんとしている事を察したのか、先ほど大将が注文の際に持って来たステンレス製の四角い油引きを手に取り、熱されている鉄板全面に慣れた手付きで塗り広げた。




