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孤独  作者: 観月
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中編

 輝幸は、叔父の家に引き取られて最初の冬に、雪山の中で迷子になった。

 都会育ちだった輝幸にとって、雪は珍しかった。うれしくて楽しくて、遊んでいるうちに降り出した雪は、次第に強まっていた。ふと、気が付いた時にはもう自分がどこにいるのかも、どちらの方角から来たのかも、さっぱりわからない。

 とぼとぼと歩いていたが、次第に暗さを増していく景色に心細くなって涙が頬を伝った。

 一時はあんなに激しく降っていた雪がやみ、空は暗いのに、辺りは妙に明るくなっていた。空には小さく真ん丸な月が上り、一面の雪がその銀色の光を跳ね返している。

「迷ったのかい?」

 背後から声が掛けられて、輝幸はばね仕掛けの人形のように振り返った。

 真っ白な着物を着た長い髪の女がそこに、しん、と立っていた。月の光がその白い着物に当たって、まるで女が光を発しているようだった。

「さっきまで楽しそうに遊んでいたじゃあないか?」

 輝幸は涙のたまっていた目をぱちぱちと瞬いて目の前の女を見上げた。

「お姉さん、みていたの?」

「この集落に子どもがいるのは久しぶりだから、お前が来てからずっと見ていたよ、輝幸。雪は好きかい?」

 女はそう問いながら輝幸の前にしゃがみこんで輝幸の涙にぬれた頬に手を伸ばした。

 手袋一つしていない女の手は、ひんやりと冷たかったが、輝幸はその手の感触にほっとして、再び大粒の涙があふれ出した。

 うわあああん、うわああああん。

 声をあげて泣くと、女の気配が近くなって、そっと輝幸を抱きしめてくれた。

「輝幸、お前家に帰りたいかい?」

 輝幸の髪をなでながら女がきく。

「うん、うん。ぼく、お家に帰りたいよ」

 輝幸が泣きじゃくる。

「じゃあ返してあげよう」

「ほ、ほんとう!?」

「ああ、ほんとうだ。でも、一つだけ約束をしてくれなくてはいけないよ」

「なに?」

「今日、わたしに会ったことを、誰にも、いいかい? 誰にも話しちゃあいけない」

「わかった!」

 輝幸は元気に答えた。とにかく、一人きりではなくなったことでほっとしていた。家に帰れるのだと思うと、先ほどまで泣いていたのに笑顔になった。

 女は輝幸と手をつないで歩きだす。

「怖くないかい?」

 輝幸は隣の女を見上げた。

 女はうっとりするほどにきれいな人だ。初めてじっくり女の顔を見上げた輝幸は、見とれてしまった。ぽけっと呆けた顔で見上げていたら、女は輝幸の瞳をじいっと見返して、その後にふふ、と笑った。

「おまえは、かわいいねえ」

 なにしろ、集落にたった一人の子どもだったから、かわいいとはよく言われたけれども、近所のおじいさんやおばあさんに言われる言葉と目の前の美しい女の口から出た言葉は、全く違うもののように感じた。輝幸は、ほっぺたがぽっぽと暖かくなるのを感じた。


 あの時の人だ。

 画面の中で笑う自分の妻は、あの時の女と同じ顔なのだ。

 なぜおれは今までこのことを忘れていたのだろうか?

『満月の晩には雪女が子どもを連れにくるんだと』

 輝幸は、気分が悪くなったからと、二次会を途中で抜けた。

 びゅうびゅうと、厚いコート越しにも吹き付ける風の冷たさを感じる。二次会の会場からホテルまではそれほど離れてはいなかったが、ホテルにたどりつくと、コートにはこびりついた雪が層となっていた。

 部屋に入る。

 自宅へ電話を入れた。

 呼び出し音が鳴る。

 もし、この電話に誰も出なかったら……?

 そんなバカなことがあるか!?

 頼む、誰か出てくれ……!


「もしもし?」


 輝幸の緊張が頂点に達しとき、耳元にのんびりとした声が聞こえた。声が届いた耳元から暖かさが広がって、解けていくようだった。

「父さん? どうしたの?」

「いや、みんな元気か?」

 どうやら電話の向こうは長男であるらしい。

「あ? 何言ってんだよ。今朝みんな元気だったじゃんか。それより雪大丈夫かよ?」

「ん? ああ、そうだな、明日やんでくれるといいんだがなあ、母さんは?」

「……ああ、今風呂」

 輝幸はスマホを耳に当てながらベットの上に腰を下ろした。どっと力が抜けていくのを感じる。

 輝幸は深い安堵の中、眠りについた。

 それなのに……、次の日、乱れたダイヤのせいで予定より遅くに自宅に帰りつくと、妻の姿はなかった。

 春休みで家にいた長男が「母さんは父さんに用事があるって言って、ついさっき家を出た」と言う。

 輝幸は妻の携帯に電話をしたが、いくどかけても「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……」と、冷たいアナウンスが流れるばかりだ。

 心配でないと言えばうそになるが、いつも通りの日常が家にはあったし、赤ん坊を置いて行っているのだからそう遅くならずに戻るはずだと、少し様子を見ることにした。

 けれども、その日以降妻の消息は、ふつりと消えた。


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