表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

2.鬼頭家に御宅訪問する理由(2)

 ……で。

 本当に来てしまいました、鬼頭課長のマンション。

 うわー高いなー。家賃もそれなりにしそうだなー。と思いながら見上げていたら、さっさと来いと命じられた。その顔に、先程までの動揺は無い。復活早いよ。


「結局、なんなんですか……」

「……中で話す」


 なるべく入りたくないんだけどな、と思いながらも、仕方なくお邪魔する。

 几帳面な鬼頭課長らしい、無駄な物の少ない玄関。靴を揃えると、彼の後ろに続く。

 リビングに続いているらしいドアを潜ると、真っ先に飛び込んできたのは、白いケージだった。中にいた茶色いもふもふが、課長を見つけてぴょこぴょこと跳ねている。

 きゅうきゅうと鳴いている様子は、可愛くて仕方がなくて。


(こりゃあ、あんなあっまい顔にもなっちゃうよなー)


 なあんて、思ったり。


「飯、準備する。その辺りでテキトーに待ってろ。そいつと遊んでても良い」

 ご飯。鬼頭課長が、準備するのか。

 先輩にソレをさせる状況に、内心で悲鳴を上げながらも、こくこく頷く。……なんだかんだ、拉致されてきた身である。お言葉に甘え、わんこを愛でていよう。


 ケージの鍵を開けると、わんこは見慣れない人間に若干の警戒を見せながらも、とてとてと近寄ってきた。なにこれ可愛い。

 しばらくの間、私を観察した後に、“こいつは警戒するに値しない雑魚”だと判定されたのか、あるいは単純に甘えたいお年頃なのか、よじりよじりと膝に乗ろうとする。が、失敗して後ろにこてんと転ぶ。リトライ。リトライ。リトライ。……なにこれ可愛い。


 一向に成功に漕ぎ着けない彼、あるいは彼女をよいしょと持ち上げる。……“あれ”は無いから、女の子のようだ。

 ぱたぱたと尻尾を震わせている。抱っこすれば、大人しく擦り寄ってきた。良い子だ。しばらくすると私にも慣れてきたのか、腕の中でうとうとし始めた。


「か、可愛い……! これは殺人的な可愛さだ」

「大袈裟な」


 飼い主の呆れたような物言いに、ムッとする。貴方はこの愛らしさが分からないというのか!……いや、分かっているか。分かっているから、真っ先にやられてんだ。違いない。


「名前、なんていうんですか?」

「チャコ」

「……ああ。()色い女の()だからですか」


 まさかのネーミングセンスに、脱帽です。おかしいな、仕事の上では、もっと良いアイデア出しているのに。

 半眼になった私を見た鬼頭課長の皺が「なんか文句あっか」と三本になりかけたので、私は慌てて「わあ、良い名前ですね!」と取り繕った。なにしろ私、長い物には巻かれるタイプなのです。誇れない!


「チャコ、ほら飯」

 鬼頭課長が声を掛けると、チャコはパチリと目を開けて、私の時よりもはっきりと尻尾を振り始めた。ご飯が嬉しいというよりも、ご主人様が大好きなのだろう。


 出されたのは、ふやかしたドックフードのようだった。記憶にある硬いドックフードとは違ってドロドロなので、驚いてしまう。

 私の腕から降りて、まだ下手くそな感じで、けれど幸せそうにはぐはぐとご飯を食べている様子を、二人並んで、じー、と眺めた。飽きないわ、これ。

 最後までしっかりと食べたことを確認して、鬼頭課長が皿を取り上げる。まだ欲しい、と物欲しげな顔を彼に向けたチャコ。もう無いよ、と答えるように、鬼頭課長が小さな頭をぽんぽんと撫でた。


「柚月」

 唐突に名を呼ばれる。

 キッチン近くに置いてある机を指差される。夕飯が準備できた、ということらしい。

 チャコはどうするのだろう。鬼頭課長は彼女の頭を撫でると、そのまま離れて行く。しばらく外で遊ばせるようだ。


 席に着くと、目の前にコトリと皿が置かれた。美味しそうなオムライス。ふんわり丸い卵に、ケチャップが飾られている。美味しそう!

 机の中央にはサラダ。小皿が手渡される。自分で適量を取れ、ということらしい。

 いいんですか? 遠慮なく食べますよ?


(美味しい。あったかい。幸せ)

 むにゅむにゅと口を動かしながら食べていると、前の席に座った鬼頭課長が顔を背けながら震えている。なに?

 奴は決して私と視線を合わせないまま、小声で「お前、チャコみたいだな」と宣う。

「なっ……」

 わんこに例えられた!?


(っていうか、そう思うなら私にも優しさをプリーズ!)


 がるがると威嚇したが、効果は無かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「せめて片付けくらいは」

 手伝います、と手を挙げるが、素っ気なく断られる。しばらく粘ったが、最終的に「これは契約料だ」と言われた。


 ……契約?


 はて、契約なんて、した記憶が無いのですが。何の契約?

 一気に雲行きが怪しくなってきた。

 実は悪徳商法だったのか?

 心臓が危機を感知して、バクバクいっている。ちょっと遅い気もするけど。今更だ。

 警戒心を強めた私を見て、鬼頭課長はハァとため息を吐いた。


「ちょっとそっちで待ってろ。話がある」

「話、ですか……」

「……恐喝とかじゃないからな?」

「そうですか!」


 顔が輝いたのが自分でも分かった。

「お前の中の俺がどういう人間なのか、一度よーく確かめたいもんだ」

 真顔で言い捨てて去って行った鬼頭課長に、輝きはすぐに儚くなったけれど。

 よーく確かめようが、テキトーに確かめようが、多分本人に知られたら怒られる材料は取り揃っていると思います。


 ひー、と隅で震えていたら、戻ってきた鬼頭課長に「なんでそんなところにいるんだ」と呆れられた。貴方の所為ですよ!


「で」

「で?」

「……」

「……」


 居住まいを正して続きを待つ。

 が、鬼頭課長は一向に口を開かない。


 無言のまま向き合う私たちの間を、チャコがとてとてと歩いている。

 やめて、不思議そうに見上げないで。可愛すぎて構いたくなるから。


 それより遊ぼうよー、と誘惑してくるチャコに視線が釘付けになっていると、「柚月」と重々しく名前を呼ばれた。

「なんでしょう」

 視線をチャコから外さないまま返す。

「俺は、……明日、出張なんだ、が」

「え? あー、そういえば」

 言われてみれば、そんな予定だった気もする。金曜日、直帰。そんな文字を見たような、見なかったような。

 しかしそれなら、明日の朝も家を出る時間が早いだろう。負担にならないように早めに帰らなければ、と鞄を引き寄せると、「待て!」と止められた。普段の癖で、ビクッと震えて固まる。


「話というのは……その、こいつの世話、を、頼みたいってことでな……」

「は、」


 はああああ?




もふもふ妄想、もとい想像してたらヨダレが(危険)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ