普通の料理
料理がもっぱら、普通であると噂のPrivateSUN。
「しゃーないやん。普通な俺がつくってんねんから」
苦笑いを通り越して、苦いだけの表情を浮かべた彼こそ、PrivateSUNフード担当のユキだ。
「あたしは好きだけどね」
頬杖をついて、ルイが本日のチャームの味見をしている。
本日はキノコとパプリカの煮ごこりのようだ。
ルイの隣では、すでに焼酎をあおった本日非番の小説家が眉を顰めた。
「ユキの料理はね。これはただの先入観もあるかもしれないが、イラっとするんだよ」
「なんでやねん」
「ほら。前さ、風邪ひいた時に、おかゆつくってくれたことあるじゃん」
「そんなことあったの??」
初耳の出来事にルイは目を丸くしている。
「うん。もちろん、頼んでないけど」
ユキが視線を窓の外に逃がした。
ほんのり色づき始めたサーモンピンクの空に、ビルが飲み込まれていく。
「あんときもさ。青のりがかかってたのよね。こう、真ん中にちょろっと」
ミサキが小さな掌をお茶碗の形にしてみせた。
「あれが、無性にイラっとしたわ」
清々しいほど正々堂々とした悪口である。
「おもいやりやろが!」
「重いやりの間違いかもよ」
ミサキがへらっとユキに愛想笑いをしてみせた。
カウベルの音を小さくならしたキョウは、買い物袋をぶら下げて、訝しげに店内を眺めた。
「お前らは、ここをリビングかキッチンと勘違いしてるな」
「キョウ!聞いてくれや。ミサキが俺の料理にケチばっかつけるんや!」
「普通だって?」
笑いながらキョウは、買いだしてきた物を所定の位置へと片付けている。
「言われてやんのー」
ミサキがユキにむかって、べっと舌を出した。
「普通ならまだええで?いらっとするとか言うてくるし!」
ルイが思わず苦笑する。
「イラっとねぇ。ま、ほっとけほっとけ。いつかユキのありがたみが骨身にしみる日があるさ」
キョウのまったく取り合ってないような簡単なフォローに、ミサキが「ないない」と手を振った。
「くっそぉ。覚えとけや。いつか、ユキの作ったごはんが食べたい~言わせたるから」
「気長にまってるわ」
ミサキはグラスをカウンターにあげると、ユキを茶化しながら部屋へと戻った。
「いいんだよ。普通で」
キョウが穏やかな顔でそう言ったので、ルイはつられて笑ってしまった。
「せやせや」
その日、ユキが何故か思いつきで作った明石焼きをみて、キョウは絶句していたけれど。
最後のシメにと、常連客の中では意外に好評でもあった。
洒落た小鉢に注がれただし汁の中には、ささやかに三つ葉が添えられていて、ルイはミサキのしかめっ面を思い出した。
けれど。
この予期しない料理も。
いたって普通の味付けも。
ふいに懐かしく、思い出す時がきっとある。
それは、今日のごはんって何?と母親に尋ねた時の気分で。
「うまいやろ?お疲れさんな」
「おいしい、ですけど。ピザとか、食べたかった」
「……また、今度な」
はずれる時も。
あるけど。