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五本場18

 七海と中野が店から外に出ると、乙女雨はあがっており、雲間から夕焼けが射していた。建物の軒などから雨滴が滴り落ちる音がそこかしこから聴こえてくる。

 雨の名残と夕焼けという、奇妙な取り合わせの風景が織り成すその雰囲気はいかにも恍惚感に溢れていたが、今の七海にそんな滅多な雰囲気を味わう余裕は無かった。

「雨止んだな、及川はもう帰るか?」

 中野はいつもと変わらない口調で話し掛けて来る。七海はそんな中野の足元を見詰めていた。

「及川?」

 反応の無い七海の顔を覗き込むように中野が大きな身体を折り曲げて来る。

「最後……」

「ん?」

 七海はようやく顔を上げた。

「何故逆転の三面張に受けなかったんですか?」

「親のテンパイ気配があったからな。ドラ切ってもリーヅモで裏が乗れば逆転だし」

「……そうですか」

 七海はどうにも生返事で、そんな懊悩な態度を見て中野は小さくため息をついた。

「勝ったのに何で落ち込んでるのか知らないけどな、いつもみたいに『あそこは納得行かない』ってな具合に突っ込んでもらわないと調子狂うだろ」

 中野がやや強めに言うと、七海はようやく中野の方を向いた。

「……さっきの対局、私はあなたにずっと助けられていました。あなたが私を助けていたつもりがあったのかは知りませんが、私はその事が悔しいんです。もうすぐ地区予選が始まるというのに、こんな、こんな調子で……」

 その時、不意に七海の眼にじわりと浮かんでくるものがあった。さしもの中野も女の子の涙には弱いのか、面喰らった様子で目を見開いた。

「……ごめんなさいっ」

 七海は涙を見せまいとしたのか、慌てて振り向くと、水溜まりを跳ね上げながら商店街の方へと走り去って行った。中野は面喰らった様子のまましばらく立ちすくんでいたが、後ろから声を掛けられて我に返った。

「ああ中野くん、まだいてくれて好かった。あのお嬢さん傘を忘れて行ったんだよ。渡しといてくれないかな」

 中野に声を掛けて来たのは竜王のマスターであった。七海が忘れたお気に入りの傘を、わざわざ下りてきて届けてくれたらしい。

「すいませんねマスター、預かっておきますよ」

 七海の心境を表しているかのようなその傘を、中野はしばらく見詰めていた。

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