迷宮逆走攻略
「……ル……バル!スバル!」
「んにゃ?」
遠くから自分の名前を連呼する声が聞こえ、急速に意識が浮上する。
なんか良い匂いがするなぁ、と思いながら目を開くと、フェアが慎ましいながらも柔らかい胸を自分の顔に押し付けるようにして抱き着いていた。
「スバル! 大丈夫? 痛いところは無い?」
「……あ、ああ」
フェアが身体を離して問いかけてくるが、甘い香りと柔らかさが遠退くことを名残惜しく感じ、すぐに返事ができなかった。
ここに至るまでの経緯を振り返り、段々と気絶するまでの記憶を思い出し始める昴。しかし、思い出されるのは牛人間に一方的に嬲られた記憶ばかり。腕が折れて、内臓もかき混ぜられて味わった激痛を思い出し、顔を顰める。それと同時に、生死に関わる大怪我を負っていた筈が、跡形もなくそれが消え去っていることを怪訝に思い、問い掛ける。
「傷は無いんだけど……と言うか寧ろ元よりも力が漲ってて……何かした?」
「ん? あ、ああ、それね……生命の泉を少々……」
「え!?」
フェアは最後の方をゴニョゴニョと小さい声で囁くように話していたが、昴は聞き逃さなかった。いくら自分が命の危機に瀕していたとは言え、数多の精霊達が代々守護し続けていた‘‘生命の泉’’を知り合って間もない自分のために消費したことに驚きを隠せない。
「第一、あれって中毒性があるんじゃなかったか? 全く実感がないんだが……」
フェアから事前に聞いていた‘‘生命の泉’’の特徴を頭に思い浮かべ、疑問をぶつける。
「飲まなきゃ良いのよ」
話によると、‘‘生命の泉’’の中毒性が発揮されるのは体内に直接摂取した場合のみで、負傷者に掛けて使用する分には大丈夫なのだそうだ。
但し、体内に直接摂取した場合と比較するとやはり、効能が一段階程下がってしまう。と言っても、‘‘生命の泉’’の絶大な効果の前には誤差の範囲だが。
続けて、‘‘生命の泉’’をそんなに簡単に使って良かったのか、という質問を投げ掛けてみると。
「管理者である私が使う分には、全く問題なし……そう、ないのよ……」
と、少し怪しげな返答を寄越した。
にしても。一日の内に二度も、それも同一人物に窮地を救われることになるとは。命の恩人であるフェアに感謝の念が溢れだす。
「フェア、ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
ちゃんと感謝の気持ちを伝えるのはやっぱり大切だよな、と一人で何度も頷いていると、ふと、思い出した。
「そういえば。俺が裏拳食らった後、ミノタウロスはどうなったの?」
「いや~、スバル凄かったわ。ボカーンって。ミノタウロスを一撃で倒す攻撃ができるなら、初めからすれば良かったのに。遠くで隠れて観てたけど、スバルが追い詰められてるようにしか見えなかったから、ヒヤヒヤしたわよ」
昴には、ミノタウロスに壁まで飛ばされた時点までの記憶しか無くなってしまったらしい。フェアが目を輝かせながら話す、自分の知らない自分の行動に、居心地が悪くなる。
そもそも。ミノタウロスを一撃で撃滅させられるような大魔法を昴が放てる筈がない。
魔法とは簡単に言えば、魔素に指向性を持たせ、具現化させたものである。
ここでは特に、魔素に指令を出すための溶媒の役割を果たす、魔力について説明しよう。
魔力は人間、動物に限らず植物の内部にも存在している。しかしその量はピンキリで、その種族によって許容限界が存在する。
魔力量はそのまま、魔法の使用可能回数に直結する。つまり、魔力量が大きければ大きい程、多くの。そして、高威力の魔法を放つことができるというわけだ。
と言うのも、前述の通り、魔力は魔素に指令を出すための溶媒的役割を果たしているからだ。
魔法は基本的に脳内イメージを元に発動される。
発現させようとしている魔法に関する情報が体内で電気信号として伝えられ、その情報を携えた魔力を体外に放出。
その魔力に触れた、空気中に含まれる魔素に情報が伝達され、魔法として発現する、ということだ。
この過程で、体内の魔力が消費されるため、魔力量がそのまま魔法の使用可能回数に直結するということになるのだ。
しかし、これは少し正確ではないか。
魔術師は大抵、魔法の発動前に詠唱を行う。が、先に書いた通り、魔法は脳内イメージに左右されものだ。
早いとこ言ってしまうと、詠唱何て必要無い。
では何故、詠唱を行うのか。それは、脳内イメージの補助のためだ。
詠唱をすることで、これから発動しようとしている魔法を予め正確にイメージし、魔力への情報伝達開始後の脳内イメージのためのタイムロスを減らし、それに伴う魔力の浪費を防ぐ、というわけだ。
したがって、詠唱を行うことで魔力の消費量が押さえられ、魔法の使用可能回数がその分増えるのだ。
これも考慮した上で昴の魔力量を確認してみても、何てことはない、平均的な量である。
では、ミノタウロス戦で見せた昴の攻撃は何だったのか。結局、誰にもわからない。
「俺ってどれくらい気絶してた? フェアが疲れて無いなら、‘‘生命の泉’’で体力が有り余ってる内に探索を再開したいんだけど」
「2日くらいね。できれば休ませて欲しいわ」
「そうか、2日もか……迷惑かけて悪かったな」
「いいえ、良いのよ、これくらい」
2日もの間気絶した自分の面倒を見ていてくれたフェアに対し、急速に好感度が上昇していく。胡座をかいた昴の上に、猫のように丸まって眠るフェア。慈愛に満ちた眼差しを向けながら、昴はさらさらな髪を優しく撫でる。
そうして暫く、穏やかな時間が続き、フェアが目を覚まして、迷宮逆走攻略が再開された。
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「迸れ! 〈電撃〉!!」
掌から放たれた蒼白い光が眼前の一眼蝙蝠を感電させ、撃ち落とす。
地に落ちた一眼蝙蝠に石剣で止めを指し、襲ってきた2体には拾い上げた小石を利用して、初級土魔法〈石針〉を放ち、身体の大半を占める目玉に大穴を開ける。
「ぐっ!」
四体目の対処をしていると、背後から体当たりをされてしまった。
雑魚に当たる魔物である一眼蝙蝠でも、半径1メートルの球の衝撃は、人間に対して大いに有効である。
地面に突き刺さっていた石剣を抜き取り、勢いそのまま、背後の敵を殴り殺す。
この部屋の占拠も速やかに終了し、暫しの休憩に入った。
「結構、慣れてきたな」
目を覚ましてから5時間が経過した。
その間、昴は迫り来る魔物達を殲滅し、ミノタウロスとは別の部屋をいくつか占拠している。
これまでの戦闘で、今までは‘‘発動は可能だが威力に欠ける’’として、使用していなかった魔法が普通に使えるようになっていた。
「まだ力が有り余ってるよ」
「そりゃあ、‘‘生命の泉’’の効果はすごいからね」
一つ前の部屋での戦闘後にフェアから聞いた話によると、‘‘生命の泉’’の正体は、魔素が溶け込んだ水、とのことだ。
何億という年を経て水に魔素が馴染み、魔力を持った特殊な泉になったそうで、‘‘生命の泉’’の恩恵を受けた人は暫くの間、通常よりも多くの魔力を行使できるのだとか。
では、今までまともに発現しなかった魔法が急に使えるようになったのは何故?と考えると、それらが適正の無い魔法だったからとしか言いようがない。
適正の無い魔法は発動しても威力が落ちるのだが、その原因は、魔力の消費量による。
魔法の属性に対する適正の有無は、これに左右される。というよりそもそも、魔力の消費量を元に適正の有無を判断しているのだが。
前にも話した通り、魔力は魔素に指令を出すための溶媒の性質を持つ。
発現させようと脳から出された指令に必ず含まれる、属性に関する情報は人によって伝達のしやすさに差が存在する。
この‘‘差’’というのは、電気回路における、抵抗のようなものだ。
魔法を用いるときに魔力を消費することは既知の事実だが、実は、人の身体はそれを拒む性質がある。
簡単に言えば、変化を嫌うのだ。
身体は、ある程度の期間安定した状態が続いていて、現状に満足しているのに、わざわざ変化を起こされる。
それに反発しようと、人間の身体で最大の権限を持つ部位である脳の指令に、微力ながら、抵抗を試みるのだ。
結果、抵抗が大きければ大きい程、多量の魔力の浪費が起こり、それが‘‘差’’となるということだ。
そしてその‘‘差’’によって魔力の消費量が大きくなるわけだが。変化を嫌う、人の身体は、魔力の消費も極力減らそうとする。
結果、適正の無い魔法を適正の有る魔法と同じ感覚で発動すると、‘‘多くの魔力で普通の威力’’ではなく、‘‘普通の魔力で劣る威力’’の魔法が発現する、というわけだ。
したがって、昴が適正の無い魔法を普通に使えるようになったのは、一時的に魔力が増えたため、体内の変化が全魔力に対して小さくなったのが原因のようだ。
そして、答えが導き出せた昴は腰を上げ、次の道へと踏み出した。
そして、話しは冒頭に戻る。
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「にしても全然外に出られないんだけど…………あっ、光が……!」
出口に近づくにつれて次第に弱くなっていく魔物達は、もう既に、戦い馴れた昴の敵ではない。
外から射し込む光を見つけて駆ける昴を襲おうと、魔物がぞろぞろ集まって来るが、石剣ぶん回しと〈石針〉、時間の経過と共に段々と威力の落ちてきた〈電撃〉によって殺されていく。
迷宮の部屋の一つで見つけた石剣は、酷使されてボロボロになり、やがて折れたが、昴は気にせず投げ捨てた。
その後も攻め込んでくる魔物達を意にも介せず、ひたすら駆けていく。
そして、遂に。
「外だあああ!」
迷宮逆走攻略が完了し、約3日振りに外の光を存分に浴びるが出来たのであった。