五本場40
先ほどの中野の視線はそれに気付いたという意味であろう。こうなれば中野はますます警戒を強めて来る。だがそれで好い。それに勝つ事こそ本当の勝利と言える。
「……次、行きましょう」
払いを済ませ、七海は卓上に残っていた牌を流した。
同じ頃、彩葉は駅に向かう為に商店街を歩いていた。雨の為かいつもより人が少ない印象である。
彩葉は、先ほど部室で中野に対してはしたない態度を晒してしまった事を少々気に病んでいた。本音だったとはいえ、襟を掴んで怒号をあげるなど醜態も好いところだ。
しかし態度はともかく自分が本音として伝えたい事であった事は事実である。
七海は中野を意識し過ぎているし、中野は周囲に気を遣い過ぎている。勝つ姿勢が見えない中野に勝てないとなると、インタージュニア優勝者の七海が意識するのは無理もない。
七海がインターハイへでの重要な戦力である事は事実であるし、中野もちょっかいを出しているという訳では無いのだろうが、いささか感情的だったとはいえ部員の円滑な人間関係の維持も部長としての仕事である。
しかし、我ながら何故ああも感情的になったのかが、分からなかった。
「あーやっぱり彩葉ちゃん!」
いつだったか中野とコロッケを買い食いした肉屋の前辺りに差し掛かった時、不意に彩葉は声を掛けられた。声のする方に視線を向けると、そこにいたのは肩からショルダーバッグを提げた眼鏡の若い女性であった。
「あっ伊達さん……。お久し振りです」
「ちょうど好いところで逢ったよ、ちょっと時間好いかな?」
どうにも気さくな雰囲気で声を掛けて来る。伊達、と彩葉が呼んだその女性は、こじゃれた様相でそれなりに美人である。雨降る中の地元商店街に美人が二人、ネギと大根をぶら下げたおばちゃんズしかいないこの商店街では一種異様な光景てある。
「ええ……」
「ゴメンねー、そこの喫茶店行こうよ」
伊達に促されるまま、彩葉は昔ながらの喫茶店へと足を踏み入れた。
モルタル造りのその喫茶店は正に純喫茶と呼ぶに相応しく、こぢんまりとした建物ながらも通好みのレトロな雰囲気を残した出で立ちであった。
二人は店員に導かれるままやや奥まった席に腰を下ろし、彩葉はアイスのウバを、伊達はオレンジジュースを注文した。
「ゴメンね、帰るところだったんでしょ?」
「いえ、大丈夫です」
「学校に直接行ったんだけどもう下校時刻過ぎてるって聞いてさ。もしかしたら商店街に来たら会えるかもって思ったらビンゴだったよ」
伊達はショルダーバッグから何枚かのA4の資料らしき紙を取り出し、机の上に広げた。
「もうすぐインターハイでしょ?地区予選が始まる前にちょっと話を聞きたくて。やっぱりホラ、インタージュニアチャンピオンの及川七海ちゃん。彼女で特集を組みたくて」
「相変わらずですね、伊達さん……」
彩葉は苦笑いしながら、運ばれて来たウバに口をつけた。




