人形遣いと??の話(1)
我が一年六組には社 三人という人気者がいて休み時間にもなるとクラスメイトを沸かせている。私、手口士々はといえばそれを横目に見ながら読書をしているような寂しい人間だ。社さんはお嬢様で、お嬢様口調で(ですわとか実際に言う人を私は社さんしか知らない)、そのうえ話すことは面白いという神号高校一年生の人気者である。二年生にも超人気者の奥田という人がいるらしいけど(もっとも、こちらは男だ)、一年生では社さんが一番人気だろう。
あ、奥田って人は転校したんだっけ?
放課後の教室でそんなことをつらつらと考えていた。
「人気者ねえ」
「人気者がどうかしたの?」
ふとそんなことを漏らした私に彼は不思議にそうに言う。
「いや、知ってると思うけど私のクラスに社さんて人気者がいてね?」
「知らないけど」
彼こと病槻くんは興味なさげに言う。多分興味がないのだろう。彼が興味あるものなど私は知らないけど。
「隣の組なのに社さんを知らないの……?まあその子のことを考えていたわけよ。憧れ半分嫉妬半分ってかんじでね」
「人気者ねえ。僕らとは正反対の人間だけど、僕は別に羨ましいと思わないな。人気者もそれはそれで苦労するんだよ?いや、生きてりゃ誰でも苦労するけどさ」
「そんな悟ったようなこと言わないでよ。格好悪いよ?」
「すべてのナメクジが格好悪いように全ての人間が格好悪いと思うよ?」
「そんなことないよ。病槻くんはテレビとか見ないの?」
「見ないね。ん、手口さん悪いけど絆創膏持ってる?」
何故と聞こうとして気づいた。彼の手のひらにはあまりにも大きな切り傷があったのだ。
「血出すぎ。どうしたの?」
「いやあ今日体育倉庫で転んでね。あそこ暗いから」
たしかに我が神号高校の体育倉庫は上の方に窓ガラスがある以外に光がない。蛍光灯が壊れているらしいが、予算上直していないと聞く。
「持ってるけど、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「いやさっきまで血は止まってたんだよ?でも弄りまわしてたら」
「弄りまわすな」
しょうがなく絆創膏を貼ってやる。
「高校生にもなってうさぎ柄の絆創膏って。まあありがとう。ありがとうついでに体育倉庫といえばさ」
できればありがとうをついでにしないで欲しいし、絆創膏をけなしたことを謝って欲しいのだけど、病槻くんには無理な話か……。
「知ってる?体育倉庫のサッカーボールが全部盗まれたって話」
「知ってるもなにも全校朝会で言ってたじゃん」
今日の朝会によると、体育倉庫にあったサッカーボールが全てなくなっていたらしい。そんなことができる期間は昨日の放課後サッカー部が部活を終えてから、今日サッカー部が朝練を始めるまでだと思われる。まあそんな感じ。
「あれ犯人誰だろうなあ。まあおかげで今日の体育の授業はサッカーじゃなくなったわけだけどさ。ラッキー」
私としてはサッカーの授業がなくなったのは不満だ。別にサッカーは好きじゃないけど、体育の先生がサッカー下手くそで毎回半べそ状態なのだ。それを見るのは楽しい。
性格悪い。
「楽観視しすぎでしょ。サッカーボールってそこそこ値段張るって聞くし割と問題だよ?」
ふむ、ならそのサッカーボールを売りさばいた奴が犯人、ってこともないか。新品ならいざ知らず、あんな古いサッカーボール売れるとは思えない。
ならサッカーボールを新品にする目的?犯人はサッカー部?それもない。
愉快犯が一番可能性ありそうだけど。
「動機は難しいけど犯人は大体分かるよね」
「まあ教師だろうね」
体育倉庫には鍵が掛かっているだからそんなもの体育教師にしか開けられない。従ってサッカー部は無い。
「数いる体育教師から絞るのは無理かなーそこは警察に任せればいいし」
結局は暇つぶしで、何も私たちは犯人探しをしようというわけではないのだから。
まあ気になるけど。
「まあ置いといて、今思い出したんだけど学校がいじめを隠蔽する理由って知ってる?」
「え?」
あまりに急な話の変更に戸惑う。
「そうだね、思えば知らないや。隠蔽されてるってことすら今知ったんだけど」
「手口さんこそテレビ見ようよ。あのね?学校がいじめを隠す本質的理由は、担任の人事評価に影響が及ぶからとか、学校側がいじめの原因とか調査して提出しなきゃいけなくなるからなんだよ」
「ふうん。前者は担任が、後者は学校そのもの、敢えて言うなら校長が困るわけだ」
大して興味もないけど。なんでこんな話を?
「そういうこと。みんな我が身が大事ってことだね」
「それはわかったけどなんでそんなことを?」
聞いてみる。
「いや別に雑談だよ?最近いじめがあれば相談しろなんて教師が多いからね。彼らは、彼女らもだけど、助けるつもりなんて一切ないってことを教えてあげたかったのさ」
私いじめられてないし。
というかなんでそんないじめ事情を知っているのだろう?調べたのだろうか?
何のために?
「ねえなんでそんなことを」
「あ、ごめん」
なぜそんなことを知っているのか。そう聞こうとした瞬間彼は時計を見ていった。
「今日知り合いと会う予定だったんだ。先帰るね」
もともとなぜ放課後に私たちが談笑、というにはいささか無理があるが、をしていたのかというと、私が家に帰りたくないのである。
まあ家庭の事情。深読みなさるな。
まあどうせ下校時刻とやらには帰らなくてはならないのだが、それまでの間彼に時間つぶしをしてもらっていたのだ。
そういうわけもあって引き止めるわけにも行かなかったが、このタイミングで帰るなよとは思う。
まあ置いといてやろう。
「知り合い?病槻くんに遊び相手がいるとは思わないけれど……ああ、鐘無さんか」
最近彼が話すようになった二年生である。どう知り合ったのかは不明だけどまあある意味この人も有名人。
苛められっ子として。
というか案外鐘無さんが関係しているのかもしれない。
助けてやろうとしたのだろうか?いじめから……いや、ないな。この子に限って。
「じゃあ仕方ないな。私はあとは図書室で過ごすから」
「ん、じゃあ世界が僕を許していなければ」
また明日、と。無駄に格好いいことを言う奴になったものだ。前まではセリフの引用などする奴じゃなかった。
「まあいいか」
彼もそのうち自分の痛々しさに気づいて枕に顔をうずめ足をジタバタさせる時期が来るのだ。今はそっとしておこう。
「さて図書室ってどこだっけか」
さてと、と椅子から立ち上がろうとした瞬間、背後で何かが床に打ち付けられるような音がした。ような、というかまあその通りだったのだが。
人間だった。
教室に後ろにある掃除用具入れが空いて、その中から人が倒れてきていた。
その人は人間の筋力ではどうやってもできないようなぐにゃりという起き上がり方をして、私の目を見た。
蔑むような目で。
「こんにちは、手口士々さん。というか、化け物」
社三人は、全くお嬢様らしくない言い方で、私を呼んだ。