プロローグ
小説初投稿です。
新世紀元年。老若男女、この世界に住むあらゆる人々が待ちに待った今日というこの日、長年の研究によって"あるもの"のお披露目が遂に実現するにあたり、歴史的な記念日として新たな名を持った年を迎える。
西暦3000年代に生まれた超極薄型テレビや自動操縦航空機、猫型ロボットなどは疾うの昔に衰退してその姿を目にすることもなくなった。
と言うのも、近年加速度的に進展した研究によって地球には"魔素"が存在することが実証され、従来は実現不可能とされていた空間転移門などの夢のような道具の開発が可能となったのだ。
しかし、魔素の発見と共に魔物の出現が多発。それらを撃退しようにも、人間を強襲する魔物達に従来の兵器では効果が薄く、新たなる戦闘技術の必要に迫られた。そこで開発・発達したのが所謂、魔法である。
魔素に指向性を持たせることで十の属性を発現する魔法の開発により、今までは対処することが叶わなかった魔物から人類の安全を勝ち取ることに成功した。
魔素の発見、及び魔物の出現から更に数百年。空間転移門や魔法技術が当たり前のように認知されることとなった現在、新たな研究が行われていた。
その集大成が今日ここ、国立魔術研究所でお披露目となるのだ。
「レディース、アン、ジェントルメン! 本日はお集まり頂きありがとうございます! 大変長らくお待たせしました! 早速ご紹介します!」
午後2時ちょうど。太陽が頂点を過ぎ去り、熱くなった地面によって気温が完全に上がりきった頃、このお披露目会の司会者の掛け声と共に幕が下ろされ遂にその姿を現したもの、それは――――
「――異世界転移門です!!」
この世界の枠を越え、異世界の境界に干渉する異世界転移門であった。
×××
異世界転移門の発表後、事前に世界中で行われた抽選に見事当選した十数名は転移門の前に集められた。
そこには、黒髪の日本人が数人に加え、金髪、茶髪、赤髪などの外国人も多く含まれている。そんな中に、選ばれた人間でありながら周囲に埋没してしまい、誰の目にも留まることのない、いたって平凡な少年が混ざっていた。
「ご当選された皆様おめでとうございます。それでは、当選番号の順番通りにここへお並びください」
男の当選番号は5番。他の人が別れを惜しんでギリギリまで引き留めようと会話を投げ掛け、また、涙ながらに別れを告げて再会を誓い合う中、彼は黙って当選者四人の後ろに並んでいた。
別に、別れを惜しんでくれる友達や家族が居ないわけではない。居ないわけではないのだが、ただの平日である今日、学校を休んでまで会いに来てくれるほど仲の良い友人がいないだけだ。家族もまた仕事があり、息子が異世界に転移する程度のことで、日々の生活のリズムを崩すわけにはいかないのだ。――なんて薄情な。
まぁ、昨日学校でも「がんばれよ」「強く生きろ」「またね」「さようなら」とか言われはしたのだが……さようなら、って。
そんな薄情な友人なのかどうか良くわからない人と息子を信じきっている両親を持った結果、別れの当日に誰独りとしてこの場には訪れないという事態に陥っていたのだ。
とは言うものの、正直なところ気にはしていないのだ、さほど。これは彼が常日頃から受けている扱いで、彼自身、この現状を変えようと何か努力をするわけでもなく、甘んじて受け入れている節がある。何を今更、ということだ。
転移門の起動も終わり、準備が完了したようで、当選者とその見送りの人々も完全に別れることとなった。
意識を後ろにいる当選者達から前方に聳え立つ巨大な門へと向ける。順番待ちで並ぶために近くに寄ると、遠くから見ても感じていたことだが、転移門が非常に大きいことを実感する。
縦十メートル、横五メートルの巨大な鉄の塊。国の一大プロジェクトとして、世界中から掻き集められた多くの研究者と、大量に寄せられた寄付金と莫大な国の資金が投入された、鉄(お金)の塊である。くり貫かれたそれの中央は、丁度シャボン玉が光を受けて反射した時のように、頻りに移り変わる美しい虹色に輝いている。
先の見えない世界に不安を感じ、足を踏み出すことに躊躇しながらも、一人、また一人、と次々に当選者が飛び込んでいく。見たところ、人によって微妙に色が変化していて、それぞれ少しずつ離れた場所に飛ばされているようだ。
そうこうしているうちに前に並んでいた四人はいなくなり、彼の順番が回ってきた。
「お名前と年齢を頂戴できますか?」
「神風 昴、18才です」
「えーっと、カミカゼスバルさんですね。どうぞお通り下さい」
案内人の指示にしたがって転移門の前に意気揚々と立つ。
が、いざ自分の順番となると先が見えないことに軽い恐怖心が生まれてくる。無理もない。一歩踏み出せば、この先には文字通り全くの別世界が広がっているのだ。
視覚から何も情報を得られないことに起因する恐怖心を少しでも和らげるため、試しに手だけを恐る恐る差し込んでみると、明らかに温度の違う空気に触れた。続けて片足だけを門に突っ込むと、今度は草を踏むような感覚がした。どうやら、空中に投げ出されることは無さそうだ。
「よし、行こう」
次は顔だけ通してみようとすると、流石に慎重に慎重を重ねまくったせいで時間を掛けすぎたようで、背中に向けられる視線がチクチクと刺さって痛みを伴いはじめた気がする。流石にこれ以上転移までの時間を先延ばしにして、視線によって物理的に串刺しにされるわけにはいかないので、目をぎゅっと瞑り、意を決して門に飛び込んだ。
転移門を完全に潜り抜けると日本のサウナのように蒸し暑い空気から一変、涼しいというには少し肌寒く感じる空気にさらされた。
周囲は静かで、爽やかな風に葉の擦れる音だけが耳に心地よく聞こえてくる。毎日のように聞く機械音や喧騒が嘘のようだ。
「まぶしっ」
一分程度かけて瞼に込めていた力をゆっくりと抜いて目を開くと、煌々と輝く太陽の光が入ってきた。
更に時間をかけて目を慣らして周囲を見回すと、目の前には木が、更に左右にも木が広がっていることに気が付いた。
「もり、だよな?」
自分の周辺だけが少し開けた、森林の真っ只中のようで、完全に木々に囲まれている。地面にも背の低い草が隙間なくびっしりと生え、時折吹き抜ける微風で木の葉と一緒に揺れていた。
自分が今いる場所が間違いなく森の中であると理解し、昴の思考は一瞬停止する。
転移するときは、当然ながら膨大なエネルギー――具体的には魔素だが――を消費する。その際、エネルギーの大半は転移自体、つまりは物体の移動に消費されるのだが、転移先を指定するのにもなかなか法外な量のエネルギーを消費するのだ。
そこで先日行われた事前説明会では、転移先の設定を具体的に何処かと決めず、どこのかはわからないが取り敢えずどこかの街に飛ばされる、という曖昧な設定にすることで出きる限り消費エネルギー量を抑えるということを前もって言われていたのだ。エネルギー消費を抑えるとはいえ、転送先を街と設定したことは間違いのないはずのことなので、どう考えても転移の失敗である。
「一先ず元の世界にもど……ろ……」
元の世界に戻り、異常事態発生の報告をしようと後ろを振り返ったところ、既に転移門は跡形もなく消え去っていた。
異世界に一人取り残された昴。今年の3月で高校も卒業だから異世界に旅行でも行こうかな、と実に軽い気持ちで抽選に応募した罰を受けたのだろう。
「おいおいおい! 嘘だろ⁉ 誰か、誰か嘘だと言ってくれええええええ!!」
異世界転移から数分後。頭を抱えてのたうち回り、奇声を発する少年の姿がそこにはあった。
というか、俺だった。