一本場12
それは自分が五巡目に切っている⑦である。これは東一局にてドラが重なった時に危険なドラ側を先打ちした時と同じ状況である。となると、中野の⑥⑦切りはこちらがドラ対子であると見越してドラ受けを捨てたのではないだろうか。
となるとやはり下の三色辺りが怪しい。他家にテンパイ気配はないし、⑦も三枚見えているためこのドラはほぼ安全であろう。
相手の戦力が分かっているとこういう時に有利である。七海はドラの⑧に手を掛けた。
慣れた手付きでその⑧を切り、指を離した、その時……
「お、まさかドラが出て来るとは思わなかったな」
言いながら、中野が手牌をゆっくりと倒した。
一二三⑤⑤⑤⑧677889
「裏はナシ。リーチ、赤、ドラドラ……満貫の一枚だな」
「なっ……」
七海は思わず声をあげた。
「そ、その手牌で⑧待ちってことはテンパイした時に和了ってたのでは……!?」
「まあ、満貫直撃で逆転だな」
中野はしれっとした顔で半笑いの表情を浮かべている。七海は点棒を出すことも忘れ、しばらく中野の手牌を見詰めていた。
終わってみれば、最終的な成績は以下の通り。
一位 中野 三三三○○点 +23
二位 七海 二四八○○点 ▲5
三位 七海の上家 二一八○○点 ▲8
四位 七海の下家 二○一○○点 ▲10
さらにウマが付くので、七海は+5、中野は+43である。レートに換算すれば、七海は五百円、中野は四千三百円の浮きである。七海はゲーム代を考えれば一応のプラスではあるが、麻雀の内容ではとても勝った気にはなれなかった。
半荘精算を終えた時、アフターファイブらしいサラリーマン風の男性二人が店内に入ってきた。
「あれ、マスター、待ちナシかな?」
「ちょうど埋まっててね、悪いけど、少し───」
マスターの言葉が終わるか終わらないかの時、中野が不意に席を立った。
「マスター、俺もう帰るよ」
「そう?悪いね───」
中野は立ち上がり、ハンガーに掛けてあった学ランに手を伸ばした。七海は一瞬呆気に取られたが、ハッと気付いて慌てて立ち上がった。
「で、では私もおいとまします」
七海も通学カバンを手に取り、打っていたメンツに頭を一つ下げ、もう店の扉を出て行こうとする中野のあとを追った。中野と話したいこともあるのだが、それ以上に、見ず知らずの人ばかりのあの場所に一人で居られる自信がないのであった。
薄暗くなり始めた空に反発するように、ビルの階段には蛍光灯が点いていた。七海はその淡光の中をほとんど走るようにして階段を駆け下り、中野のあとを追った。階段の先に道路が見えた時、中野はちょうど階段を下り切ったところであった。
「ま、待って下さい!」
七海は声をあげたが、中野は聞こえないのかそのフリなのか、構わず道路に下りて歩き出した。七海も急いで階段を下り、中野を追った。中野に追い付いたのは例のクレープ屋の前であった。
「道路で立ち話ってのも何だし、ここで聞くよ」
中野は振り返り、そう言った。そしてクレープ屋のカウンターにいる大将に向かってオーダーを告げた。
「店長、ホットコーヒー、ナシナシとアリアリ、一つずつ」
クレープ屋の前には飲料会社の社名が入った古臭いベンチが置かれており、中野はそれに遠慮なしに腰を下ろした。七海は一瞬戸惑ったが、意を決して中野の横に座った。
「……で」
しばし沈黙したが、中野の方から声を掛けて来た。
「何か話があるんだろ?」
「あ、はい……」
自分から呼んでおきながら沈黙してしまうとは情けない。七海は息を一つ吐くと、口を開いた。




