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こはく  作者: 黒猫屋
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「千夏の成長を見守ること。強く逞しい女性になるよう支えること。それが、私と千穂の約束。


 千穂ね、決してあなたを私に丸投げにしたのではないのよ。


 あなたを身籠ったのがわかったとき、遥か先の未来を見たんだって。


 そ、あなたが成人する姿をね。電話で延々聞かされたんだから。


 そして病気を告知されたとき、その未来を閉ざされた。


 自分の腕に抱き抱えられない悔しさ、あなたの成長を見られない寂しさ。


 他人には想像できない程の苦しみの中にいたはずよ。


 けれど人前では笑顔は絶やさなかった。


 強いわね、とっても」



 母も同じように、叔母から色々教わったんだろな。前向きになれるように、強さを内面から引き出せるように。


 そっか、やっぱりそうだったんだ。私、引っ込み思案で弱い子だったもんな。それを見越して、叔母は私に強く当たっていたんだ。


 今の今まで抱いていた叔母への嫌悪感や憎悪といった負の感情は、この瞬間を持って綺麗にひっくり返った。そしたら今までとは全く違った風に叔母が見えてきた。


 そんな私は叔母の顔を直視することが出来なくなっていた。あまりにも長い間、私が叔母に対してとっていた行動が急に恥ずかしくなってきたから。


 叔母の気持ちを考えると、居た堪れない気持ちになった。


「あ、あの……」


一つの言葉をひねり出すのにこんなにも苦労するなんて……。渦巻く喜びや不安が、この場に最適な言葉をなかなか選ばせてくれない。


 言葉につかえてうつむいた私は、急に柔らかなものに包まれた。


「千夏。いいのよ、いいの。無理に言葉にしないでも。言葉に出来ない気持ちをね、無理やり形にしたら駄目なのよ」


 叔母はそう言いながら、私を強く抱き締めてくれた。


 ちょっと恥ずかしい気がした。


 でも、それをも全部包み込むほどの優しさと安らぎに私は溺れながら、本物の母親の影を感じとることができた。






 居間で一人お茶を飲む祖母。


 机を挟んで祖母の真っ正面に私は腰を下ろした。


 そのタイミングで、振り子時計が三回鳴る。


「さっき叔母さんから言われたの。おばあちゃんの所に行ってきなさいって。なんか用?それにみんなは?」


 普段なら、墓参りの後は親戚達が集まりなんやかんやと雑談を交わすのが恒例だったのだが、この日はなんだか違っていた。


 静まり返った居間は、時を刻む音しかしない。


 祖母は私の問いに答えることなく、時計をちらりと見てから、机の上に置かれた真っ白な紙箱を私に差し出した。


「智恵子と話は済んだのね。なら、これを千夏ちゃんに渡せるよ」


「え? 何の事?」


 祖母の言いたいことはよく分からなかったけれど、どうやら目の前に差し出された箱を私にくれるらしかった。


「あ、開けてもいいんだよね」


 コクリと小さく頷く祖母を見て、私は両手でそっと蓋を外した。


「あ……」


 真綿にくるまれたそれを見たとき、私の記憶に二つのものが一瞬で浮かび上がった。


 一つは、昨日見つけた写真に写っていた母の胸に着いていたブローチ。


 もう一つは、父の書斎の机に昔から飾られてた綺麗な楕円の石。



 琥珀……だ。



 箱の中のモノは、装飾の施された琥珀のブローチだった。長い間、大切に保管されているらしかった。


「おばあちゃんこれ……お母さんのブローチなの? あの写真のものだよね?」


 目尻を下げた祖母は、ゆっくりと立ち上がると仏壇の引き出しに手を掛けながら話し出した。


「その石はね、もともとは私の物だったのよ。千夏ちゃんのおじいちゃんにあたる人、昭三さんから貰ったの」


 祖父、昭三。


 確か戦争で戦死したって聞いたことがある。私は仏壇の上に飾ってあるモノクロの写真に目をやった。


 年齢はよくわからないけど、凛々しい顔立ち。とっても真っ直ぐそうな人柄っぽい印象で、どこか父の面影もあるかな。とても優しそうだ。


 話の繋がりがよく見えない私は、ブローチを手に取り眺めた。


「綺麗……」


 祖母は引き出しから一枚の写真を取り出し、机にそっと置く。


 あまり鮮明ではないけれど、祖父に間違いはないと思う。結構若い。それから、兵隊の格好だ。場所は……どこだろう。雰囲気は似ているけどなんだか妙な感じ。日本ではない気がする。


 写真を裏返してみて、私の直感は間違いでなかったことが証明された。達筆な字で書かれた文字。


『小野 昭三 満州にて』


 満州? 歴史で習ったはずの地名だったが、私は頭にはてなを浮かべる。


「昭三さんね、一時、満州に行ってたの」


「満州……」


「そ、満州。今の中国ね。その土地には欧州からもちらほら商人が来ていてね、そこで知り合ったイタリアの宝石商から買い取ったものらしいの。結構な値がしたらしいけれど、昭三さんたら無理して手に入れたって手紙を寄こしたわ。石と共にね」


「じゃあ、おばあちゃんが母さんにこのブローチをあげたのね?」


 祖母の話を最後まで聞くことなく、長い物語を遮って、私は思ったことをそのまま口にした。


「慌てない慌てない。ゆっくりと順を追って説明するから」


はやる気持ちをたしなめるように祖母は私を抑え込む。


まるでじゃじゃ馬と亀の会話のようだった。





「千夏ちゃん、琥珀って何だかわかるかい?」


 亀に手綱を持たれたじゃじゃ馬は、大人しくなったまま天井を見上げて考えた。


「琥珀って石でしょ? えーと、宝石だよね」


「そう、ただの石だけど希少なものだから、価値のある石。つまりは宝石ね。」


 私は、それがどうしたと心の中で呟く。回りくどい説明に何か隠れているのかな?率直にそう思った。


「琥珀は木の樹脂の化石。人で言ったら血液の化石みたいなものかしら」


「へー。そうなんだぁ」


 私が知りたいのはそんな事じゃない。その石が何からできているかななんて事じゃなく。石にまつわる話を欲しているんだ。との思いを込めて、素っ気ない態度で祖母に返した。


 祖母はそんな私の皮肉めいた態度に動じることなく、自分のペースを保ちながら部屋の空気をゆったりとしたものに変えていく。


 年の功には敵わない。私はすぐさま諦め、亀の背中に乗るように、祖母のペースに会わせることになった。


「昭三さんが言っていたわ。琥珀は時を運ぶ石、時代を繋ぐ石だって」


 花に花言葉があるように、石にもそんなものがあるのかと私は思った。つい口を挟んでしまう。


「花言葉みたいなもの?」


「うーん。確かに石言葉みたいなものはあるらしいけど私にはわからないわね。きっと、昭三さんが、琥珀をみて勝手に解釈したんのだと思うわ。ほらその琥珀をよくご覧なさい。中に気泡があるでしょ。それは何万年も前の樹脂に囲まれた空気よ。そんなところからそう思ったのかもね」


 確かにあった。小さな無数の気泡。外から射し込む光を反射してキラキラと輝いている。


 石自体の色も相まって、何だか黄昏時のように見える。


「色の褪せた写真の色もこんな感じだね」


 私の言葉に祖母は同調し、笑顔で頷く。


「あら、やっぱり千夏ちゃんは千穂ちゃんの子ね。不思議なものだわ、まったく同じ言葉を何年も経ってから聞くことになるなんてね」


「えっ!?」


胸の騒めきが突然に私を襲った。




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