三人の踏破者の始まり
この話は同シリーズの他の作品の外伝として書いたものです。
他の作品を読んでからお読みください。
あの時の自分は、私の人生が大きく変わってしまう出会いをするなんて、夢にも思わなかっただろう。
もしも、踏破者になっていなければ。あの二人に出会っていなければ。あの依頼を受けていなければ。そして、あの子を見つけていなければ。
その、どれか一つでも違っていたならば、きっと私は今とまるで違った人生を歩んでいたことだろう。
けれど、その『もしも』はもう過ぎてしまったことであり、過去を覆すことなどできない。
それでも時々、私は運命の歯車が回り始めたときのことを思い出してしまう。
それは、私が踏破者ギルドで依頼を見ていたときだ。
「なあ、あんた一人か?」
私がギルドに登録してから、一週間。また、軽薄そうな男に話しかけられた。
「なぁ、もし一人だったらさ、俺たちとパーティ組まないか?」
この手の輩は、女性踏破者にパーティを組もうと声をかけ、隙あらば性の捌け口にしようとしている。
「御免なさいね。一人じゃなくて、待ち合わせなの。ほら、あそこの人たち」
ギルドの受付に並ぶ適当な人たちを指差し、手を振る。
相手が一人じゃないとわかると、大抵の男は諦めて帰っていく。
「そうか、やっとパーティが組めると思ったのに……」
がっくりと肩を落とす男。でも、立ち去らない。
こういう粘着質な男はさらに厄介だ。
「どういうこと?あなたさっきパーティに入らないかって言ったじゃない」
「うっ……」
「嘘を吐いたのね、最低。もう話し掛けないで、じゃあね」
引っ付かられる前に、逃げてしまおう。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
そう言って私の肩を掴む男。
「触らないで」
「痛っ……イタタ!!やめっ!やめて!!」
男の手首を掴み、身体を反転させながら男の手首を極める。
もう少し力を込めれば、折ることも可能だが男がみっともない声で叫ぶので、放してやる。
周りを見ると、野次馬が集まってきていた。
ここに留まるのは危険だ。
素早く男の手を離し、颯爽と歩き出す。
先ほど、自分より大きい男をねじ伏せたのを見てたのか、誰も私を止めようとしない。
ほっとしたような、思わずやってしまったことに恥ずかしいような複雑な気分でギルドを出て、少し歩く。
……今日はもうギルドには行かないでいいかな。
そんなことを考えながら、ぼうっと歩いていたからだろうか。
私は誰かとぶつかってしまった。
「痛っ……あ、ごめんなさい」
どうやら小さな男の子のようだ。
近くに一緒に歩いていたであろう女の子がいる。
「ごめんなさい!ほら、ユゼがふざけて走ってたからぶつかっちゃったんだよ!」
女の子はそう言うと、もう一度謝った。
「ううん、私も前見てなかったから。大丈夫? 怪我はない?」
幸い、ユゼと呼ばれた男の子は怪我をしていなかったようだ。
「ごめんなさい、お姉さん。……お姉さんは踏破者なの?」
「こら、ユゼ!まだお使いの途中なんだから、ほら」
女の子はユゼの頭を叩き、手を引いて歩こうとする。
……なんだか、微笑ましいな。
しっかり者の女の子とちょっとやんちゃな男の子が仲良く歩いていく姿は、私に少しの間の心の平穏をもたらした。
……さて、これからどうしようか?
依頼を受けようとギルドに行ったけど、あの男のせいで受けずじまいになってしまった。
仕方なく、市場に冷やかしにでも行こう。
私が、市場に向かって足を進めようとした時だった。
「なあ、ちょっといいか?」
後ろから声を掛けられた。
どうにも今日は厄日らしい。
「はあ、今日はそんな気分じゃないから。またね」
「え? い、いや踏破者ギルドの場所を聞きたかったんだけど」
どうやら、いつもの誘いとは違うらしい。
私が振り向くと、そこにいたのは十五歳くらいの少年だった。
何というか、可愛いと言うよりも生意気と言う感じがする少年だ。
「あんた、踏破者だよな? もし急いでるって言うなら悪かったけどさ」
ばつが悪そうに頭を掻く少年。
「そうじゃないの。ごめんなさい、ちょっと勘違いしちゃって……。」
まさか、ナンパと間違えましたとは言えないので、言葉を濁す。
「それで、踏破者ギルドに行きたいのよね? 私が案内してあげる」
さっきのことがあったばかりなので、あまりギルドには近づきたくない。
だけど、道を教えるだけでは悪い気がするので、仕方がない。
「あ、ありがとう。俺はアレクサンデルっていうんだ。あんたは?」
「わたしはイザベラ。さあ、ギルドはこっちよ」
私が歩き始めると、アレクサンデルも後を追って歩き始めた。
「……へえ、それでアレクは踏破者になりたいんだ」
「おう、強くなって金をいっぱい稼きたいんだ」
アレクは、孤児院を出たばかりだそうだ。
孤児院を出た子どもが踏破者になりたがるのはそう珍しいことじゃない。
街であまりいい目で見られることのない孤児が、職を得ることは難しい。
だが、碌な装備も持たない子どもが踏破者になり、生き残るのは容易ではない。
そう彼に伝えようかと迷ったが、だからといってそれで彼に踏破者になる以外の道があるわけでもない。
胸の痛みに気づかない振りをして、歩き続ける。
……所詮、私にできることなんてない。
「……ここが、踏破者ギルドよ」
話しながら歩いていたら、あっという間に着いてしまった。
「これが、踏破者ギルド……!」
「それじゃ、私はここまでね。頑張ってね」
「……え?いや、ちょっ、待って」
彼が、誰か親切な人に踏破者パーティを組んでもらえることを祈りながら、私はギルドを後にする。
……今度こそ、市場に行こう。
そう決意した私の意志は、しかしすぐに破られることになった。
「うぇぇん。アーニャどこー」
さっきの、ユゼと呼ばれていた男の子が、泣いていた。
見たところ、一人だけのようだ。
「どうしたの?」
「あ、さっきのお姉さん」
私が話しかけると、不安そうだった顔が少しほころんだ。
そして、買い物の途中だったこと。ちょっと目を離した隙にアーニャがいなくなってしまったこと。道も分からなくなって怖かったことなどを、拙いながらも教えてくれた。
「じゃあ、私も一緒に探してあげる」
「えっ、いいの? ありがとう、お姉さん!」
私とユゼは、手を繋いで歩き出す。
小さくて温かい手が、私を離さないようにしっかりと握りしめる。
……今日は誰かと歩いてばかりね。
いつも、一人で気を張って過ごしていると、どうしても他人を信じられなくなってしまう。
だから、今日だけで二回も初対面の人と歩くことになるなんて、思いもしなかった。
「人生、何があるか分からない、ね」
昔、出会った羊飼いが言っていた言葉を思い出す。
「なんか言った? お姉さん」
「ううん、何でもないの」
私たちが、アーニャを探しながら市場で冷やかしをしていた時だった。
「あれ? ユゼ、こんなことで何してんだ?」
アレクが、ユゼを見て驚いたような表情で立っていた。
……アレクとユゼは、知り合いなの?
「あ、アレク兄ちゃん。踏破者になれた?」
「いやぁ、それが……って。あれ? あんた、さっきの……」
ようやく私に気づいたみたいだ。
「さっきぶり、アレク」
「お、おう。さっきぶり。……ところでユゼ、さっきアーニャが血相変えて孤児院に向かって行くのを見たぜ」
それを聞いたユゼは反省したように顔を伏せる。
「まぁ、とにかく、孤児院に戻ろうぜ。アーニャにユゼが見つかったって知らせなきゃいけねぇし」
「うん……」
私と繋がれていた手は離される。
『バイバイ』
そう言おうとした時だった。
突然、アレクの後ろに大きな男が現れた。
「ここにいたのか」
「うわっ!?……バルトシュか!」
どうやら、アレクの知り合いのようだ。
「アーニャからユゼが迷子になったと聞いて探してたのだが、アレクと一緒にいたのか」
「ううん、アレクじゃないよ。お姉さんが一緒に探してくれたの」
バルトシュと呼ばれた男が、私を見る。
「そうか、貴女がユゼを見ていてくれたのか。ありがとう、俺はバルトシュだ。孤児院の世話役をしている」
そう言ってバルトシュが手を差し出す。
私も同じように手を出し、握手をする。
「私はイザベラ。たまたまユゼが迷子になってたから一緒にいただけだから、気にしないで」
……この人、強い。
この距離だとはっきり分かる。この人には隙がない。
握手している手を掴んで関節を極めようとしても、逃げられる気がする。
雰囲気から言って、どこかの兵士をやっていたのかもしれない。
「アーニャも心配している、孤児院に帰ろう。イザベラ、貴女もどうだろうか?お礼がしたい」
せっかくなので、行ってみよう。
「ユゼ!心配したんだからね!」
「……ごめんなさい」
孤児院に着いたと同時に、アーニャはユゼに気づいたようだ。
ユゼは、アーニャに怒られて落ち込んでいる。
そんな二人を横目に、私たちは応接室に入った。
「ユゼがお世話になりました。ありがとうございます。お礼はお支払いいたしますので、御受け取りください」
部屋には、すでに人がいた。幸の薄そうな院長だ。
「いえ、私はユゼと歩いてただけなので必要ないですよ」
院長は私にお礼としてお金を渡そうと思っているようだった。
私が踏破者だと聞いていたのか、どこか怯えているようにも見える。
「いえ、どうかお納めください。これは私のお礼の気持ちですので」
院長は、どうしてもお礼を受け取ってほしいようだ。
私がお礼を受け取ることで、すぐに話を終わらせたいのかもしれない。
だけど、見るからに裕福でない孤児院からお金を受け取るのは気がひける。
何か、できればお金以外でお礼を受け取りたい。
私が、しばらく迷っていると、アレクが提案してきた。
「じゃあさ、俺たちと踏破者パーティを組もうぜ。きっと歴史に名を刻むパーティになるぜ」
アレクは、やはり踏破者パーティを組むことができなかったようだ。
見たところ、踏破者の証であるプレートも待っていないようなので、踏破者にもなれなかったようだ。
さすがに、武器も持たない子どもを一人だけで踏破者にするほど、受付も無能じゃないか。
「こら、アレク。邪魔をするんじゃない。……すみませんねぇ、アレクったら」
院長が、アレクを叱る。
だが、バルトシュは何か考えがあるのか、私に聞いてきた。
「イザベラは、すでにパーティは組んでいるのか?」
「いいえ、まだよ。できれば信頼できる強い人と組みたいと思っているから」
「では、俺とアレクとイザベラの三人でパーティを組んでみないか?」
……何を考えているのだろう?
そもそもアレクは踏破者にもなっていないのに。
「俺は、過去に兵士として働いたことがあるから、それなりに魔獣とも戦える。アレクには俺がある程度剣術を教えた。アレクの装備は俺と院長が金を出す」
バルトシュは私を説得させるように話す。
「パーティを組めばこれまで以上に依頼がこなせるだろう。どうだ、パーティを組まないか?」
話を聞いていると、私に利があるようにしか思えない。
だが、
「バルトシュ、あなたには何の利もないようだけど?」
私が信用するには、怪しすぎる。
「俺はこの孤児院を守りたい。孤児院には、金がない。だから、パーティを組んで金を得なければいけないが、それ以上に理解のある仲間が必要だった。金ばかりに固執しない、信用できる仲間が」
バルトシュが私を見る。
「それが、イザベラだったというだけだ」
バルトシュの本心は分からないけど、この話は受けてもいいかもしれない。
少なくとも、バルトシュも強さは私以上だ。
「わかったわ。パーティを、組みましょう」
「おっしゃあ! 最強パーティ結成だぜ!」
こうして私たちは出会い、そして、運命が動き出した。
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