五本場46
日和亭の後をついて、二人は四季から程近い日和亭にやって来た。表装に赤煉瓦を貼り付けたレトロな雰囲気の店舗で、入口には白い軒が掲げられ、十字に木枠で仕切られた窓のついた木製の扉がある。
日和亭は通用口から入る為に裏手へ回り、七海と中野は来客用の扉を開いて店内へと足を踏み入れた。
店内は照明が消えている為やや薄暗いが、日和亭が照明を点けてくれたのか、これまたレトロな造形のペンダント式の照明が点灯した。
店内には箱席が三つ壁側に張り付くように並んでおり、中央のスペースを挟んでカウンター席が五つあった。テーブルも木製の物を使用し、全体的にクラシカルな好い雰囲気を醸し出している。
中野が椅子を引いて、座面に手を伸ばした為七海はそこに腰を下ろした。その後中野も対面に腰を下ろした。
「あの……」
流れでここまでついて来てしまった七海であるが、中野の意図を量りかねている為何と話したら好いものかと、いまいち言葉を紡げずにいた。
「とりあえず何か飲もうぜ」
「え……あ、はい」
先程四季で紅茶をもらった為あまり喉が渇いてはいないが、せっかくなので七海はテーブルの隅に立てられている飲み物のメニューを眺めた。
「え……と、私はミルクティーを」
七海は四季でも紅茶を飲んでいた為、よほど好きらしい。
「いらっしゃい」
マスターがお冷やを木製のトレイに載せて現れ、テーブルの上に置いた。
「とりあえず飲み物だけ。ミルクティーと、ジンジャーエール頼みます」
「はいよ」
マスターは手に持っていた鳶色のメニュー表をテーブルの上に置き、注文を伝票に書き付けると、一旦厨房の方へと引き返した。
するとしばらく、二人の間に妙な沈黙が流れた。
「……まさか及川がああも食い下がって来るとは、正直思わなかったよ」
その沈黙を破ったのは中野だった。
「……」
「あのルールは俺が一番得意なルールなんだよ。大きく和了らなくても勝てるからな」
「……」
「及川がどれだけ早くルールを飲み込むかが鍵だったけど、思ったより早く適応して来たからな。正直驚いた」
「正直正直って……」
「ん?」
「失礼です」
「ははは、こりゃ悪かった」
「はいお待ちどお」
中野が笑ったタイミングとほぼ同時に、マスターが飲み物を二つ給仕してくれた。
「約束の勝負は引き分けだったけど、俺は負けたと思ってる。俺は最後で和了りを逃すし、及川は針の穴を通すような和了りで見事に差を詰めた。普通ならロン和了りの二着止まりだからな」
「……条件戦ですから。ああするしかありません」
「一手遅れたら誰か和了ったかも知れない。そのリスクを背負っても勝負する。これは勝負強くないと出来ない。条件が無ければ俺はロンして首ナシ二着だったよ。及川の競技ルールで磨かれた勝負度胸があの手を引き寄せたのさ」
いささかオカルトめいている中野の考察だが、称賛してくれている事は確からしい。七海もその点は素直に受け止める事にした。




