冒険者
題名を変更しました。
内容は変わりません。
「何だ、そんなことか。はぁ~、早く言ってくれれば、こんな面倒なことにならなかったのに……あぁ、報告書を書かなきゃ……僕の仕事が増えたのは、キミたちのせいなんだからね」
「本当に、申し訳ない」
連行されてから30分程度の取り調べを受けている間に、出任せで物語を作り続けていた昴だったが、ボソッと呟いた一言で呆気なく終わりを告げたのだ。その一言というのは。
「落としました」
であった。
何故、最初に出てこなかったのか。寧ろこれ以外の出任せをひたすら話し続けられた昴の力量に感服する。
王国の全国民に配布される‘‘市民票’’であるが、魔物の跋扈する世界で、「魔物から逃げている途中で落としました」何てことは日常茶飯事なのだ。
と、言うわけで。
不審者認定が解除された昴だったが、新たな問題が発生する。
というのも、市民票を再発行――昴達は元々持っていないが――するのに必要な料金が払えないのだ。元より、この世界の通貨など持っていないのだが。
折角、不審者扱いが終わったと思った矢先に、昴が一文無しであるという事実がバレてしまう。
今度は詰所の人だけでなく、昴が異世界から来たということを知らないフェアも怪訝な表情で昴を見つめる。
そして、さらに30分程の尋問の間、出任せを言い続けた昴であったが、例によって例のごとく。
「落としました」
の一言で終わりを迎えた。
「キミねぇ……」
「ほんと~に、すみませんでしたぁ!」
再び増やされた仕事を思って、こめかみをピクピクと痙攣させながら昴に迫る男に対し、机に額を擦り付けて謝る昴。
「はぁ~ 何か、魔物の素材とか持ってないの?」
「えーと……あっ! ありますよ! これなんですが」
バッグの中に仕舞っていた魔物の素材を取り出した昴。
「こ、これは!」
と、突然驚愕の声を上げ、徐に虫眼鏡のようなものを持ち出す男。
これはもしや、いきなりお偉いさんの所に連れていかれて勇者として崇められるパターンの奴か? どうなんだ? え? ほれ、言ってみな? と、テンプレ展開を予期して、一人興奮し出す昴。しかし――
「あ、違った」
「何だよ!」
昴の期待は見事に裏切られることとなった。
だが、これは予想出来ることだった筈だ。
何故なら、昴が取り出した素材というのは、只の牙狼の牙だったのだから。こんなありふれた魔物の素材が、人が慌てふためくような伝説の素材などとなる筈がないのだ。
そもそも、驚愕の声を上げたこの男は、一体何と勘違いしたのか。この世には牙狼と似通った見た目の伝説の素材など無いというのに。答えは、この男にしかわからない。が、恐らくこの男も何となく空気を読んで言ってみただけだろう。理解しているかは別として。
「ん、んっ! とにかくだ。今からギルドにいってこれを売ってきなさい。そのお金で市民票をつくるから」
と、言うことで。昴達はビダーヤの街へと駆り出した。
中世ヨーロッパ風の街並みは、本来落ち着いた印象を受けるのだが――あくまでも昴の主観では、だが――、ゴツい冒険者でごった返しているので、寧ろ暑苦しく騒がしい空間に出来上がっている。
これからこの街の中央を通るメインストリートであるここを通って、一番奥にあるギルドまで行った後。再び同じ道を通ってここまで戻って来なきゃいけないのか。と思い、早速憂鬱な気分になる昴。
などというのはこの際、どうでもいいのだ。問題は。
「なぁ、フェア」
「どうしたの、スバル?」
一体何故、昴が自身に呆れた眼差しを向けているのか理解できずに、小首を傾げるフェア。その愛くるしい姿に、道行く人々は一瞬にして虜になる。しかし、昴は――
「どうしたも、こうしたもあるか! 何で、どうして! お前は、俺と同じ大きさになっているんだよ!?」
そう。フェアはいつの間にか、昴と肩を並べて歩いていたのだ。
「あぁ~、これは魔法よ。名前は〈変態〉」
実はフェアは何時でも自在に自身のサイズを人の大きさに変更可能なのである。
つまり。今まで昴の肩に座って楽をしていたフェアであったが、自らの足で歩くことはできたのだ。
「はぁ~、で。何で突然人の大きさになったんだ?」
「それは――」
フェアの話によると、殆どの人に精霊という存在は認知されておらず、‘‘生命の泉’’を訪れた人の多くは、金になると考え、水と一緒にフェアも拐おうとしたのだそうだ。
ずっと昴のバッグの中に居るわけにはいかないので、自身に降りかかるであろう危険を未然に防ぐため、人の姿になったというわけだ。
しかし、フェアは元々とてつもない美少女なので、自然と視線を集めていて、精霊でなくても人拐いに狙われそうである。そこで、必ずフェアを守り抜こうと、固く決心する昴。
かく言う昴も、フェアの近くに居るだけで、心拍数が跳ね上がり、顔が熱くなってしまっているのだが。
「そうか……取り敢えず、行こうか」
気を取り直して、昴はフェアの手を取り、道中を歩き出した。
昴がフェアの手をとって歩き出したのは道で迷子になるのを防ぐためであって、決して、「フェアと手を繋ぎたかった」とか「手を繋いで周りの男共に見せ付けようと思った」とか「嫉妬する男共を見て優越感に浸りたかった」だとかいう気持ちは微塵もない。どうしてこんなに詳しく言えるのかって?……気にするな。気にしたら敗けだ。
まぁ、結果として、昴達二人の様子を見た周囲の人々に、羨望と嫉妬の眼差しを向けさせることに成功したのだが。……いや、違うのだ。昴は断じて、望んでそうしたわけではないのだ。例え昴がにやけ顔を周囲に晒して、再び他人から距離をおかれた挙げ句、通り道が出来上がってしまう程であったとしても、違うと信じてやってくれ。
そんなこんなで、思ったよりもメインストリートをすんなりと通ることができた一行は、そのまま、‘‘〈冒険者ギルド〉ビダーヤ支部’’の中へと足を進めた。
このビダーヤ支部は木造の2階建てで、道の途中にあった他の建物よりもかなり大きい。
しっかりとした造りの扉を押し開くと、中はまたもや、人で溢れ返っていた。
この国には、冒険者と聞いて真っ先にイメージされるであろう、野蛮な雰囲気を持つギルドが数多あることに間違いは無いのだが、ビダーヤ支部ではこれが全く感じ取れない。
それどころか、ここに至るまでに見たどの建物よりも、隅々まで清掃が行き渡り、清潔な雰囲気を纏っている。
左3分の1程には、木製の丸いテーブルが幾つか置かれ、それを囲んでオレンジジュースか何かが入ったコップ片手に談笑している。飲み物は奥の売店で買ったのだろう。ここではギルドにしては珍しく、飲酒が禁止されているため、酒の臭いや酔っ払いは皆無である。また、2階部分には長机に長椅子も備え付けられており、簡単な食事を取ることもできるようだ。
右側は、市役所のようなカウンターが設置されている。合計9レーンもあるこのカウンターには、長蛇の列ができていた。
大きく3つに分かれるこのカウンターは、右から‘‘依頼受注受付’’‘‘新規冒険者登録受付’’‘‘素材買取り受付’’となっている。
真ん中の3つのレーンはそこまで並んではいなかったので、安心して最後尾につく。
ギルドで魔物の素材を買い取ってもらうことができるのは、冒険者だけなのだ。これは、身元不明な人物からの素材買取りによって、ギルドが事件に巻き込まれることを未然に防ぐためである。
その為、昴達は先ず冒険者登録を行う必要があるのだが、そうでなくとも冒険者にはなるつもりだったので、どちらにせよ真っ先にここに並んでいたであろうが。
そう言えば、魔術師の姿で異世界転移してきたから、この珍しい服を着た自分は目立ってしまっているかもしれない、と思った昴がゆっくりと周囲を見回すと、案の定、視線が集まっていた。
やってしまった、と頭を少し抱える仕草を取った昴だったが、自分の服装が戦闘によって穴が開いたり擦り切れたりした状態であることを思い出す。服は周囲の冒険者の物と然程違いはなかった。
では、何故こちらに視線が集まっているのか。
「スバル~、何かここ汗臭いねぇ~」
こいつだ。
建物がいくら綺麗でも、中に居るのは受付嬢を除いてむさ苦しい冒険者達。
そこに突如、水色のロングヘアーに碧眼の美少女が現れれば、男女問わず見惚れてしまうのは致し方がないことだ。
「早く順番回って来ないかなぁ~」
ザザッ
フェアが汗臭いと言えば、周囲の男達は揃って自分の体臭を気にしだし、また、早く順番が回って来ないかと言えば、軍隊も顔が真っ青になってしまう程の精錬された動きで整然と並び、先を譲る。フェアに完全に虜にされている。
そして、遠慮無く好意に甘えようとすると。
「何、人を抜かそうとしてんだあ? お前は」
と言われて、昴だけがその場に取り残され、厳つい冒険者共に囲まれた。が。
「スバル~、何やってんの。早くこっちに来てよ~」
という、フェアからの救出が入り、事なきを得た。
「可愛い彼女さんを持つと男の方も大変ですね」
そう言って話し掛けてきたのは、受付嬢のリリスだ。
くりくりとした大きな目が特徴の、小柄で、可愛らしい茶髪の少女だ。
何となく保護欲をそそるこの少女は、恐らく昴と同い年か一つ下くらいだろう。
フェアもさることながら、リリスも相当の美少女である。
「彼女じゃないですよ」
念のために彼女ではないと否定しておく昴だったが、これといった意味は無い。フェアが彼女でも良いのだが、リリスに誤解がないようにしようと考えたのだ。他意は無い。
「違ったんですか……じゃなかった。こほんっ! 本日ご案内させて頂く、リリスと申します。では、早速ですが――」
リリスの指示に従って、昴達は渡された羊皮紙の所定の位置に個人の情報を書き入れていく。
_____________________
名前:神風 昴
性別:男
年齢:18
出身地:────
現住所:────
役職:魔法使い
家族構成:父 透
母 澄江
妹 恵香
・
・
・
_____________________
所々、書けない部分もあったが、全く問題はなかった。何でも、人によっては名前だけしか書かない人も居るそうだ。
何故昴が異世界ですらすらと会話できたり、文字を書けたりするのか、というのは、国から支給された、‘‘翻訳石’’と名付けられた丸い機械の内蔵されたネックレスのお陰だ。
翻訳石はその名の通り、自国の言葉と他国の言葉を自動翻訳してくれる機能を持つ。まさか、異世界でも通用する程とは。日本の技術恐るべしである。ただ、これの発表と共に翻訳者という仕事は跡形もなく消え去ってしまったのだが。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
「この、‘‘ステータス’’って何ですか?」
「あぁ、これですね。こちらへ着いてきてください」
言われるがままにカウンターの奥に連れていかれる二人。
奥の方に進んでいくと、目の前に直径1メートルの大きな水晶玉が現れた。
「これは?」
「神代遺産の一つ、‘‘真実の宝玉’’です」
この特大水晶玉の正体はアーティファクトだった。
このアーティファクト‘‘真実の宝玉’’は、王国だけでも20を越える数出土しており、比較的頻繁に目にされる品だ。
このアーティファクトには〈神眼〉の魔法が付与されており、手を翳すと、その人の情報、所謂ステータスが表示されるのだ。
ここにおけるステータスというのは、人の成長度合いを数値化した物である。
きっとここから勇者としての生活が始まるんだなぁ、と期待の籠った表情の昴が早速手を翳すと、文字が映し出された。
==========================
神風昴 ヒト 男 18歳 Lv.7
称号:────
体力:70
物攻:70
物防:70
魔力:90
魔耐:90
敏捷:100
精神:1000
適性:火、水、氷
技能:────
==========================
………………。
良くも悪くも平凡、の一言に尽きる。
レベルが1ではなく7なのは、魔の森からビダーヤに来るまでに多くの魔物を狩ったせいだろう。結構な数倒したと思ったが、意外とレベルは上がりづらいらしい。
この平凡なステータスで特筆すべき点と言えば、精神だろう。何故かそこだけ他の数値を大幅に上回っている。やはり、竜やらミノタウロスやらに襲われる恐怖を立て続けに味わったからだろう。これで、精神力は上がったので、再び奴らと対峙しても、今度は然程恐怖することは無いのだろうが、正直言って二度と遭遇したくはない。
それにしても、技能が皆無とは。突然勇者として駆り出され、事件に巻き込まれていく、などということは無く、平穏無事に、昴達の生活はスタートすると決まった瞬間だった。これは良かったことに違いないのだが、本日2度目裏切りに昴は肩をガックリと落としていた。
「以上で手続きは終了です」
入会費といったものは特に無く、無地のカードのようなものを手渡された。
「……?」
「そちらは、ギルドカードです。先程のアーティファクトの劣化版が内蔵されていて……」
そう言いながら、昴の持つギルドカードを2回トトンッとつつくと、無地であった筈のカードに次々と情報が浮かび上がってくる。
書かれているのはさっきのアーティファクトで見た情報だ。劣化版とリリスは言っていたが、劣っているのは情報分析速度のみで、耐久性や正確性は殆ど変わらないのだそうだ。
再び2度つつくと、無地のカードに戻った。
「ありがとうございました」
一言、例を告げ、カウンターを後にする。
続けて、素材買取りのレーンに並ぶ。流石に周囲の人もフェアに慣れてきて、道を譲ろうとは思わないようだ。と言っても、一部の冒険者や新たに入ってきた人間なんかの視線は釘付けになっているが。
「そう言えば。フェアのステータスはどうだったんだ?」
「ふっふっふっ、見て驚きなさい!」
========================
フェア=フローリデ 精霊 女 1016歳 Lv.32
称号:迷宮‘‘魔の森’’管理者
体力:320
物攻:320
物防:320
魔力:350
魔耐:350
敏捷:800
精神:1900
適性:水、土
技能:水質維持、汚水浄化
========================
負けた。昴はそう思った。
そもそもレベルが全然違うし、唯一の長所である精神も500年もの間一人で泉を管理し続けたフェアには、遠く及ばなかった。
現在。昴よりもフェアの方が、圧倒的に強いのだ。
昴は、比べた相手がヒトでは無いのだから、負けても仕方がないんだ、寧ろ、精神の高い人間はボッチなんだ。俺はボッチじゃないから負けても当然なんだ……と自分に言い聞かせ、列に並んで順番を待つこと15分。
漸く、魔物の素材を売れた。
「たったの銀貨1枚と銅貨25枚か……」
この国では、白金・金・銀・銅の硬貨が用いられている。それぞれ、プラチナ・ゴールド・シルバー・カパーの単位で使われる。
当然、希少価値の高い金が最も値段の高い硬貨であり、下の硬貨が百枚集まる毎に、一つ上の単位へと変わる。
特に、日常生活ではカパーが多用されるのだが、これは日本で言うところの100円玉の役割を持つ。
数日間、命を懸けてぶっ続けで戦った成果としては、昴の言う通り少ない額だ。しかし、討伐した全ての魔物の素材を回収できた訳ではなく、状態も悪かったので仕方がないと言える。
まぁ、兎に角。これで市民票を発行してもらえるので、良しとしよう。そう、思った昴は、来た道を再び手を繋いで歩いていくのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
気が付けば日が完全に落ち、街には宵は疾うの昔に過ぎ去っている。
あれから、市民票をすんなり入手することに成功した昴達は、二人で夜の街を歩いていた。と言っても、いかがわしいものではなく、ただ外を歩いていただけだ。というのも。
「あ、あの~」
「今、何時だと思っているんだい! 他を当たってくれ!」
今日止まる宿が見つからないのだ。
短針は既に真上を通り過ぎていて、夕方でさえ人で溢れ返り、あれだけ騒がしかった街にも静寂が――――
フォーーー!
ガハハハハッ!
ウィー!
一部を除いて訪れていた。
兎に角。このままでは街中で野宿をしなければならなくなる。街中の宿を虱潰しに回り、そして迎える24軒目。
コンコンッ
「どなたかいらっしゃいませんかー?」
ドアを2回ノックした後、呼び掛けると。
「すぐ行きまーす」
という男性の返事と、バタバタッという足音が聞こえてきた。
暫く待っていると。
「お待たせしました。‘‘地獄の宿’’へようこそ」
60歳くらいの、宿の名前には合わない白髪の好々爺然とした風貌の宿の主人が現れた。
実はこの宿、市民票を受け取った場所の目と鼻の先に位置しており、昴達もすぐに目にしていたのだ。
しかし、この宿の‘‘地獄の宿’’という名前と、外まで滲み出ている負のオーラが人を全く寄せ付けず、他の人と同様に、彼らもここを避けて通っていたのだ。
が。結果として他の全ての宿で受け入れを拒否されることとなり、ここに舞い戻ってきたのだ。
そういう経緯があって最後にここに訪れることになったものの、出てきた主人がいかにも優しそうな人だったので、何も知らない昴達は、今日だけは安心して泊まることが出来たのだった。