三ヶ月
遂にpv500突破!
まだまだこれからもよろしくお願いします!
アグレゲート王国、冒険者の街‘‘ビダーヤ’’。
内陸国である上に、周囲を標高3000メートル級の山脈が走るこの国土は、年中乾いた空気が漂い、季節の変化は存在しない。
国内の景色が移り変わらずとも、3ヶ月も経てば当然ながら、周辺国家の様相は大きく変化する。
他の大国は海に面しているものが殆どで、気温の下がるこの時期は、普段よりも身の引き締まった黒色に近い魚が市場に並ぶ。
背の高い山々が連なる、グレートガジ大陸最大の山脈‘‘クルタジン山脈’’の頂は雪に覆われ白銀に輝き、動物の多くは年を越える為に長い眠りについた。
アグレゲート王国以南の国々は現在冬を迎えている。
初夏にこの世界に送られた昴は、いつの間にか冬を迎えるに至ってしまったのだ。
冬になるまでに3ヶ月。昴とフェアの二人でビダーヤを訪れて3ヶ月。この世界で過ごして3ヶ月。
結局のところ、地球からの干渉らしきものは認められず、帰還の目処もたたないまま、徒に時間が過ぎてしまったのだ。
とは言うものの昴が努力を怠り、ダラダラと生活していたわけではないということは理解してもらわなければならない。
第一、自分のいる場所もわからず、本来ならば言葉も通じぬ、文字通りの異世界にその身一つで放り込まれた挙げ句のトラブルで、生きていくだけでも儘ならないのが当然なのだ。そんな中、冒険者であるために多少危険な場面もあったが、特段問題もなく3ヶ月という短いようで長い期間を生き抜いたのである。称賛はあっても、批難される謂れは無いはずだ。
冒険者の街‘‘ビダーヤ’’で受けた最初の依頼、スライム討伐を皮切りに次々と依頼を達成していった昴達は現在、当時のIランクから楽々3つ上がってFランクとなった。
Fランク未満では基本的に、探し物や雑魚魔物討伐などの簡単な依頼のみであったが、Fランクからは、護衛依頼が少しずつ出てくる。
護衛対象として挙げられるのは大体、商人の馬車だ。転送装置が溢れ返った地球と違って、原始的な手段での輸送しかできないこの世界では、人や物の移動において馬車が非常に重宝される。
ビダーヤの隣街であるグリンズでさえ、馬車による移動で3週間を要するのだ。徒歩となればその倍では到底済まない。
そのため移動手段の乏しいこの世界では、隣街に物資を運び売り捌くだけでも収益がある。その売り捌くというのが難しいのではあるが。
何はともあれ、そういった理由があって、商人の護衛という依頼は年中冒険者ギルドに張り出されている。
この、護衛依頼というのは、次いでで行われることが多い。何の次いでかと言われたら、勿論移動である。
冒険者はある程度の実力をつけると迷宮に挑むことが多い。斯く言うビダーヤにも‘‘魔の森’’をはじめとした迷宮が幾つかある。とは言っても、‘‘魔の森’’の迷宮は殆ど伝説のような存在なので、冒険者が訪れる理由となるのはその他の迷宮及び‘‘魔の森’’そのものだ。
兎に角、世界中の至るところに生息する冒険者という生き物は、ある程度成長したら迷宮の在る都市を目指して移動し集まる習性がある。
その移動の際に、次いでで護衛の依頼を受け、依頼達成の報酬の獲得に加え、目的地の情報の獲得、集団での移動による安全性の向上等、一石で二鳥どころか一石で三鳥も四鳥も得られると言うわけだ。
したがって、商人の護衛の依頼というのは、人気の依頼であるにも関わらず、年中張り出されている依頼なのだ。
こんなにも護衛依頼について詳しく話したのには理由がある。お察しの通り、昴達が件の護衛依頼を受注するためであり、また、次の目的地へ向けてこの地――冒険者の街‘‘ビダーヤ’’――を後にするからだ。
今となっては立派なFランク冒険者に仲間入りを果たした昴達であるが、今に至るまでに当然、この世界の常識について学ぶ努力を重ねてきた。その過程で得た知識を自らの常識として認識できるように奮励努力を続けたのだ。これはかなりの苦労を昴に強いることとなった。
これに関しては、誰もが想像のつくものであろう。異国の文化や習慣、食生活に言葉、法を一とした規則に加えて、一般市民間での暗黙の了解に至るまで。この全てが自国の常識と大きく異なる。
己の知識、況してや己の知識の根源である常識を他者に揺るがされるばかりか全否定されるというのは、常人には発狂ものの状況である。これが異国であるどころか異界の知識であるということから、並大抵の精神力では受け入れることのできないものである。
これでもしもフェアと出会わずに昴独りで同様の行為を行っていれば、間違いなく昴は自ら命を絶ってこの世にいないか、精神を害して廃人として存在していただろう。何かを話せる相手がいるというのは大変にありがたいことであり、精神的にも肉体的にも、自分が思っている以上に支えとなるのだ。しかし、人は自分のすぐ近くに溢れている幸福には絶対に気づかず、それを失えば、幸福が無い状態――普通の状態――に自分が戻ったのではなく、損をしたと感じる。普段は自分が幸福であることに気づかず、無くなっても大して感謝の念は抱かない。人間というのは何とも浅ましい生き物である。
話が逸れてきたので戻そう。
昴達は、この3ヶ月で多くの知識を得てこの世界に馴染み、溶け込んだ。
そして、馴染みながらも少しの希望と大きな諦念を持って待ち望んでいた地球からの救出隊乃至は接触は、終に無かった。
そこで昴はこの世界からの自力の脱出――地球への帰還――を決断した。
その為の情報収集をするに当たって、日本にも辛うじて残っていて、この世界にも存在する、図書館を目指すことにしたのだ。
この国には幾つかの図書館があるが、中でもずば抜けて膨大な数の書物を蔵書している大図書館‘‘叡知の神殿’’がある。神殿という名前ではあるが神殿では決してなく、神官等は皆無である。では何故この名前が付いたのかという話については、今は割愛する。
この大図書館‘‘叡知の神殿’’はアグレゲート王国王都‘‘ハンデル’’にある。この国で最も蔵書数が多く、大陸で見ても3本指の内に入る程で、ここでなら地球への帰還方法は分からずともその知識を獲得するための足掛かりにくらいはなるだろうという算段だ。
よって、昴達はこれから王都を目指して旅を始めることとなる。新たな目標を持っての再出発だ。
しかし、いきなり王都を目指すわけにもいかない。昴達がいるこの街ビダーヤはアグレゲート王国末端の都市なのだ。王都は当然ながら最も栄え、他の都市を統治するのに適した土地に位置している。国を統治するには情報のやり取りが不可欠だ。だから、郵便制度の整っていないこの世界では使者によるやり取りがしやすいよう、必然的にどの街からも近くなるように国土の中心地に王都がある。
つまり、末端のビダーヤから中心の王都までの移動が必要となる。
直線距離で約4000キロメートル。ビダーヤから王都までは四半期程の期間を要する。
初めから大きな目標を持つことは滅亡に繋がるので――と言っても、移動に関してはどちらでも変わらない気もするが――まずは直近の街に辿り着くことを目下の目標とする。
そこで挙げられるのは、先に出てきた隣街の‘‘グリンズ’’だ。
グリンズもまたビダーヤと同じくアグレゲート王国末端付近の街である。しかし、グリンズはビダーヤと違って迷宮が無いので、その様相は大きく異なる。
ビダーヤの人口がおおよそ230万人であるのに対し、グリンズの人口は約110万人。隣街が迷宮のあるビダーヤということで辛うじて人がいるというだけの過疎都市である。特に名産品があるわけでも名所があるわけでもなく、ただひたすらに特徴の無い都市なのだ。
唯一と言っていいこの都市の特徴は、この都市が山脈に面したビダーヤと違って、もうひとつの大国‘‘レリジオ聖教国家’’に面しているということくらいか。
大国と隣り合う都市であれば国交によって繁栄が約束されるようなのが普通なのだが、アグレゲート王国とレリジオ聖教国家の間においては例外である。
レリジオ聖教国は名前からも推測できる通り、宗教国家であるので、ある特定の宗教、リユ教を重んじる国である。しかし、宗教国家であるのは然したる問題ではない。問題なのは、この国ではリユ教以外の宗教が、無宗教も含めて一切認められていないことだ……この話についても詳しくはまたの機会にしよう。
取り敢えず、昴達はグリンズを目指してビダーヤを発つことになったのだった。




