五本場25
七海は商店街に程近い通りを一人歩いていた。空には鉛色の雲が凄まじい勢いで広がっており、いつ雨が落ちて来ても不思議ではない。
買い物帰りらしい小太りなおばさん、湿気が鬱陶しいのかしきりにハンカチで首筋を拭うサラリーマン、楽しげに談笑する女子高生三人組……日常が七海とすれ違って行く。普段通りの光景も、今の自分にとっては無明に映る。
七海は俯き気味に視線を向けて歩いていた。足元には無機質なアスファルトが前から後ろへぞろぞろ流れて行く。もうすぐ商店街へ差し掛かろうとした時、七海は不意に足を止めた。
足を止めるとほぼ同時に七海は天を仰いだ。七海の頬を大粒の雨滴が叩いた。
怪しい雲ではあったがやはり雨が降って来た。七海は特に歩く足を早める事もせず、立ち止まったまま学生鞄に手を差し入れようとして──不意に思い出した。
(そう言えば……傘)
昨日中野と打った時、迂闊にもそのまま店に置き忘れて来てしまったのだと思い出した。雨が七海の身体を濡らして行くが、それでも七海は濡れるに任せて立ち止まったままであった。
例えば悩み事がある時、風呂に入ってやたらと長く湯船に浸かったり、温かい飲み物を一口も口に付けずに冷めさせたりと、普段とは違う行動をとってしまう事が、人間にはある。
濡れれば当然身体は冷えるし、風邪を引くかも知れない。にも関わらず、七海は相変わらず足を止めたままであった。
「流れる雲を追い掛けて~傘を投げ出したあの日~ってね」
不意に七海を打ち付ける雨が途切れたかと思うと、どこからともなく呑気な歌声が七海に届いた。
「せっかくの美人も、そんなに濡れちゃ百の値打ちも無くなるぜ」
七海が声のした方に視線を向けると、そこには七海が濡れない様に大きめの傘を差し掛けている中野が立っていた。




