六本場20
南一局、ドラ西。親は鍵屋町。
(油断したぁ!さっきの和了りミスからてっきり初心者だと思ってたのに先切りの平和一通なんて……こんなの先輩達に知られたら罰として伝統のツモ素振り百回やらされちゃう……!!)
先ほど中野に振り込んでしまった飛鳥台の鍵屋町は人知れぬ所でテンパっていた(メタファー的な意味で)。中野の東三局でのぬるい打ち筋に油断して、先切り牌の跨ぎ聴牌など無いと思い込んでしまった。
和坂も鍵屋町も二年生である。部の厳しさは身に染みている。あからさまなミスは体育会系並みのペナルティが待ち受けている。
牌譜は後ほど部に提出しなくてはならない為、その事を考えると配牌を取る手が震えるくらいの不安が過る。
せめて点棒を取り戻せる配牌が来て欲しいと、鍵屋町は願いを込めて配牌を開いた。
二三四七八①⑤⑥468西白 ③
(やった、好配牌……!)
面子が一つに両面が二つ、重なれば打点アップのドラもある。この手はものにしたいと、鍵屋町は喜び勇んで白から切った。
手はサクサク進み、四巡目ではや一向聴となった。
二三四七八③③⑤⑥468西 九
普通ならドラを手放すタイミングである。他家はまだ端牌を整理しているようなので、鳴かれる事はあっても当たる事はまだあるまい。しかし鍵屋町はそこで手を止めた。
(うーん、六を引いたなら喰いタンの目一杯に受けてドラ切りなんだけど……)
先に筒子の両面が入ると両嵌の選択を強いられてしまう。喰いタンならば索子から鳴けば済む話なのだが、九引きだと少々ねじれて来る。
(例え両嵌が先に入ってもこれじゃせいぜい一三○○オール……まだ四巡目だし、ここは狙ってみたい)
鍵屋町の頭に、伝統のツモ素振りがちらついていた。こんな手を新入部員のように両嵌受けに取っていたらレギュラー候補から外されてしまう。索子の下側への手変わり、むべなるかなドラ重なりも期待して、鍵屋町は8を切った。
下家の中野は呑気にツモって切っている。飛鳥台の麻雀部にも仏頂面の部員はいるが、ここまで表情が変わらないのも珍しい。
しかし、と鍵屋町は反芻した。
先ほど中野が和了った手も、よくよく考えて見るとそこまで非効率とも言えない。確かに完全一向聴よりは受け入れ枚数が少ないものの、それはその時点での話であり、例え裏目の③をツモったとしても索子に雀頭を求めれば再聴牌チャンスは多い。⑤切りでは受け入れ枚数は減る代わりに、一通を見る事が出来る。つまり打点と効率の期待値を最大限に出来る一打であると言えよう。
(目一杯に受けるのが競技麻雀だとしたら、さっきの下家の人の一打は実戦派の一打……)
そう考えると、鍵屋町はにわかに不安になってきた。目一杯で打てばせいぜい五二○○点の手をダマで七七○○点に仕上げたのだ。これは偶然出来た事ではあるまい。
そんな事を考えていると、鍵屋町の対面に座る聖陽の梅香崎がドラ表示牌の南を切って来た。
(オタ風のドラ表……聴牌?)
リーチ無しという事はまだ聴牌していない可能性もあるが、タンピン系の聴牌の可能性もある。
(そうじゃないなら、多分……)
一番臭うのは七対子のドラ待ちである。梅香崎の捨て牌には序盤に中張牌がそこそこ出ている事だし、その可能性は高い。
次巡、鍵屋町は鬼引きで嵌張の5を引いて来た。
(聴牌……あれ?)
しかし、鍵屋町は背中を何かが這い回るような悪寒を感じた。
(……何で私、ドラなんか残してるの……)
重なり期待で残していた西であるが、聴牌してしまえば当然出て行ってしまう。そしてそれが手遅れになると、待っているのは……




