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異世界と神風の指揮者《ディリジオール》  作者: 神嵜将太郎
第一章
2/13

魔物の森

「全然抜けられないよ……」

「ほらほら、うだうだ言ってないでさっさと歩く!」


 転移から5日。既に満身創痍となった昴がそこにはいた。


「人の肩に座って楽してるくせにうるさいよ」

「何? 文句アンの? へー、誰が助けてあげたか忘れたのかな?」

「はいはい、わかりましたよ……黙って歩けばいいんでしょ、歩けば。はぁ……」


 肩に小さな何かを乗せ、悪態を付きながらひたすら歩き続ける昴の脳内を駆け巡るのは、異世界転移から今までの過酷な闘いの記憶だった。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 一体どれだけの時間騒ぎ回っていたか覚えていないが、いつの間にか太陽が傾き始め、空が茜色に染まっていた。


「よし! こうしてても仕方がないから、取り敢えず森を抜けよう」


 頬を叩き、心を入れ替え前方の森をずんずん進む。無駄にした時間を取り返すように速やかに。ついさっきまでの悲壮感は爽やかな風に連れ去られ、足取りは軽やかになった挙げ句、そのままスキップをしそうな程楽しい気分に――――


「グルルッ」


 スキップをしそうな程楽しい――――


「グルルルルッ」

 

 気分に――――


「グルルゥアッ!!」

「うわぁっ!!」


 狼の魔物が大口を開けて突然飛び掛かり、咄嗟に避けた俺の脇を通り過ぎていく。


「確か、牙狼(デンスウルフ)だったかなっととと」


 敵の攻撃を危なげにかわしながら、魔術高等学校で3年間積み重ねた知識の中から情報を探しだす。


 その間も正面から、右から左から、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる牙狼。それに対してかなりギリギリではあるが避け続ける昴。3年間魔術の訓練を積んできた優等生は伊達ではない。


 牙狼も実力差を本能的に悟ったのか、断続的な攻撃を止め昴から距離を取り、遠吠えをする。


「ワァオォーーン!」


 すると、草木の影から更に牙狼が現れた。


「1、2…………7匹か」


 一対七。物量では完全に劣勢である。


 牙狼は元来、集団での狩りを得意とする。獲物を見つけるとその集団の長から指示を受け、他の仲間達が周囲を囲み、一斉に襲いかかる。


 見た目、牙狼の圧倒的有利。牙狼達もそれを知ってか知らずか昴を囲んでいく。


「ウルゥ」

「グルッ」

「ガルルッ」

 

 (これは流石にヤバいかな?動こうにも、ちゃっかり牽制してくるし。せめて一ヶ所に集められればいいんだけど……)


 とか何とか考えていると、牙狼達が地面を蹴飛ばし、四方八方から喰い掛かってきた。


「っぐあ」


 何匹かの攻撃は避けたが脇腹を爪で抉られ、右腕左足に鋭い牙をめり込まされた。


「うるァッ!」


 身体にぶら下がった牙狼を血肉を飛ばしながら振り払い――――


「高3嘗めるなぁああ! 燃え盛れ! 〈火焔(ファイア)〉!!」


 魔法の詠唱と共に、一塊となった牙狼を炎が包み込む。忽ち身体中に燃え広がり、牙狼を燃やし尽くす。


「クルォオーーーン」


 牙狼達の断末魔は風に乗って消えていき、残ったのは勝者と元は牙狼である黒い炭だけだった。


「一件落着だな」


 襲ってきた牙狼を全て葬り、その為に放った魔法で木々が燃えていたが、気にせず探索を再開した。


「暗くなってきたな……眠い。寒い。腹へった。」


 (はあ。どっかに木の実でも生ってないかな。何でもいいから食べたい)


 太陽が殆ど沈み、すっかり暗くなってしまった中、空腹は止まることを知らなかった。


 (はーら減った。仕方ない。丁度拓けた場所に出たことだし、今日はここで野宿しよう)


「此の地に安息を! 〈拠点設営(レスト)〉!」


 途端に付近の魔素が集まり、直径約4メートル、季節外れのかまくらを形成した。かまくらと言ってはいるが、本来の白とは違い、周りの草木と同じような色をしている。


 内部には少しだけ地面より高くなった段差があり、ベッド代わりに出来る場所があった。


「明日に備えてさっさと寝よう」


 自分で思っていた以上に疲れていたのか、硬い寝床でも横になると直ぐに瞼が重くなり、夢の中へと旅立っていった。





 ――――転移二日目。


 雨。それもかなりの土砂降りである。


 かまくらから覗いた外には雨によって小川が形成され、入口を塞いでいた。


 (いい加減、食べ物探さないと餓死する……)


 昨日は異世界への転移とあって、興奮と不安で朝から食べ物が喉を通らなかったので、実質三食分食べ損なっている。


 (流石にこの雨じゃ動けないよな)


 余りに雨が強く、安全確保が出来そうもなかった。そこで、昴は暇潰しがてら魔法の鍛錬に勤しむことにした。


 (外に向かって撃てば大丈夫だろ)


「迸れ! 〈電撃(スパーク)〉!!」


フシューーン


 突き出した右手から蒼白い光が放たれ、かまくらを出る直前に小さくなって消えた。


「やっぱダメか」


 初級雷属性魔法〈電撃〉。多少才能があれば高校一年生の間に取得できる、基礎魔法である。


 その基礎魔法を高校三年生、それもそこそこの優等生がまともに発動出来ないのには単純な理由がある。


 まず、魔法には火、水、土、風、雷、氷、聖、魔の八属性があり、それぞれ適性が存在する。


 この場合の適性とは、必ずしもその属性の魔法が使えないと言うものではなく、威力や効果が小さくなってしまうというものだ。


 例えば昴の場合、高校入学から数日後に行われた適性検査により、火、水、氷の適性があることが判明すると同時に、それ以外には適性がないことがわかった。


 平均的に、適性のある属性は1~3個なので、昴は比較的優秀であった。


 しかし、昴は3個の属性の鍛錬をしながらもその他の魔法も練習し、三年かけて漸く魔法の発動成功にまで至ったのである。


 それでもやはり適性の壁は高く頑丈であるがゆえに、どうしても納得のいくような結果を出すことは出来ないでいる。


 高校の3年間では基礎魔法しか学ばない。中級魔法に手を出すなど烏滸がましいとばかりに、初級魔法の充実化と強化のみを行うのだ。


 そんな中、適性のない魔法を発現するまでに至った昴は、優等生と名高くなると共に、生徒達からは変人扱いされることとなった。


 魔法に関して取り決められた世界最大の条約、"魔法の安全管理に関する条約"に含まれる魔法の使用年齢の規定によって、高校生になるまで、魔法の使用は禁止されている。


 その為、高校に入学した者は初めの内は嬉々として魔法を使うようになるのだが、やはり魔法を扱う身としてあらゆることを学ぶ必要があるため、勉強嫌いならぬ魔法嫌いになる者がでてくる。


 周囲の人間がそんな状況に陥っているにも関わらず、一人黙々と魔法の鍛錬を続ける昴は変に目立ってしまった。


 それからと言うもの、スクールカーストなるものの上位に位置する人間に目をつけられ、矢鱈とちょっかいを出されるようになった。


 鍛錬で忙しく、大した人付き合いもしていなかったため、気付いたときには周りに昴の味方をする人はただの一人も居なくなってしまっていた。


 それでも続けた鍛錬によって三年生の春に適性の無い魔法の発動に成功し、周囲の嫉妬を買ってしまったのは必然とも言える。


 そうしてつい最近まで、エスカレートしたいじめを受けていたのだが、今回の異世界転移門の一件によって三年生の春から夏という、極めて短期間の内にいじめは突然終息したのだった。


「吹き荒れろ! 〈旋風(ウインド)〉!!」


………………。


「……反応なしっと」


 初級風属性魔法〈旋風〉。昴が唯一発動出来ない風属性の魔法である。


 中級魔法ならいざ知らず、初級魔法ならば鍛錬次第で全属性発動できるはずなのだが、どうしても風属性だけは発現しなかった。


「風の精霊よ 我が身に宿りて 仇敵を撃ち抜け! 〈弾丸旋風(ウインドバレット)〉!!」


………………。


「……まあ、無理だよな」


 続いて放つは中級風属性魔法〈弾丸旋風〉。本来は人差し指の先から勢いよく風の弾丸が飛び出し、雑魚敵を木っ端微塵にするような、初級魔法とは一線を画するのものなのだが、初級魔法を扱うこともできない人間に発動など出来る筈もなかった。


「風魔法をつかわせてくれぇえええ!!」


 昴がこんなにも風属性魔法に拘るのには理由があった。


 昴には憧れの人がいる。〈風の魔術師〉の二つ名をもつ魔導士、神風 (とおる)。つまりは、昴の父親だ。


 透は人一倍風属性の適性が高く、高校を卒業する頃には既に二つの中級魔法を取得していた。


 その後、大学で学んだ後に日本魔術協会で魔術師として就職する。


 それからの透の才能の発露は凄まじかった。


 通常、魔術師は下からI・H・G・F・E・D・C・B・Aと九段階に区分されたランクで最低ランクのIで登録された後、何年もかけて次のランクに上がるのだが、透の場合たったの数ヶ月でCまで上り詰めたのだ。


 この偉業とも呼べる快挙は直ぐに世界中に知れ渡り、一世を風靡した時の人となった。


 その後も新人の快進撃は勢い衰えることなく、二年経つ頃にはAランクに辿り着いた。この頃には〈風の魔術師〉の二つ名が定着していた。


 魔術師はAランクに到達すると、上位職である魔導士に転職することが出来るようになる。


 透はAランクになったその日の内に魔導士試験に合格。Iランク魔導士となり、再び世に名を知らしめるに至ったのだ。


 そんな、尊敬すべき父親を持つ昴が風の魔術師を目指すのを避けることなど叶う筈もなかった。


 だからこそ、風属性魔法の鍛錬は優先的に行ってきたことだったのだが、如何せん発動する気配もないので、心が折れかけている。


 その後も日が暮れるまでひたすら魔法を撃ち続け、疲れで倒れるまで終わることは無かった。

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