五本場22
とは言うものの……と、七海は部活の解散後に校内の隅にある自販機と共に置かれているベンチに腰を下ろして、物憂げな心境を持て余していた。先立っての竜王での対局に於いて、巧者を相手に翻弄されていた自分を助けてくれたのは中野であった。それと分からずに自分をトップに押し上げてくれて、それを鼻に掛けない謙虚な態度は同年代とは思えない。
純粋に技術としての麻雀を磨いて来た自分に対し、中野はそれをコミュニケーションツールとして昇華させている。その為には高度な技術がある事が前提である。
競技者としての自分よりも場を盛り上げる為の打ち筋の中野の方が優れている──言ってみれば、プロのレーサーがタクシーの運ちゃんにダウンヒルで敗けたようなものなのである。
彩葉は早々に中野の実力を認め部に引き入れる度量の大きさがあるし、部の対局で中野に負けるとしてもそれは自身の糧として受け入れている。
インタージュニアチャンピオンとして何人にも負ける訳にはいかないと、ある意味では自惚れていた。実力でも劣っているとは思えないが、麻雀にその人間性が反映されているという事は滅多な事ではない。
中野と打つ時、殊に部活中ではない対局に於いては、包まれているような感覚に見舞われる事がある。
中野が場を操っている……という程大げさでは無いが、結果的にとは言えこちらの手が有利になるように打牌してくる事がある。そこがどうにも七海には理解に及ばなかった。
(例えばオーラスで子が断トツの場合、四着の親がリーチを掛けてくればトップの点棒を削ってくれる事を期待して無理に勝負をしないという事はある……でもそれは自分にも益があるからであって)
端的に言えば、中野は勝ち負けにこだわってはいないのであろう。とすれば、勝って然るべきの競技麻雀を打っているのは何故だろうか。部長が何らかの方法で中野を説得し連れて来たが、単に慈善事業や付き合いで打っているとは思えない。
いくら考えても結論の出る事ではないが、七海の心中は梅雨空よりも重く沈み込んでいた。




