一本場13
「……その、あなたはいつもああいうところで打っているんですか?」
「まあ、たまに」
「……」
「それだけ?」
「いえ、その……」
七海は次の言葉を何と繋いだら好いものかと悩んだ。最初に訳の分からない打ち方をしていたことを『非難』するべきか、あるいはそれが最後に自分を引っ掛けるための布石だったのか、訊きたいことはあるもののどれも掴み所のない内容である。
結局勇み足だと言われればそれまでだし、例え意図的だったにしても引っ掛かった自分が悪いのは百も承知である。
しばらく言葉を探していた七海だったが、不意に中野が喋り出した。
「及川って、インタージュニアの優勝者だろ?」
「え、ええ、まあ……」
対局の前に中野がマスターにそんなことを言っていた。恐らくは新聞や雑誌などで知ったのだろう。
「競技場と店じゃ、雰囲気違うだろ?」
「まあ……その、ルールも違いますし」
「及川みたいなヤツでも負けるんだな」
負かしたのは自分だ、という言葉を七海は飲み込んだ。
「一発とか赤もあるし、やっぱり違って来るんだろうな」
中野が喋っている内に、先ほど頼んであったホットコーヒーを二つ、クレープ屋のマスターが持ってきた。ナシナシの方を中野が、アリアリの方を七海が受け取る。
「ちょっと訊きますけど」
「ん?」
七海は白いコーヒーの水面が揺れるのを見詰めながら口を開いた。
「最後のあの和了り、あれは一度和了っていたんですよね?」
「……まあ、ツモのみだったけど」
「それで、わざわざ二着確定の和了りを捨てて、わざわざ私を狙い打ちしたんですか?」
「ドラ単騎なんて出ないよ。あれはツモ狙い───」
「いえ、あなたは私がドラを二枚持っていたのを知っていたはずです。東一局の和了りで、私がドラを二枚持っているのに気付いてあんな変則的な打ち方をしたのでしょう?オーラスも同じ理由で私がドラを二枚持っていたのを知っていたはず」
中野は少々沈黙したが、また口を開いた。
「⑦が三枚見えてたから、ドラの⑧はどこかに対子であるってのは分かってたよ。あるとすれば、早めに⑦を切った及川だろうな……ってことさ」
確かに中野の下家は混一色狙いで一枚ドラを切っていた。中野の上家はオリ気味に打っていたため、ドラをたくさん持っている、つまり逆転できるような手ではない。確かに中野の推察は的を射ている。
「でもいくらワンチャンスでも普通はリーチに対してドラを切ることはないでしょう。それでも私がドラを切ったのは、東一局であなたがあんな打ち方をしたからです」
七海の口調がやや強くなった。中野はそれに面喰らったのか、七海の方を向いた。
「いえ、東一局だけではありません。私はあなたの打ち筋に納得が行かないんです。それでも私は負けた。それが私は、悔しい」
七海はいきなり立ち上がり、それを見上げている中野の方をむしろ振り向いた。
「明日の放課後、あなたを迎えに行きます。私が一番得意なルールでまた勝負して下さい。このままでは終われないんです」
「おいおい、俺の都合……」
「失礼します」
七海はすっかり冷めてしまったコーヒーをベンチに置き、足早にベンチの前を離れていってしまった。中野はその後ろ姿を目で追いながら、小さくため息を吐いた。
「どーすんだよ、これ」
中野は残されたコーヒーを手に取り、そんなことを呟いた。




