五本場27
七海と中野が出会った場所から少し歩いたところにその店はあった。裏通りというだけあって辺りは湿っぽい印象を受ける。
店は建材などから見てざっと築二十年は堅い雑居ビルの二階にあった。薄明かりが漏れている窓には「麻雀倶楽部 四季」と明朝体で店名が記されている。一階は中華料理屋か何からしいが、看板こそあるもののとっくに潰れているようだ。
「ルールはアリアリの東風戦、レートがピンの1―3、それからビンタが500円付く」
「ビンタ……?」
店を道路から見上げながら、中野は七海にその店のルールを説明した。その中に聞き慣れない言葉があり、七海は質問を返した。
「総差しの一種だよ。自分より上の順位に決まった額を払わなくちゃいけない。その時に原点を割ってたら原点をクリアしてる相手には倍額払わないといけないんだ」
「つまり……自分が四着で、三着が原点以下、二着が原点以上だとしたら……三着に500円、二着とトップに1000円ずつで、計2500円……という事ですか?」
「そうだ。飲み込みが早いな。同点だった時の着順は上家取りだがビンタのやり取りはしない。場代はトップ払いの千円だ」
「……分かりました」
もしトビで終了し、三人が原点ならば一万円近く負ける事になる。もちろんトップならその逆になり得るわけであるが……。
「なら行くか」
中野に促され、七海は中野の背中を見上げながら階段を昇った。
薄暗い階段を昇ると、短い廊下が伸びており、突き当たりは恐らく何らかの点検用の出入口らしい扉があった。その手前、壁に張り付くようにして「麻雀倶楽部 四季」と銘打たれた扉があった。
「もう一つお願いがあります」
「ん?」
中野が扉を開く前に、七海が口を開いた。
「四回勝負で、負けた方が勝った方に食事をご馳走するというのはどうですか?」
「負けた上に飯まで奢らされるのか」
「その方が全力で打てると思います。負ける訳にはいきませんから」
「好いよ。受けよう」
七海からの差し馬を受けると、中野は臆する事なく扉を開き、中へと入った。鈴が鳴るのを聴きながら七海も後を追った。
「いらっしゃいませ……」
鈴に反応するように中から来客歓迎の声が聞こえて来た。しかし、好く耳を澄ましていないと聞こえそうにないほど小さな声であった。
「あ……中野くん」
「ようノノ、景気はどう?」
「あはは……見ての通りさ」
扉を開けたすぐ右手にレジを据え付けたカウンターがあり、その中で椅子に座った女性が一人文庫本を抱え込んで読み耽っていた。伸びるに任せたという印象の髪、古めかしいロイド眼鏡、くたびれたジャージにエプロン……妙齢の女性にしてはいささか華やかさに欠ける印象である。今風に言うと、ダウナー系というヤツであろうか。
「ご新規さん。及川っていうんだ。打てる?」
中野はその、ノノと呼んだ店員らしき女性に七海を紹介した。
「野村紀子です……奥に日和亭さんがいるよ」
「ノノは入れる?」
「あんまり負けるとアウトキツイんだけどね……中野くんがせっかく来てくれたんだしね」
野村紀子を略してノノという通り名で呼ばれているらしい。ノノは文庫本に栞を挟み、カウンターの引き出しに仕舞い込むと、椅子から立ち上がり店内へと二人を案内した。
カウンターから少し奥に進むと、開けて自動卓が窮屈そうに三台置かれていた。その内の一台の椅子に、小太りの男性が一人座っていた。先ほどノノが日和亭と呼んだ人物だろう。




