一本場14
翌日の放課後、七海は委員会の集まりということで授業終了後教室に不在であった。中野はこれ幸いと教室を抜け出そうと、喧騒に満ちている教室を背に、ドアを引いた。
「おっ、来た来た。ねーキミ、中野くんでしょ?」
中野がドアを開けて廊下に出た瞬間声を掛けて来る者があった。活発そうなショートヘア、ブレザーではなく青いパーカー、指定の上履きではなくバッシュを履いたその人は、麻雀部部員の平坂夕貴であった。
開かない方のドアに寄り掛かっていたらしく、中野を見るなり背中で反動を付けて立った。
「七海ちゃんから頼まれてさー、キミを迎えに行って欲しいって」
七海が教室にいないため油断しまくっていた中野だったが、まさかこんな伏兵を用意してあったとは。
「キミ、麻雀強いらしいじゃん?」
「いや、俺はそんな大したものじゃ……」
「ケンソンー。七海ちゃん負かしたって相当でしょ?」
「半荘一回だけですよ、強いも弱いも……」
「まーまーそう言わずにさ!ちょっと付き合ってくれるだけで好いから」
夕貴はウインクしながら両手で中野の手を取る。逆ナンなら嬉しいのだが、全く同じ状況であるにも関わらずひどく嫌な感じなのはなぜだろう。
「俺はこれから用事が……」
「一緒に……くる……麻雀……する」
「うおっ!」
突然後ろから低い声がしたかと思うと、中野の背後にぴったりと貼り付くようにこれまた麻雀部の名古沙夜がいつの間にか立っていた。これには中野も驚かざるを得ない。
「いつの間に……」
「最初から……いた……」
どうやら夕貴と挟むような位置取りで立っていたらしい。
「まあまあ後輩くん、ね?」
「ん……行く……」
夕貴に手を牽かれ、沙夜に背中を押され、本人の意思は全く考慮されずに、中野は放課後の廊下をドナドナするのであった。
「部長!只今戻りました!」
先を歩いていた夕貴が飛び込んだのは、普段誰も近付かないような、中野は物置だと思っていた教室であった。入口付近にパーテーション代わりのロッカーが並べられているため、外から中の様子は好く見えないのである。
「平坂さん名古さん、お疲れ様です」
中からは品のある透き通った声が聞こえて来た。三人を迎えに出てきたのは、長い黒髪が他人を魅了して止まない、麻雀部部長の柊彩葉である。
「無事に彼の人を連れて参りました」
中野は沙夜に背中を押されるがままに部室へと入った。物置だと思っていたが中は案外に清潔である。
「中野くんですね?私は麻雀部部長の柊彩葉と申します。本日は御足労頂きまして御厚意痛み入ります」
何ともまぁお堅い挨拶である。中野は苦笑いを浮かべながら、どうも、とだけ返事をした。
「今日は最高級の紅茶とザッハトルテを用意してますよ♪」
「おおっ部長ナイス!」
好く見ればテーブルには電気ケトルと茶器、高そうな皿が置かれている。テーブルと並べて置かれているソファも、本革でどう見ても高そうだ。
「さあ中野くんお座りになって下さい。お紅茶が好いですか?コーヒーや日本茶も出来ますよ」
部長に促され、夕貴が手を牽き、更に沙夜が背中を押してくる。中野は渋々といった様子で高そうなソファに腰を下ろした。




