幸せの割り勘
夜のこの時間って、空気が休憩してるみたいだよね
「ルイってさ、たまに何いってるのか理解できない時があるのよ。興味深いけど」
酔いつぶれたユキを横目に、ミサキがグラスを回した。
今日は水曜日。
一週間の中日であるこの日は、PriveteSUNの客も、上がりがはやい。
「そもそも、そんな事かんがえた事ないよ。夜なんて、酒飲むもんだと思ってるから」
空になったグラスに、手酌でウォッカを注ぎこむ。
ロックグラスには、大きな氷が二つ。
急速に中身を冷やしていく。
「わかりやすく言うと。そうだなぁ。高揚した色彩が舞い上がって、ゆっくりと戻ってくるみたいな?」
「わかりやすいような、まったくわからないような。でも。あたしも、この時間は嫌いじゃないよ。好きでもないけどね。疲れ切って泥のように眠る感じがさ」
ユキを顎で指して、ミサキが「あれね、あれ」と笑った。
ミサキにとっては、この時間こそが勝負。
そんな日のほうが多い。
昼間はたくさんの音や情報が氾濫して、筆が進まないそうだ。
自称155㎝の若手推理作家。
PriveteSUNでは、キョウと互角の酒豪で。
メインはもっぱら「下町のナポレオン」と、ウォッカ。
常連の客に言わせれば、彼女こそが「下町のナポレオン」と口をそろえる。
「そういえば、締切、間に合ってよかったね。本多さん、安心した顔で帰っていったよ」
「間に合わないなら、間に合わないでいいんだよ。間にあっちゃったけど」
ミサキがグラスの横に置かれたライムを軽く絞る。
「別に売れっ子になりたいわけじゃないから、好きな事書いて、好きな酒が飲めばいい。そしたら、割り勘負けしても、まぁ許せるかな」
「何の割り勘まけ?」
「ん?幸せの」
ミサキの笑顔が、小さく浮かんだ。
自分に不安なんて、もたない。
今、ここがいたい場所。
今、これがしたい事。
「負けたこと、ないけどね」
得意げに笑って、ウォッカに手をかける。
「かっこいいね」
「かっこいいでしょ。つきあう?」
「付き合う」
思わず笑ったルイのグラスに手持ちのウォッカを軽く注ぐと、ミサキがグラスを持ち上げた。
きっと。
幸せの総量はきまっていて。
それは命と同じように。
それぞれ平等なんかじゃないかもしれない。
だけど、欲張らずに。
今を生きてみるのもいい。
「あぁ?もうエビがないねん!」
忘れかけていたユキの寝言に、ルイとミサキが噴き出した。
PriveteSUNの本当の夜は、これから。