ドーナツが世界を救った話。
夢に出てきたので書きました。
その少女はある日突然やってきた。
頭の二本の角を振りかざし、口から火を吹き、高らかに叫んだ。
「人間共を滅ぼす! 手始めに貴様からじゃ!」
少女は龍だという。人間は自分を敬うことを忘れて、勝手に山を切り崩したり、湖を埋めたりしたので、我慢の限界がきたとのこと。
荒れ狂う少女に、人間を代表し、謝罪の意を込めて、献上したのがミスドのフレンチクルーラーである。
お気に召したらしく、人間を滅ぼすのは思いとどまってくれた。
人類はドーナツによって救われたのである。
だが……
*
今日も今日とて教科書を開き、勉学に励む。
勉強が大好きなんて奴はいるか?
俺は嫌いだ。けれど色々工夫して良い成績を取るため頑張っている。
例えば、俺は勉強に取り掛かるとき、はじめの数分間に一番集中力を使う。
なので、最初の数分間は死ぬ気で集中する。集中できれば、あとは比較的楽に勉強に取り組める。
そう、最初の数分間に集中できれば。
「なぁ童。一緒に“みすたあどおなつ”に行かぬか?」
さぁこれから勉強を始めようという時に、居候にこう言われた。
少女は、はじめてドーナツを食べて以来、ことあるごとにドーナツを食わせるよう要求した。
いつもは一緒にミスドに行き、買い与えているが、テストが近く、勉強をしなければならない時期である。
俺は断った。すると、彼女は頬をぷくりと膨らませて、駄々をこねはじめた。
面倒なので無視をしたが、だんだんそうもいかなくなってきた。
鉛筆を動かそうにも腕が動かない。
なぜなら、少女が俺の腕を引っ張って離さないからである。抵抗して勉強しようにも相手は人外なので力で勝てるわけがない。
「無視をするなぁ! 余に無礼じゃぞ! 」
今度は脇腹を角でつつき始めた。どんどん駄々がエスカレートしている。
流石にたまりかねて無視をやめ、説得にかかる。
「あのさ。俺勉強しているの。来週テストなの。わかる?」
「そんなもの余の空腹に比べたら些細なことだわ!」
「空腹って……。さっき昼飯食っただろ」
「足りぬ!」
「お米を四合ほどたいらげてなかったか?」
少女はつつくのをやめて、今度は抱きついてきた。
「お、おい?」
戸惑っている俺に構わず、少女は上目遣いにおねだりをし始めた。
「お願いじゃ」
可愛い女の子の上目遣い。思わず屈しそうになるが……
「ダメなもんはダメ!」
俺は絶対に屈しない!
少女はパッと俺から離れ、唇を尖らせ、言った。
「しかたない。この辺一体の人間を食べるか……」
「よしミスドに行くぞ!」
屈してしまった。
人命には変えられない……。
財布を持ち、出かける準備をする。
「ほら、帽子」
麦わら帽子を差し出す。外出の時は角を隠すため、コレをかぶせることにしてある。
「うむ。苦しゅうない」
といって少女は頭を差し出す。
俺は帽子を、少女は頭を互いに差し出したまま膠着する。
先に少女が口を開いた。
「どうした? はやくしろ?」
「いや、自分でかぶれよ」
「なに? 余の手を煩わすのか? 貴様の“きょうかしょ”とやらをすべて炭にしてやっても……」
「はいどうぞ!」
「うむ」
麦わら帽子をかぶった少女はニコリと笑った。
角が帽子を破って飛び出てはいるがないよりはましである。
「いらっしゃいませー!」
ミスドに到着した瞬間、彼女はショーウィンドウにへばりつき、ドーナツを食い入るように見ている。
「絶景かな! 絶景かな!」
口からよだれを垂らしてドーナツを物色する少女。ショーウィンドウが液体まみれになっているが、店員は営業スマイルを崩さず、にこやかに対応した。
「何になさいますかー?」
「全部」
「はい?」
「店のどおなつ、全部じゃ」
冗談な物言いではなく、本気である。
店員のスマイル崩れる。助けを求めるように、俺を見てきた。
「ははは、冗談ですよー。フレンチクルーラー二つで」
「ちょいとまてい!」
少女が不満そうにこちらをみてくる。
「なんだよ?」
「童よ。主は二つで余が満足するとでも……?」
「じゃあ一個も買わないぞ」
「む……、しかたあるまい。ゴールデンチョコもつけるなら譲歩しよう」
「はいはい」
俺はためいきをつきながら追加注文をした。
店員さんはクスと笑い
「可愛い妹さんですね」
と一言。
コレを聞いた少女は頬をぷくっと膨らませ、言った。
「そこなおなごよ! 我がこの童の妹? こやつの下だと!? ふざけるな! 我はほこり高き龍。生まれ出て百余年。年齢的にはむしろ姉だほろぶおごおっももっ!?」
少女の口を抑えて黙らせ、ごまかす。
「ははは、ちょっと妄想癖があるやつでしてー」
「むーむー!」
少女が抗議するが、耳元で必殺の言葉をつぶやく。
「一ヶ月ドーナツ抜きにするぞ」
ピタリとおとなしくなった。そんなにドーナツ好きか。
*
「ん〜♪ 長いこと生きてきたが、やはり“どおなつ”ほどうまきものは今までに出会ったことがない!」
「良かったな」
「うますぎて飛んで逝きそうじゃ」
「飛ぶなよ」
ほんとに飛ぶから始末が悪い。
「て、おい。お前それ何個めだよ」
「ん? 三個目じゃが?」
「それ俺の分。お前は二個も食ったんだからもういいだろ?」
途端彼女の目のハイライトは消え、全てに絶望したように黒いオーラを発し始めた。
「どおなつ……」
「わかった。あげる! あげるから! 人類滅ぼそうなんて考えないでくれよ!」
「おおー! もちのろんじゃ! どおなつがある限り人類は滅ぼさん!」
少女はもぐもぐと幸せそうに口に入れた。
今日も人類は救われた。
だが俺の成績は救われなかった。
猫耳娘とか狐娘とか犬娘とか山ほどあるのに、龍娘ってあんまりみない…。僕は大好きなんですけどね。