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PrivateSUN  作者: 未紀
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月が輝いたら

そこは、今日と明日が重なる場所。





ワンフロアのバーと言っても、客席はカウンターに12席。


ささやかなテーブル席が2つ。


カウンター越しのガラスの壁からは、東京の狭い空に太陽が沈んでいくのが見える。



「寄り道したろ」



「してなーい」



カウンターのサイドに設けられた小さなキッチンから、キョウがルイを出迎えた。



彼こそが、このフロアの、というよりはこのビルその物のオーナーだ。



捲り上げた白いシャツから、太い腕が覗いている。


筋肉質な割に細見にみえるのは、一見冷たい印象を与える彼の顔のせいだ。



いつみても猛禽類のようだと、ルイは思っている。



「そうそう。帰り道にね、久保田さんに会ったから、待ってるって営業してきたよ」



語尾をあげるルイの話し方は、キョウに対する時の癖だ。



「そりゃ仕事熱心なこってすな」



ルイの手から買い物袋を受け取る。



「あれ?キョウ、なんか機嫌悪い?」



「悪くねーよ」



まったくもって、無自覚だ。とキョウは心の中で呟いた。



その無自覚かつ無意識な発言が、まわりの心をかき乱している事など、本人は知る由もない。



ルイに「待ってる」などと言われて、浮かれてやってくる客の顔を思い浮かべると、キョウはうんざりした。



「着替えてくるね。いつまでもムスっとしてるとお客さん逃げちゃうぞ」



キョウの口角に指を当てて持ち上げると、ルイはぷっと噴出した。



ルイがキョウと出会ったのは17歳の頃。


その時から、2人の兄弟のような関係は、変わることなく続いている。



「心配性が危篤だわ」



カウベルを鳴らしながら、入ってきたのはこの店のバーテンの一人。ミサキだ。


一部始終を見ていたかのように、呆れ顔でカウンターに腰を掛ける。



「お前の締切のが、よっぽど危篤だろ」


「いやぁ。あっちはもうご臨終」



頭の後に手を回して、ミサキが笑って見せた。



「せっかく変わってもらったけど、今回は落とすかも……」



鈍い音を立ててカウンターに額を打ち付けた。



「大丈夫?」



着替え終わったルイに、ミサキは額をずらして、横顔を見せた。



「なるようになる。次のルイの当番までには、落ち着かせるからね!ってなわけで、なんか食べさせて。お腹すいてきたわ。本当ならビール!って言いたいけど」



「なんだ。余裕じゃん?私もつかいっぱしりにされて、お腹すいた」



「お前らなぁ。お前らは家賃の代わりにここで働いてるわけであって、間違っても俺はお前らの飯屋じゃねぇ」



言いながら、キョウは開店準備のために照明を一段階落とした。



淡い暖色に色づいた店内。窓の外は藍色を深めていく。


ちらほらと目立ち始めたビルの明かりが浮かび上がった。



「家賃以上に働いてるもんね」



さっきまで臥せっていたミサキが、冷蔵庫からチャームのテリーヌを摘み出す。



「これ……ユキが作ったでしょ。あいつの作る料理って、やたら凝ってるけど……」



その先は憚って、ミサキは一口頬張ってから、「じゃ、もうひと踏ん張りするかな」と小さく手を上げた。



東京のワンフロア貸切の激安賃貸物件。


その胡散臭さには、わけがある。



‘深夜の無期限、無報酬アルバイト‘



このビルは、1階ずつが賃貸マンションになっていて、8階建ての最上階にあるこのバーのバーテンは、皆このビルの入居者だ。





月が金色に輝いたら。



待ってる。





さぁ。今夜も。



このひどく優しくて、甘い空間へ。




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