第4話(最終話)
翌日、旅立ちの準備の残りの分を終わらせるために朝の商店街を訪れる。
ヒマだから、と言ってリムも付いてきている。
「お兄ちゃん、おはようございます!」
元気な声に呼び止められ、歩みを止める。
「ミルフィナ、おはよう」
「おはよう!ミルフィナちゃん!」
「あ、お姉ちゃんもおはようございます!」
「お姉ちゃん、も…」
…これはダメージ大きいな。
「昨日のお礼がしたくて、教会に行くところだったんです!」
「よし、行こう今行こうすぐ行こう」
それを聞いてすぐに立ち直ったリムが、ミルフィナの手を引こうとする。
「あ、でもお会いできたのでここで渡しちゃいますね!」
す、と差し出されたのは昨日渡されたクッキー袋と同じ物だ。
「?」
「昨日はマスターの作った物だったんですけど、今日はマスターに頼んで私が作らせてもらいました!」
「!?!?!???!!!?」
言葉を上げることもなく、愕然とするリム。
…残念だったな、あれは本当にマスターの失敗作だったらしい。
「あぁ、ありがとう。そこまでしなくても良かったのに」
「いいえ、感謝しなさいとおじいちゃん…いえ、マスターに言われてますし、私もすごく助かりましたから!」
にこー、と笑うミルフィナ。
「そうか、その純粋さを忘れずにな」
「はいっ!それでは、失礼します!」
たたたた、と駆けていく後ろ姿を、惜しそうに見つめるリム。
「わ、私は馬鹿だ…昨日のあれは…」
「お前の妄想が生んだ悲劇です」
「ぬわあー!兄さん、それくれ!」
もはや口調も荒くなっている。
「うーん…さっきの話、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたともさー!さぁ、早く渡しなさい…!」
じりじりと詰め寄ってくるリムからは、とても聖職者とは思えない殺気を感じる。
そこまでか、そこまでのモノなのかコレは!
「じゃあ、一つヒントをやろう」
「…何?」
「さっき、ミルフィナが言ったことを思い出せ」
「いや…あれが、マスターの作ったモノだったなんて…」
「惜しいな、その次言ったことだよ」
「今日は私が作らせてもらったって…はっ!?!?」
気付いたようだな。
「俺のために、とは一言も言ってないよな?と言うことは、今店に並んでいるであろうお土産用のクッキーは…?」
「我が雄叫びは岩をも切り裂く!我を咎める術も無し!」
聖杖を構え、早口で詠唱を終えるとすさまじい勢いで飛んでいった。
「…なんだ、術普通に使えるじゃないか…」
しかも、神器の力を得て通常より早い。
おそらくしばらくは戻ってこないので、一人で買い物に向かった。
買い物を終えて、家に戻る。結局リムはどうしたんだろう。
「ただいまー」
「おかえり、レー君。リーちゃんもう帰ってきてるわよ~」
なんと。
急いでリムの部屋に行き、扉を開ける。
「リム、お前何先に…うわっ!?」
神々しい光に包まれ、中がよく見えないが、声が聞こえてくる。
「神よ…私をお許し下さい」
な、何だ?こんなところで懺悔してるのか?
「私は、自分の欲望を抑えきれずにこのような行為に走ってしまいましたしかし、それも愛故なのです。どうか、お許し下さい…」
ま、まさかミルフィナに何かしたのか!?
段々と目が慣れてくる。
机に置かれているのは大量のクッキー袋…こいつ、買い占めやがったな。
しかし、そろそろ止めておこう。
「リム、何やってんだ…」
「あ、兄さん」
集中力を無くしたリムの周りから光も消え、いつもの風景に戻る。
「お前なあ…こんなに買ってどうするんだよ…」
「ぜ、全部食べられるから大丈夫!」
「そうか、まあそれはいいんだけど…」
「何?何か文句ある!?」
そんないきり立たなくても。ミルフィナのこととなると暴走してしまっていかんな。
「ミルフィナは一生懸命作ったと思うんだよな、うん」
「けなげだわ…私のお嫁さんにしたくなるくらい…」
だめだこいつ、はっきり言ってやらないと…。
「多くの人に食べて貰いたくて、たくさんの笑顔がどこかで生まれることを願って作ったんじゃないか?それをお前が独り占めするのはちょっと違うと思うぞ」
「う…で、でもミルフィナちゃんありがとうって言って喜んでくれたもん!」
「嫌とも駄目とも言えるわけがないだろう?あの子の性格考えてみろよ」
「ぅ…」
さすがに罪悪感が芽生えたらしい。
「で、でも買っちゃったものは仕方無いでしょ!今更どうしろって言うの…」
「そうだな…みんなにも試食してもらうってのはどうだ?」
「それは嫌」
「…まあ、そう言うだろうと思ったよ」
みんなに食べて貰って、評判を上げて店の売り上げに貢献を…と思ったんだけどな。
「でも」
「?」
「みんなにも食べて貰って、お店の評判を上げたら売り上げに貢献できるかな…とは思うんだけど」
何だ、同じ事考えてるじゃないか。
「でも、兄さんは食べてみた?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ、これ食べて」
クッキーの袋を差し出してくる。
「ん、じゃあいただきます」
ぱくっ、もぐもぐ…。
なんだか、奇妙な味がする。
「…ね、これは難しいでしょ?」
「そうだな…」
シナモンが効き過ぎなのか、生地の発酵が足りないのか…とにかく、口当たりも風味もとてもじゃないが美味しいとは言えなかった。
「昨日私マスターのクッキー食べてるから、ちょっとね…。買うときに、味見していいよってミルフィナちゃんに言われたから食べてみたんだけど…目の前でマズイとは言えないでしょ?でも目は答えを待ってたの」
「ああ…切ないな…」
「でしょ!?だから、他の人が食べてマズイとか言っちゃう前に全部買い占めたの!」
納得した。
「話を聞く前に怒ったりして悪かったな、リム」
「うむ、分かればよろしい。神はお主を許したぞ」
お前は神か…さっきその神に懺悔してたじゃないか
「あぁ、そうだ。もう一個用件があった」
「何?」
「リム、さっきは上手く術使えたよな、不安定だとか何とか言ってたけど、結局原因は分かったのか?」
「うーん、今のところ分かってるのは、コレ持ってる時じゃないと駄目なんだよね」
かちゃ、と聖杖を構える。
「あ、ここじゃ危ないか…外出よう」
「ああ」
庭に出て、人目に付かないところまで進む。
「流る風の抱擁、我が身を包め、鎮魂の翼!」
聖杖を持ち、詠唱を終えると謎の鳥が現れる。
「ね?」
「いや、ね?と言われても。何だコレ」
「鳥」
「それは見れば分かる。なんでこんなに具現化できるんだ?」
「コレのお陰よ」
聖杖は形を変え、鳥に呼応するかのように大きくなり、振動している。
「神器の力か…」
「そう。…もういいわ、戻りなさい」
命令をすると、辺りに羽を舞わせて消えていく。
「じゃ、次」
聖杖を地面に置き、同じ詠唱を始める。
「流る風の抱擁、我が身を包め、鎮魂の翼っ!」
だが、何も起こらない。
「ね?」
「なるほどね…」
「どういうことなんだろうね、コレ」
「うーん…」
思案しているところで、不意に声を掛けられる。
「よーう、二人とも。こんなところにいたのか」
「ん、カイル?」
「よ、バカイル!」
久々に会ったように感じる。この数日、中身が濃かったもんな…。
「って、なにこの中途半端に大きい鳥」
「「え?」」
視線を向けると、そこには一メートルに満たない程度の鳥がいた。
「これって、さっきの術の所為か?不安定にもほどがあるだろ」
神々しさなど皆無、どこか間の抜けた顔はちょっと笑える。
「可愛いじゃない、これ飼おう!」
「飼えないっての!思念体を飼うってどういうことだよ」
「ぶー」
「いやぶーじゃなくて…」
「え、これもしかしてこの間の…?」
ずさーっとカイルが後ずさりしていく。
「どうした?原因はアレだが俺も可愛く見えてきた」
「あー、カイルはいい思い出無いんだっけ、この子には」
ほれ、とカイルの方に向ける。
「うわ、やめろ、こっち寄るなああああ!」
「リム、それくらいしにとけ」
「仕方無いなあ…ほら、戻りなさい」
リムの言葉を受けて、鳥はかき消えた。
「はあ、焦った…しかしなんでまたあんな珍妙な姿に」
「実はな…」
リムの力の不安定な状況について、カイルに説明してみた。
「俺に何が分かるって言うんだよ」
「だよな」
「だよね」
「だろ?」
言いしれぬ沈黙。
「あ、でもさ。何かレムと似てないか?」
「あ?」
「どこが?」
「いや、レムは悪魔の力があるからこそ安定できてるんだよな?じゃあ、リムも天使の力が影響するから、力が安定するんじゃないか?」
「「!?」」
「ほら、あの時の天使…なんてったっけ…ああ、ラグエル?あれの力が神器に備わってるんだと思うぞ。そして、その持ち主はリムだ。聖杖を持ってないと安定しないってことまでは良く分からないけど、持ってれば安定するのはそう言うことだと思う。だって、一度完全に身体乗っ取られてるしな、レムみたいに。属性の変化とまでは言えないと思うけど…って、あれ?何だお前ら面白い顔して、ぶふぅ」
口をあんぐりと開ける俺とリム。
「もしもーし」
「バカイル、あんたなかなかやるわね…多分それ、合ってると思う」
「たまにすごいなお前」
「いや、二人が考えすぎなだけだと思うぞ?状況から考えたらそう思うのが妥当かなっていうだけだよ」
なんということだ、まさかカイルに気付かされるとは…。
「とりあえず、問題は解決だな!」
「…いや、そうでもない」
「え?」
懸念事項が一つある。
「神器がここにあるということ…それがどこかに伝わったりしたら、命を狙われる危険がある」
「そうか?神器とリムの力があれば返り討ちだと思うけど」
「それじゃ駄目なんだよ。俺たちの力は、消耗した分回復しなければならないから、もし毎日のように襲われたら体が保たない。それに、溜まりすぎた分はある程度発散しなければならない…母さんのようにな」
「じゃあ、どうする?」
リムには悪いが、俺にはこうするしか思い浮かばない。
「リム…その聖杖は封印しよう」
「…そうだよね、それしかないかな…」
「勿体ないと思うけど、俺もそれがいいと思う」
「リムの力が不安定なままになってしまう可能性もあるが…大丈夫か?」
意を決して、リムは言葉を返してくる。
「大丈夫。練習続けて、信仰厚くすればきっと神様はもう一度私の呼びかけに答えてくれるようになると思うから…」
「…そうか。まあ、聖十字架もあることだし俺みたいに力が暴走するかもとか無いと死んじゃうみたいなことにはならない筈だから、大丈夫だろう」
「…わかった。でも、場所は?こないだのところまで行くの?」
「いや、うってつけの場所があるじゃないか」
「「?」」
教会の、地下への扉の前に立つ。
「あ、ここか…」
「なんだここ…でけぇ扉だな」
教会地下の、巨大な方陣のある部屋。
あそこなら人目に付くこともなく保管できるし、もし何か大事になったとしても俺たちを守る剣となってくれる。
「封印と言うよりは、隠す感じだね」
「まあ、そうだな…」
扉に手を掛け、開こうとする。
「こんなところで何をしてるいの?」
「あ、母さん…」
「三人がこっちに来るのが見えたから、気になって来てみたんだけど…どうしたの?中に何か用事でもあるの?」
穏やかに言うが、表情は冷たかった。
「これには訳がありまして…」
あわてて取り繕うとするカイル。
「こらバカイル!あんたが喋ると嘘っぽくなるから黙ってて!」
「はい、ごめんなさい…」
そそくさと下がっていくカイル。
「母さん、実は…」
先程話していた内容を母さんに伝える。
「…そう、本当にそれでいいのね、リーちゃん」
「うん。勿体ないけど、正直私には手に負えないところがあったし、もうあんな危険な目には遭いたくないしね…」
「そうね、なら母さんは言うことはないわ。…じゃ、行きましょうか」
「え、行くって母さんも?」
「当然でしょ?何かあったら大変だもの」
「いや、ただ置きに行くだけだから…」
「我乞うは、嶺道の鍵っ!」
こちらの言い分を聞くこともなく、母さんは空間転移を行った。
「…俺、置いていかれた?」
カイルだけが、その場に取り残されていた。
行き着いた先は、例の巨大な方陣の上だった。
「あれ、カイルは?」
「この場所に関しては部外者だから…それに、特別な力を持ち合わせている訳じゃない。何かあったりしたら、守りきれるか分からない。だから、連れてこれないの」
…まあ確かに。
「ところで、二人とも本当にここに置いていくだけのつもりだったの?」
「「うん」」
「はぁ…やっぱり来て正解だったわ…」
「「どういうこと?」」
「そのままここに置いていったら、少しずつ劣化して形が保て無くなっちゃうでしょ?それだと意味がない」
「「あ…」」
「神器が遺物って言われてる意味、思い出した?」
そうだ、天界戦争が終わった後、地上に残されそのまま力を失っていった…それが遺物だ。カイルに説明してやってたじゃないか。すっかり忘れていた。
「で、でもここは神の加護がある場所だし、大丈夫かなって…」
「そうは言っても、物質には必ず終わりがあるの。だから、別の方法で保管しないといけないの」
「どうやって?」
「その聖杖に、結界の術を掛けるの。方陣の力のお陰で、一度掛けた結界はそう易々と解けないようになるから」
「へぇ、母さんそんなことまで出来るんだ…」
大したものである。
「じゃ、いくよ~!母さん一世一代の大仕事だね!」
張り切って気合いを入れる。
「リーちゃん、聖杖そこに置いてくれる?」
「あ、うん」
言われたとおりに、方陣の中央に置く。
「今までリーちゃんを守ってくれてありがとう…」
深く、お辞儀をする。
「…我が声は大地の意志、我が魂は神の友…悠久に導くは黎明の灯火!」
詠唱を終えると、聖杖はカタカタと動き出す。
その動きは徐々に大地と共鳴し、大きな揺れとなる。
「え、何々なに!?」
「大丈夫!落ち着いて!」
聖杖から、力の高まりを感じる。
「くっ…大変になるだろうとは思ってたけど、これほどまでとは思わなかったわ…」
「母さん!?」
「ちょっと、想像以上だわ…あぁっ!?」
「か、母さん…うぐっ…!?」
力を抑えきれずに、母さんはその場にうずくまってしまった。俺も、身体が…。
「母さん、兄さん、大丈夫!?」
「リムは平気なのか…だとするとこれは…うああぁああぁぁああぁっ!?」
「レー君…きゃああぁああぁぁああぁああぁぁっ!?」
聖杖の力に呼応し、まるで弾き出されるかのように俺と母さんの身体から悪魔の力が漏れだしていく。俺の持つ聖十字架も大きく揺れる。
そして…割れた。
「ぐっ、聖十字架が…」
漏れだした力はやがて集まり、昨日見た悪魔となった。しかしその姿は以前のそれよりも忌々しく、全ての狂気を纏うかのように禍々しいものだった。
「…どういうつもりだ?我を封じ込めたにも関わらず、再び呼び出すとは…愚かにも程がある」
にや、と薄気味悪く笑う。
「別にお呼びじゃないわ…何でまた出てきたのよ!」
その気に圧倒され、後ずさりするリム。
「恐れることはない。恐怖も痛みも感じぬまま殺してやろう…そこの人間の男よ」
問いかけられるが、身体に力が入らない。
「貴様には感謝せねばなるまいな。我が力のみならず、貴様に残っていたメルコールの詛いのお陰で、我はそれを吸収しこのような姿になれたのだからな」
くそっ…このままでは、俺も母さんも力の根幹を失って死にかねない。
「ふっ、そう悲嘆に暮れるな。全員まとめて冥府に送ってやるわあああああ!」
悪魔の力が一気に高まり、凝縮していくのが分かる。
「ふざけるのも大概にしてよ…こんなの、いくら私でも止められない…」
聖杖を拾い上げ構えるものの、防ぎきれるかどうか…。
「くっ、どうしたら…うっ!?」
体のバランスを失い、その場に膝をつく。
「ど、どうしたリム!?」
リムは立ち上がり、母さんの方を向く。
「…人の子よ、意志は認めよう。だがそのような闇の力を持つ者には負担が大きすぎる」
「!?」
リムの様子が、変わった。
「…リーちゃん、もしかして」
また、乗っ取られたのか。
「…例え可能性が低くても、例え危険な目に遭うかもしれないと分かっていても…それでも、我が子を助けたいと思うのは母の務めよ?」
苦しそうにしながらも、にこ、と笑いかける。
「…」
考え込むかのように、リム…いや、ラグエルは母さんをじっと見つめる。
「そのために、自分自身が犠牲になるかもしれないのだぞ?」
!?
「もちろん、承知の上での事よ…」
「…」
「いつまで我を無視する気だ…気が変わった。乞うても殺してやらぬ、痛みと苦しみを永遠に味わわせてやることにしよう…!」
さらに力を貯め込む悪魔。もはやこの場所にいるだけで息苦しくなる。
「人の子よ、お主の信仰と意志は本物のようだな」
「ええ、もちろん。神様は私を見捨てなかった。この場所に来て、結婚して、子供達が生まれて…私に、普通の幸せを与えてくれた。だから、私も子供達を見捨てる事なんて出来ない。何があっても守りたい…この気持ちは、死んでも変わらないわ」
「…ならば我もそれに応えるとしよう。それが、天使としての務め」
かちゃ、と聖杖を構える。
それはラグエルの力を得て変形し、今まで見たことのない光を放つ。
「グオォッ!?貴様…!?」
「…貴様の居場所は此処ではない。我が力を以て消滅してやる」
「フン、抜かせ!貴様が天使だろうと何だろうと、この場所を一つ残さず燃やし尽くしてくれる!」
さらに気は強くなる。いくら何でもあれはやばい!
「…その程度で燃やし尽くすだと?笑わせてくれる…消えろ」
聖杖を振りかざすと、またも形を変える。
神々しくも猟奇的なその姿は、あの地下で見たものと同じだ。だが、そこから発せられる力は以前とは比べものにならない威を感じる。
「燃えろおおおぉぉおおオオォォオオォオォォオオ!!!!」
悪魔の叫びと共に、全ての悪意がラグエルを襲う。
「…」
だがそれを一閃の元に断ち切り打ち消す。
馬鹿馬鹿しすぎるほどの天使の力に、俺と母さんはただただ呆然とするしかなかった。
「すごい…リーちゃん」
「え?」
「…神や天使が人に力を与えることは、頻繁ではないにしろある事例なの。でも、力はその人に依存して強くもなるし、わずかでもあるの…」
…ということは。
「リーちゃん、今世界最強」
「…怖ぇ。怒るせないようにしよう…」
「あら、レー君は大丈夫よ。リーちゃん、レー君のこと大好きだから」
にこ、と笑いかける。
「…そうですか」
ちょっと恥ずかしい。
「…悪魔よ、滅びよッ!」
激しい光と共に、聖杖…もとい、神器はこれまでにない輝きを放つ。まだ有り余ってるって言うのか…計り知れないな。
「グッ…グワアアアアアァアアァアアァァアァアアア!」
その光は悪魔を囲い、徐々に凝縮していく。
そのまま段々と小さくなり、消えた。
神器が放つ光のみが、この場所を照らしている。
「全ての詛いの螺旋を断ち切った。神は、お主達を見放すことはしない」
「え?」
「安心するがいい、神の友である私が保証する」
ラグエルが、神器を置く。
「…我が声は神の唄、我が魂は神の友…悠久の導きは神の意志」
詠唱に反応して聖杖は元の姿に戻り、宙に浮かび結界を纏う。
「人の子よ」
「?」
「この方陣と神器の加護がある限り、お主達二人の魂の安定は約束される」
それは、力の根幹を失ってしまった俺たと母さんに対するものなのだろうか。
「だが、この娘には使命を与える」
「「?」」
「この場所を守護する一族以外には誰の目にも触れさせてはいけないこと。それと…」
「それと?」
「いや、もういいだろう。例え守護者だとしても、そう頻繁にここを訪れることは好ましくはないか…」
何か、気になることでもあるのだろうか。
「俺たちに出来ることなら、何でも。リムにばかり任せてはおけないですから」
すると、申し訳なさそうに一言付け加えてくる。
「そうか…ならば、あの菓子を定期的に我が元へ届けてはくれないか」
「え?あの菓子?」
というと、マスターかミルフィナの作ったモノしかなかったけど…?
「…あの時、娘が我に懺悔した時のものだ。見ただろう?」
「ああ、リムが買い占めして反省してたときの…」
って、ミルフィナの作ったやつの事言ってるのか。
「え、でもあれ美味しくなかったですよ」
「味の問題ではない、気持ちの問題だ」
「?」
「誰が作ったかは分からぬが、あれからはとても純粋な想いが感じ取れた。我々にとって、そのような想いこそが力になるのだ」
…そうなのか。
「…分かりました。でもまさか天使に供えるものだなんて言えないですよ」
「余計なことは言わなくていい。私はただ、その想いを感じていたいだけなのだから」
まあ、プレッシャーを与える必要はないしな。
「じゃ、リーちゃんにもそう伝えておけばいいかな」
「その必要はない。今、我の中に娘の意識もある。全て見聞きしているさ。では、確かに約束したぞ。お主達に、永遠の加護があらん事を…」
そう言い残し、ラグエルの気配は消えていった。
「…疲れた」
意識を取り戻し、ぱたんとその場所に座り込むリム。
「兄さん、あんな感じだったんだね…勝手に動いて喋るって、気持ち悪い」
「お前、気持ち悪いとかラグエルに聞かれてたらどうすんだよ」
「別に大丈夫だよ。ずっと言ってたもん」
「…そうか」
ラグエルも呆れたろうな。
「それに、ずっと聖杖から私達のこと見守ってくれてたんだよ?何を今更」
「そうなのか?」
「気付いてないの?」
「全く」
やれやれ、と呆れるリム。
「それにしても」
振り返り、神器を見つめるリム。
「何か、すごい使命を背負っちゃった気がする」
守護者として、この場所を守り続ける。
それがどれだけの心の負担になるかと考えると、とてもじゃないが俺には…。
「大丈夫、母さん達もリーちゃんのために頑張るよ!」
「でもさ、やる事って何なんだ?」
うーん、と考え込む一同。
「要は、人が寄りつかないようにすればいいんだよね…」
「まあ、そうなるな」
「だったら、ここに来る道全部無くしちゃえばいいんじゃない?」
おいおい。
「じゃあ、俺どうやってミルフィナの作ったモノ持ってくればいいんだよ…」
「ここは母さんの出番のようね!」
待ってましたと言わんばかりに母さんが元気を取り戻す。
「二人に、空間転移の術式を教えるわね」
「ああ、その手があったのか」
とはいえ、使いこなせるかどうかは不安だが。
「私は大丈夫だと思うけど、兄さんにはちょっと大変じゃないかな…」
「まあ、今俺の力抜けて空の状態だからな…」
「大丈夫、父さんの息子なんだから。きっと力が目覚めるはずよ」
「そんな適当な…」
「じゃあ、母さんが見本見せるから。よく覚えるように!」
「「はーい」」
「行くよ~?…我乞うは、嶺道の鍵~」
地下への扉の前へと景色が変わる。
「うおぉっっっっ!?!?」
急に現れた俺たちに、カイルは驚いた。
「バカイル、うっさい…」
「ごめんね~カイル君連れて行けなくて。ここ、私達しか入っちゃいけないのよ」
ほほほ、と笑う母さん。
「そ、そうだったんだ…なんかすごい揺れとか振動とかあったから、助けに行った方がいいかなって思って入ろうとしたんだけど、ビクともしないし…」
とほほ、とうなだれるカイル。
「というか、空間転移の感じ全然分からなかった…」
一瞬の出来事だし、カイルのリアクションのせいで吹っ飛んだ。
「ふふ、でもさすがに母さん疲れたわ…」
「そうだね、疲れた…」
「部屋戻って休もう…」
全員、その場を後にした。
俺の修行の旅は、結局実行不可能となってしまった。
街の外に出てみたら、息苦しくなり体が重くなってしまった所為だ。
俺の身体は力を失って不安定だということは疑いようがない。だが、加護の中にあるこの街にいればいつもと変わらなかった。
守護者としての務めが俺達を待っている。
そのためにやるべき事は、まずは空間転移の術を覚えること。
「…我乞うは、嶺道の鍵っ!」
あれから数日、必死に練習しているが何も起こらない。
「我乞うは、嶺道の鍵!」
リムはというと、あっさりとマスターしていた。
「リーちゃんやっぱりすごいねー。もう教えることは何もないわ」
しみじみと感慨に耽る母さんは、嬉しそうだった。
「でも、やっぱ疲れる…兄さん、よろしく」
「全く…治癒術覚えればいいのに」
「無理。相性悪いんだもん…」
そうかい…。
「…我が喚び声に集え生命の流動、其の歌声は神の息吹」
光がリムを包み込む。
「あぁ~、これこれ。コレが効くんだわ」
「オッサンかお前は…」
空間転移は苦手だが、どうやら俺は治癒術との相性が高いらしい。ことあるごとにリムは俺にコレを要求するようになったので、困ったものだ。
「なんかもうさ、兄さん空間転移覚えなくてもいい気がしてきたよ」
「何でだ?」
「一緒にいればいいじゃん。その度に、私を回復させてくれれば」
「そうね~、それもいいかもね。レー君、妹思いだもんね~」
「…」
ちょっと母さんのキャラがうざ…いや、そんなこと無い!
「それじゃ、そろそろ昼食の準備始めましょうか」
「はーい」
「じゃ、俺ちょっと出かけてくる」
「ん、どこ行くの?」
「秘密」
「一時間以内には帰ってきてね」
「うん、行って来る」
商店街を抜け、役場を訪れる。
「こんにちはー」
「レクリムか、どうしたんだ?」
「いえ、外出許可証と通行証を返さないとと思って」
もう必要のないものだ。
「そうか、残念だったな」
それを受け取ったクルカだが、なぜか表情が穏やかだ。
「私も、少し悩んでいたんだ。まだ身体もまともに治っていない状態なのに、通行証を交付してよかったのかと…だが、いらぬ心配だったな」
「まあ、残念は残念ですけどね。仕方無いんで。では、失礼します。家族が待ってるので」
「そうか、今度来た時はゆっくりしていってくれ」
「はい、ありがとうございます。…っと、クルカさん」
「何だ?」
「やっぱり、その格好の方が似合いますよ」
制服ではなく、以前着ていた女性らしい服装をしていた。
「う、うるさい!せ、洗濯したのだが乾かなくて仕方無くなんだ!」
…制服って、普通何着か持ってるよな?
「あ、そうなんですか。それでは~」
「…本当だぞ!」
まだ言い訳している。
商店街に戻り、例の喫茶店の前を通りがかる。
「あ、そうだ…」
リムの買い占めの件、俺からも謝っておかないとな。
「こんちはー」
「いらっしゃいませー!あ、お兄ちゃん!」
とてとてと、近寄ってくる。
「あ、ミルフィナ…昨日はリムが悪かったな」
「何のことですか?」
わからない、といった顔をしている。
「ああ、何か買い占めたんだろ?クッキー…」
「あ、そのことですか…」
一瞬戸惑うが、すぐにいつもの笑顔になる。
「実は、マスターに怒られちゃって…」
「え?」
「お姉ちゃんが全部買ってくれたのは、他のお客さんに私の失敗作を食べさせるわけには行かないって気を遣ってくれたんだってマスター言われて…」
ああ、マスターにはバレてたのか。
「むしろ、私の方こそ謝らなければいけないんです。それなのに、お兄ちゃんにも謝らせちゃって…本当に、ごめんなさい」
なんてけなげなんだ。
「いいよ。それに、失敗したことに気付いて反省出来たなら、それは素晴らしいことだよ。じゃないと、きっと前に進めないから」
「はい!そうですね、わたし、もっと頑張ります!」
「ああ、そうしてくれると助かる。じゃあ、また今度来るね」
「あ、はい。ありがとうございました!」
後ろではマスターがずっとこちらを気に掛けている様子だったが、大丈夫ですと目配せをしておいた。
そのまま店を後にして、商店街を再び歩き始める。
ふと、目に留まる露店があった。
「シルバーアクセサリーか…」
いつも聖十字架をぶら下げていたのだが、俺のものは壊れて無くなってしまったので少々物足りない気分だった。
「ちょうどいい、何かよさげなの無いかな…」
立ち寄り、一つ一つ見ていく。
「いらっしゃい、兄さん。彼女へプレゼントでもするのかい?」
気さくそうな店員に声を掛けられた。
「いや、そうじゃないけど…」
「そう?まあ好きに選んでくんな」
「ああ」
すると、とある形のものが目に留まる。
「これ、二個セット?片方しかないように見えるけど」
「お、いいのに目を付けたね~。ちょっと待ってな、探してみるから」
「頼む」
カバンをあけ、探し出す。
「お、あったあった。これでいいかい?」
じゃら、と俺の前に差し出す。
「ああ、じゃあこれで二個買ってくよ」
「まいどあり!」
金を払い、それを受け取った。
「ただいまー。母さん、リムは?」
「部屋にいると思うよー」
帰宅し、リムの部屋へと向かう。
とんとんとん。
「兄さん?どうぞー」
部屋に入ると、リムは窓辺で寝ころんでいた。
「だらしないな」
「だって、疲れてるんだもん」
ひらひら、と手を振る。
「そうか。」じゃあこれはあとでいいかな」
「お土産っ!?」
ばっと飛び起きる。
「…ああ。反応良すぎだな」
「そうと知ったら話は別!なになに?またミルフィナちゃんから何か貰ったの?」
じゃら、と買ってきたモノを目の前にぶら下げる。
「これ…アクセサリー?」
「ああ、お揃いだ」
じゃら、と俺のものも見せる。
「あ、本当だー。でも、どうして急に?」
「いや、俺の聖十字架壊れて無くなっただろ?だから、何か首元が物足りなく感じて」
「あ、それで買ってきたんだ」
「ああ。でも、リムの分も買っておかないといけないと思って」
「何で?」
?という表情を浮かべる。
「…俺達は二人で一人、二つで一つ、だろ?」
それぞれのアクセサリーを組み合わせると、一つの形になる。
「あ、これ十字架…?」
「そう、いい感じだろ?俺達らしくて」
「うん、ありがと」
嬉しそうに笑う。
「さて、そろそろ昼食出来てるかな。行こう、リム」
部屋を出ようとすると、後ろから抱きつかれる。
「お、おい!どうした?」
「…ほんとにありがと、兄さん」
「…ああ」
俺に課せられた使命は、この家に生まれた日から決まっていた。
でもその中身は、その存在は、かけがえのないものになった。
家族、街の人々、地下の神器…。
一人では背負いきれないものも、二人なら分け合える。
守るべきものも、二人なら難しくない。
背中に感じる暖かさが、そう思わせた。
Fin
いかがでしたでしょうか?
まだまだつたない文章ですが
お読みいただいている間に
どこかの風景が思い浮かんでいただけたら…と思います。