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第1話

良いも悪いも感想をいただけますと今後のモチベーションや参考になります。宜しくお願いします。


 旅立ちを間近に控えた、鬱陶しいくらいの青空が世界を包む日。

 俺は、友人のカイルに連れられて、とある『遺物』を目指していた。

「さてと、情報によるとこの洞窟の奥にあるって言う話なんだが…」

「ちょっと待て」

「何?レム」

「誰の情報だよ。信用出来るのか…?」

「傭兵ギルドのマスター知ってるだろ?」

「あぁ、グレシュタールさんか…」

「の、友人の恋人の弟の仲間の兄がだな」

「・・・・・・・・・。」

 そんな遠回りした関係性からだと…信用するなんて無理だ。

 そんな俺の表情を感じ取ってか、慌てるようにカイルは取り繕う。

「と、とにかく。グレシュタールさんが信用出来る相手からの情報だ、そう邪険にもできないだろ?」

「まぁそれはそうだが…」

「でも、さすがにこれは俺も一歩が踏み出せないぜ…」

 神器、螺旋をも切り裂くスパイラルレイトシュワルツ

 誰が付けたか分からないその名前は、誰もが知る絵本に登場する勇者が携えていたと言われている、『全て』を切り裂く剣。

 物質のみならず、時には複雑に絡み合う螺旋状の運命すらも断ち切り、正義も悪も問わずただ持ち主の意のままに操ることが出来るという、なんともご都合主義なシロモノだ。

 『~心正しき者が構えれば世界は平和を約束され

   心暗き者が振るえば世界を混沌に陥れるであろう~』

 そう締めくくられる絵本は、昔から語り継がれ今なお子供達の情操教育に役立つと言われるいわば「鉄板」だ。

 その神器が隠されていると言われる場所に俺とカイルは来ているのだが。

「満員御礼だ」

 それはそうだ。

 傭兵ギルドのマスターからの垂れ込みとあらば、当然誰だって一度は挑戦してみたくなるものだろう。大混雑である。

 「でもなぁ…伝説が本当に絵本通りだったら、こんなにも人が寄りつくなんて思えないよな…」

 伝説には、神器を持つ者の条件がある。

 『彼は、持ち主を選ぶことをしない。導かれるまま、手に取った者に力を与える。だが、それは神に選ばれし者にのみ許される』

 つまりは、運だけじゃなく、『運命』なんてものが必要らしい。そして、それこそが自分だと言わんばかりに人が集まっているのである。

「まあもしもってことがあるなら、一応は挑戦するよな」

 だが、俺には信じられない。

 なぜなら、この人混みの中で少し耳を澄ましてみると聞こえる言葉が

「グレ爺の親父の従兄弟の嫁さんの兄が言ってたってな」

「え、俺はグレさんの奥さんの友人の母方の祖父が戦士で、当時の城下で衛兵だった時に王が喋っていたのを耳にして、それを覚えててって聞いたぞ」

「なんだ、みんな違うじゃねぇか」

 だそうだ。

「なあ、カイル」

「何だ?」

「これってさ、またグレシュタールさんの思いつきだと思うんだけど?」

 今の時代には、傭兵ギルドはほぼ不要な物となっている。自然も食料も豊かであるから、魔物は人里に降りてくることもなくそもそもの生息数が少ないため、護衛として雇う人は数少ない。

 それでも、盗賊から身を守りたいと屈強な戦士を要求する貴族がいることで、傭兵ギルドはなんとか形を残している。

 仕事が少なくギルド員達は暇を持て余しているのだ。

 そしてこうして時々、グレシュタールさんの思いつきでみんなが集まり、わざと少し遠めの目的地に設定して身体を動かさせたり、交流を図らせようとしているのだろう。

「この状況を見てると否定できないよな」

 ため息とともに、俺たちは近くの野原に座り込んだ。

「いずれにしても、同じコトだよ」

「?」

「人がいようといまいと、何処かで誰かが神器を手にする。それだけだ」

 それがいつ、何処でなんてそれこそ知ったことではない。

「それを言っちゃあ何も始まらないな」

 へへ、と笑うカイル。

 そう。

 始めから、振り回されているのは分かっている。

 ただ、ほんの少しでもその可能性があるというのなら…と言って、カイルは俺をここまで連れてきたのだ。

「悪かったな、レム。付き合わせちまって」

「いいよ。ここは気持ちがいい」

 まだ冬の気配が残っている小高い丘の上の野原に寝そべってみると、風もなく日差しも緩やかで何とも言えない開放感を味わえる。

「最近、いろいろ忙しくてな…カイルには感謝する」

「よせやい相棒」

 恥ずかしそうにそっぽを向く、男二人。

 俺は十七歳の誕生日に、一人前の神父になるための旅に出ることになっている。親に命じられたいわば『修行』。その準備でここ数日落ち着かなかったのだ。

「でもさ、何で神器を『遺物』って呼ぶようになったんだろうな」

「あ?知らないのかカイル」

「知らない」

 どうでもいい、と言わんばかりに欠伸をしている。

 自分で振っておいてなんてヤツだ。

「もう力が残っていないからさ」

「?」

「世界の各地で、『天界戦争』と呼ばれる争いで使われた『神器』が見つかっているらしい。しかし、それらに秘められていた『力』は長い時を経て失われていて、遺された物…そのものズバリ『遺物』と呼ばれるようになった。」

「神器って言うくらいだから壊れたり劣化したりなんてないものだと思ってたよ」

「そもそも地上にある時点で加護は薄れていたんだろうな。あとは自然の摂理だよ」

「なるほどねぇ」

 ん~、と身体を伸ばし目を閉じる、男二人。

「悪い、ちょっと寝るわ。これ気持ちよすぎる」

「そうだな…帰りの体力を回復するためにも少し休んでおくとしよう」

 たまにはこういうのも悪くない。

「あー、こんなところでサボってる男二人発見」

「ん?」

 ひょい、と俺の顔をのぞき込む女が一人。

「リムか…なんでお前まで来てるんだ?」

 まるで鏡に映したような、同じ顔が面前に表れた。

「真面目にやっとるかね」

 大御所気取りで言い放つ。

「これがそう見えるか」

 俺は体勢を変えることもなく答える。

「ふふ、こんなことだろうと思ってたんだよ」

 すとん、と隣に座る。

「お、リム。お前もグレ爺にそそのかされたクチかい?」

 リムに気づいたカイルが皮肉混じりに言う。

「うるさいバカイル」

「バカイルって言うな!」

 と言いながらも微笑んでいる。

 これも、いつものやりとりだ。

 俺とカイル、それに俺の双子の妹であるリムリスは、幼い頃からよく知っている中でいわゆる幼馴染み。腐れ縁だ。

「それで、結局はまたグレさんの企画だった訳だね」

「さあな。実際潜ってみた訳じゃないから何とも」

「あの状況見れば潜らずとも分かるって」

 向こうの方では、未だにいかつい男達の座談会が繰り広げられている。

「見てきた。いつも通りだね」

「そ、行くだけ無駄だよ」

 ぷい、と向こうを向いたカイルは、しばらくすると寝息を立て始めた。

「本当に寝るとは…」

「バカイルもいつも通りだね」

「ああ」

「…いつも通りじゃないのは、レクリム兄さんだけだよ」

「あん?」

 いつの間にやらついていたあだ名の「レム」でなく、名前の方で呼ばれたから驚いた。

「…そう見えるか?」

「うん、何となく。わかっちゃう感じ」

 視線を落とし、こちらを向くこともなく淡々と答えるリム。

「まあ、不安がない訳じゃないし…むしろ不安だらけだからな」

 いずれ父親の後に続いて、家を…そしてこの街の信仰心と神の教えを、そして神聖な場所を守らなければならない。そのためにも、見聞を広めなければいけないのはよくわかっている。だが…

「一人になるのは、怖い?」

「…そうだな。生まれてからずっと、両親やシスター…誰かが必ず傍にいてくれて、俺達は幸せだったんだよな」

 なかなか子宝に恵まれず、町中が少しずつ不安に感じていた頃にようやく授かったのが俺達双子だった、と昔からよく聞かされていた。

「恥ずかしいな。男としてはどーんと構えてないといけないと思うんだけど」

「そうだね、もうちょっと逞しくないとね」

 気にしていることをサラリと言ってくる。

「グサリときたな」

「だって…本当にそう思うんだもん」

 急にトーンダウンするリム。

「…私だって、ずっと一緒にいた兄さんがいなくなるって考えるだけで…」

「寂しいか?」

「スッキリする」

 …。

「兄さんの分までご飯は全ていただいた!」

「分け与えなさい」

「ぶー、ケチ」

「ケチも何もない!」

「うがー」

「うがーじゃなくて…それにほんの二、三ヶ月もしたら帰ってくるんだからな。太ってたらすぐ分かる」

 ぎゅ、とリムの横腹をつかんでみる。

「ぎゃー!」

「ぎゃーでなく」

「…へへへ、楽しい」

「…そうかい」

 相変わらず訳の分からない妹である。

「でも、そっかー…しばらくこうやって遊べないんだもんね」

「その間はこいつと遊んでろ」

 寝息からいつの間にかいびきに変わっているカイルを指指す。

「バカイルは所詮バカイルだから」

 意味が分からない。

「う~ん…レムゥ…」

 いびきから寝言に変わりやがった。

「ほら、愛しのカイルちゃんがお呼びだよ」

「止めろ…」

「ん~…リムもぉ…」

 まだ寝言は続いていたようだ。

「うっわ、バカイル私のことも夢に見てるんだ、気持ち悪い」

 そこまで言うとさすがにカイルも可哀想に思…

「お前らそりゃいくらなんでも丸すぎだって…」

「「何が!?」」

「・・・・・すー」

 すやすやと、満足げな顔で眠り続けるカイル。

「気にしないことにする」

「そうね」

 寝言なんぞにつっこみいれても何も生まれない。

 …それにしても、すっかり興醒めしてしまった。

 ああして妹にちょっかい出すのもしばらく出来なくなると考えると、少しセンチメンタルな気分になる。

 リムも何かを考えているようだが、何も語ろうとはしない。ただ、何気ない時間だけが過ぎていく。

 今まで、『二人だけ』でこうしている時間なんて無かったように思う。常に誰かが近くにいたんだとさっきも思ったし、双子の兄妹だから何をするにも平等に扱われてきたその傍には、やはり親やシスターの姿があった。

 俺たち二人に、そう大きく目に見えた違いはない。性別の差だけだ。その差である『長男』という事実が、今回俺が旅に出る理由でもあるのだが。

「兄さん」

 じっと、こちらを見つめ話しかけてくるリム。

「何だ?」

「これ、渡しておくね」

 差し出されたのは、「聖十字架ホーリークロス」。俺達の五歳の誕生日に、両親から贈られた物だ。俺の持っているのは凸型、リムは凹型。二つで一つ、二人は一つ。喧嘩をするのも仕方ないけれど、どちらが欠けても成り立たないお互いに大切な存在同士なのよ、と母に説明されたことがある。

「い、言っておくけど預けるだけだからね!一応魔除けにはなると思うし…帰ってきたら、ちゃんと返してよね!」

「…ああ、もちろん。心強いな」

 それを受け取り、俺の物と手の上で並べてみる。

「…ん?」

 近づけると、なにやら音叉のような共振を手の上で感じる。

「どうしたの?…ってうわ、何これ」

 共振はやがて共鳴へと変わり、仄かな光を放ちながら異音を放ち始めた。

「ん~、うるせぇな…おいおい、どうなってんのソレ」

 カイルも目を覚まし、聖十字架を見つめる。

「いや、俺にもよく分からない」

 次第に光は辺りでも目立つほど大きくなっていく。耳障りな音はそれと反比例するかのように消えていった。

「何なんだ…?うわっ!?」

 光は一気に凝縮し、俺の手のひらの上で球状になりふわふわと浮かんでいる。

「これって…?」

 俺に視線を向ける二人だが。

「だから分からないって」

 そんなやりとりをしている間に、光は俺の身体に近づいてくる。

「うわ、ちょっと待て…!」

 光球が身体に触れた刹那。


 ――――ドクン。


 身体に、熱い感覚が響き渡る。

 だがそれは一瞬のことで、何事もなかったかのような景色に戻っていた。

「大丈夫か、レム!」

 慌てた表情のカイルが大きな声で呼びかけてくる。

「うるさいな、大丈夫だよ。でも、これは…」

 手元にある聖十字架を見ると、しっかりとくっついて離れなくなっている。ひとまず首から提げておくことにしよう。

「とりあえず、兄さんが無事ならよかった」

 ホッとしたようにリムは言う。しかし聖十字架を見る表情はどこか寂しげだ。

「これ、どうにか直さないとな。俺たちにとっては、それぞれが宝物だもんな」

 とはいえこれはどうしたものか…。家に戻って、誰が作ってくれたモノなのか両親に聞いてみる必要がありそうだ。

「じゃあ、帰るとしますか。夕飯までには着きたいしな」

「子供かよ…」

 カイルの気楽さに少し気が楽になり、その場を後にした。


 洞窟の前には、まだ数名の戦士達が残っていた。

「なんだお前ら、帰るのか?」

「あ、はい。今回もグレシュタールさんの思いつきだと思うので」

「やっぱりそう思うか…よし、俺たちも引き上げよう。グレ爺交えて、一杯やりに行くとするか!」

 やれやれと言わんばかりに、しかし意気揚々と帰っていく戦士達。

「酒ってそんなにいいものなのかね…」

 二十歳になる頃までは触れてはいけないと聞かされている子供達にとっては、楽しげな大人達はうらやましく思えたものだ。

「ま、あと三年経てば洗礼が待ってるだろうねー」

「親父は楽しみにしてるってずっと言ってるよ…どれだけ飲まされるか分からない」

 二十歳になったら、まずは我が家で祝杯をあげるようにというお達しがカイルの父親から来ている。楽しみでもあり、恐れてもいる。なぜ恐れているかというと、カイルの父親は酒好きが高じてビール工房のマスターとなり、試飲と称しては好き放題飲みまくっている人なのだ。しかしそれ故品質には厳しく、納得のいくまで研究を重ねた結果できあがったものが、現在街では人気を博している。どれだけ飲まされるか分かったものではない。

「俺、二十歳までにまともな戦士になれなかったら、親父の跡を継がなきゃならないんだ」

 切なげに、カイルは言う。

「なら、頑張らないとな。何でもいいから、功績を挙げるのが一番の近道だが…」

「他人事みたいに言うなよ」

「他人事です」

「ひでぇ…」

 ガクンとうなだれるカイルを見て、リムは笑う。

「はは、大丈夫だって!いざとなったら私たちが客として出向いてあげるから!」

「聖職者が酒場に入り浸るようではいけないぞリム」

 どうせ飲むだけ飲んで食べるだけ食べて、全部カイルのツケにするんだろうし。

「いいのいいの、どうせカイルの奢りになるんだし」

「なんでだよ!」

 予想通り。

「まぁ、その時はちゃんと働けよ、カイル」

 ぽんぽん、と肩を叩いてやる。

「ちゃんと働けよー!」

 同じように、リムもカイルの方を叩く。が、全力で。

「痛いっつーの…」

 あんまり苛めるのも可哀想だな…カイルにとっては、親父の仕事を継ぐのが嫌ではないにしても、まだまだ自分のやりたいことを探して努力して…といった過程が必要なのだ。


 ―――――キィン!

「…ん?」

 ふと、身体に感じた異変。一瞬ではあるが、視界が真っ白に輝いた。

「どうした?レム」

「いや…何か急に、一瞬意識が…」

 言葉をつなげようとした瞬間、立っていられずに膝をつく。

「レム、大丈夫?疲れてるならまだ休もうか?」

 いや、大丈夫。

 思っても、言葉にならない。


 ―――――ッ!?


 意識が、



 保てない。



「…ム!おい、レム!?」

 ふっと意識が戻るが、やはり言葉が出ない。

 それどころか身体すら自分の意志で動かせない。

 だが身体は動いている。

 

 自分の意志とは関係なく。


「どうしたの、レム何か喋ってよ!」

 無茶言うなリム、自分でも何が何だかよく分からないんだ。

 俺の身体は、そのまま洞窟へと向かっていく。

「待てよ、レム!お前本当にどうしたんだ!?」

 こっちが聞きたい。

 俺の方を捕まえたカイルの腕を掴み。そのまま払う。しかしその勢いはすさまじく、カイルは数メートル吹き飛んだ。

「カイル!…レム、どうしちゃったの!?」

 だからそれは俺の方が知りたいんだって。

 リムもまた、俺の方に近寄ってくる。

 …まずい。

 先のカイルのように、危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

 だが俺の意志では身体が…動かない。

 次第に近づくリムだが、俺の身体は徐々に避けている。どういうことだ?

「…我に近づくな」

 どうやら、俺の体を動かしている意志はリムの何かを避けているようだ。

「…レムじゃない。誰!?」

 知らん。

「何かに乗っ取られているみたいだな…いててて」

 バカイルよ、そんなことは見てわかるだろう。

 二人に構うこともなく、俺の身体は洞窟へと入っていく。

「仕方ないわね…あとから付いていきましょ」

「そこそこ離れてないとまた投げ飛ばされそうで怖いな」

 チキンハートぶりを披露するカイルに、リムは言う。

「嫌なら無理しなくてもいいのよ?いざとなれば私が何とか出来るから」

 と、普段から持ち歩いている聖杖を構える。

 その瞬間、俺の身体はさらにリムから離れるように、洞窟の奥へと駆けだして…もとい、浮遊して進んでいった。まさか飛ぶとは…。

「そこまで薄情じゃないよ俺は。大丈夫」

 そう言うカイルの膝は震えていた。


 しばらく進むと洞窟内の灯りも届かなくなるほどの暗闇に変わっていった。だが、俺には内部の様子が見えていた。これもこの身体の異常から来るものだろうか。

 後ろからはカイルとリムが付いてきている。リムが光精霊を召喚し、足下を照らしている。昔からリムは光精霊との相性が良いため、こういった暗い場所での遊びの時はいつも活躍したものだ。

 ぴた、と立ち止まる身体。

 うすぼんやりと、洞窟の岩の隙間から光が漏れている。

「我誘うは漆黒の剣、其は抗う術も無し…」

 呪文のような言葉とともに、熱くなった俺の指先から闇光が放たれ岩壁を貫き、破壊する。

 その先には、どこからか降り注ぐ光にあふれた空間が広がっていた。だがそこは巨大な穴で、視線を向けるものの光の乱反射で底が見えない。

 一歩踏み出す。

 …ちょっと待て、飛び降りるのか!?

 さっきまでは低空で飛んでいたが、この高さはどうなんだ!?

 やはり俺の意志など構うことなく、身体は投げ出され落下していく。凄まじい速度で逆様に落下していく感覚に、吐き気すら憶える。

 光を縫い、どこまでも落下していく。

 一体この先に何があるって言うんだ。それに、リムとカイルはどこまでついてくるのだろうか…。


「で、どうしますかリムリス大先生」

 落下していくレムを見下ろすカイルとリム。

「追うわよ…ちょっと怖いけど」

 さすがのリムも怖じ気づくが、意を決するように言う。

「ここまで来たらもう先に進むしかないよな…戻るにも、まっすぐ戻れる気がしない」

 レムの後をついてきたのはいいが、すっかりマーキングを忘れたカイルだった。

「戦士の心得、退路は確実に保つべし」

「ごめんなさい大先生」

「わかればよろしい。…じゃ、行くわよ」

 聖杖を振りかざすリム。

「流る風の抱擁…我が身を包め、鎮魂の翼!」

 詠唱を終えると、杖は形状を変え大きな翼となって顕現する。

「うへぇ…すごいな、初めて見させて貰った」

「じゃ、これ」

 はい、と翼から羽毛を一枚抜き、カイルに手渡すリム。

「…うん?」

「いくよー」

 ふわ、と浮かびリムは穴の下へと下がっていく。

「え、ちょ、俺これだけで大丈夫なの!?」

「大丈夫ー、仮に落下地点でぐちゃぐちゃになってもその羽で即死回避の役割は果たすからー!」

 フェードアウトしていく声とともに、リムの姿も見えなくなっていく。

「…まじ悪魔だわ、リム…」

 嘆く声も届かず、ただ静寂だけがカイルを支配する。


「バカイルの奴やっぱ来れない、か…」

 何分経ったか分からないが、カイルは未だリムの元へ追いついてこない。

「まぁ、そうだよね…」

 でも、あの羽は本当に加護があるから、死ぬことはないはず…。

 すると、遠くからカイルの絶叫が聞こえてきた。

「うえぇ、ちょっ、本当はこれ一枚でも全然飛べるとかだと思ってたのにいいいぃぃ…」

 カイルはリムの追い抜き、あっという間に見えなくなってしまった。

「うっわ…」

 いくら加護があるとはいえ、あれだけはやらないとそっと心に誓ったリムだった。


 またしばらくすると、少し明かりが届かなくなってきた。

 身体は徐々に速度を落とし、着地する。

 目の前には一枚の扉がある。

 なぜこんな所に扉が…それに壁も整っているし、人が来られるような場所ではないにも関わらず燭台の蝋燭には火が灯っている。

「我誘うは漆黒の剣…!」

 またも力任せに扉の破壊を試みる。

「・・・・・!?」

 だが、攻撃を受けた扉は少々焼け跡が残るくらいで、破壊されてはいなかった。

「…其の安息は我が手の中にィッ!」

 広げた掌からまるで大砲のように次々と光球が飛び、扉に打ち付ける。

 その反動からか右腕は膨張し、耐えられないと思ったのか途中で攻撃を止めた。

「・・・・ぅわああああああああああ!?」

 背後から悲鳴が聞こえてくる。


 ―――ドスン!


 と音を立てて何かが落下してきた。

 目を向けると、そこには巨大な羽が地面にめり込んでいる。

 ふわり、と羽が広がると中からカイルが現れた。

「あー…死んだかと思った…」

「だから大丈夫って言ったでしょ!」

 そのすぐ後から、リムが舞い降りてきた。

 …何となく察しはつくのだが、カイルももう懲り懲りだろうな…。

 まあ、懲り懲りなのは俺も同じではあるが。

 そんなことを思っていると、さっきまであれほど攻撃を受けても微動だにしなかった扉が開いた。なぜだ?聖杖にでも呼応したのか?

 二人を気にすることもなく、再び前へ進む身体。

 中には、何やら祭壇のようなものが見える。

 そこに鎮座しているモノがあるのだが、これは…?

「どうやら、目的はソレのようね」

 リムが俺の前に立ち塞ぐ。

「一体ソレが何なんだかは分からないけど…兄さんの身体、返してもらうからッ!」

 ぐ、と構えるリム。

 っておい、身体は俺なんですけど!?

「レムから出ていけ、この悪魔めー!」

 聖杖を振り、魔法ではなく物理的に殴りかかってくるリム。

 ちょっと待てえええええ!

 叫ぼうにも叫べず、身体は逃げようともしない。

「…至高の息吹ッ!」

 だがそれは当たらず、俺の前で思いっきり弾かれる。

「痛ぁー…シールド張るとは…」

 弾かれた勢いのまま、祭壇へ寄りかかるリム。

「…おれにはもうみまもることしかできない」

 なぜか棒読みのカイルが、やや離れた所から見つめる。

 その視線の先、ソレと表現された石碑は急激に光を放ち始めた。

「ウ…グゥォォォオオ!」

 苦しい。

 悲鳴を上げる俺の喉奥が熱くなってくる。

「ちょっと…どういうことよ!?」

 そう言うリムの持つ聖杖は、まるで石碑と共鳴するかのように震え光を放つ。目映い光同士がぶつかった瞬間、石碑は砕け散った。

「…だからこれどういうことなのよ…」

 リムの聖杖は、今までのそれとは形状が変わっている。神々しくも猟奇的、攻撃的な風貌は全ての物を切り裂かんと言わんばかりの存在感を醸し出している。

「…なるほど、興味深い」

 また勝手に、俺の身体が喋り出す。

「碑ごと神器を破壊するつもりだったのだが…」

「神器ですって!?」

 だが、そこにはリムの聖杖しか存在しない。

「融合とはな…娘、お前は何者だ」

 融合だと?聖杖と、あの石の塊みたいだった神器が?

「…ただの教会の娘よ。それだけ」

「聖者の家系だと…?お前、先程この器を兄と言ったな?」

 器、とは俺の身体のことだろう。

「それがどうしたのよ」

「…ククク、実に愉快だ!」

 ケタケタと、薄気味悪く笑う。

「なっ、何よ!」

「クク、失敬失敬。此奴はとんだ道化師だな…一つ教えてやろう」

 カツッとリムに詰め寄る身体。

「クッ…やはり近付きがたいことに変わりはないか…」

 二歩、三歩と後ずさりしていく。

「…?」

「…我々にとって、聖職者は毒だ」

「そんなの分かってるわよ。あんたが必死に私を避けてるから、もしかして…と思ってたけど」

「更に神器が融合したとなると、手には負えんな」

 と言いつつも、冷酷に笑う。

「…私がお前を避けていると言う事が何を意味するか、この状況で分かっていないのか?」

 はっと気付く。

 …まさか。

「…気付いたようだな。そこのバカ面は分かっていないようだが」

 カイルを一瞥し、再びリムに向き直る。

「俺無視!?」

「…レムは、ウチの両親の子じゃないってことなの…?」

 聖職者を器にして乗り移るなんて、出来るわけがない。そうだとしたら、俺は全く別の家の人間となる。だがなぜ…?

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。だからと言って何かが出来るということもないのだが。

「…そういう事だな、ハハハハハ!冥界の悪魔である私にとって、聖職者は忌むべき存在だ。そんな人間に乗り移れるわけが無かろう!」

「くっ…そんな…」

 我を失うかのようにうなだれるリム。

「もう構うこともあるまい…神器諸共破壊してくれるわ!」

 ぐ、と身体を傾け、リムに飛びかかる。

「え、うわ、ちょっとぉ!?」

 ギリギリのところでかわし、後退するリム。

「ほう、女にしておくにはもったいない身のこなしだ。だが、いつまで逃げられるかな」

 地面を蹴り、再びリムに襲いかかる。

「うっ、わぁあ!?」

 後転し、間合いを取る。

「フハハハ!いいぞいいぞもっと逃げろォ!」

 狂ったように、しかし楽しげに高笑いする。

「…ッ!?」

 急に駆け出し、聖杖へと向かうリム。

「…させるかっ!」

 指先から、洞窟内で岩壁を破壊した闇光が放たれる。

 まずい、あれを身体に喰らったりしたら…!?

「危ねぇ、リム!」

「…!?」

 ドゴオオォォォォオオン…

 轟音とともに、辺りは灰塵に包まれる。

 スタスタと、歩み寄る俺の身体。

 だが思った以上に塵は深く視界が遮られている。身体をコントロールしているとはいえ、さすがにこの状態では何も見えない。

「遥かなる喚声、舞うは隷属!」

 ごぉ、と風が舞い辺りの塵は吹き飛んでいく。

 開けた視界の先では、カイルが身を挺してリムを庇っていた…そんな状況だった。

「バカイル!?」

「…おいおい、こんな状況でもそう呼ぶんだな…っ痛たたた!?」

 身につけていた装備はボロボロになっているものの、致命傷は負っていないようだ。

「…なんとか生きてるな…これのおかげだな」

 す、と拳を差し出し、一枚の羽を見せる。

「全くもう…ありがとう、カイル。動けるなら、ちょっと向こう行ってて」

「…自力でですかそうですか」

 もぞもぞと地を這い、離れていくカイル。なんとも可哀想である。

「…許してあげないから、覚悟しなさい」

 ちゃき、と聖杖を拾い上げ構えるリム。

 その瞬間、意識を失うかのように表情が変わる。

「…悪しき者よ、此処はお前の居られる世界ではない」

「!?貴様…ラグエルか」

 とてもリムとは思えない言葉が発せられた。

 纏う雰囲気も変わり、近付き難い。

「…こうして相見えるのも懐かしいな」

 リムは、薄く微笑むかのように語りかける。

「何を言う!懐かしいなどという弛みきった感情はあり得ない!私にあのような苦しみを与えたのみならず、こうしてまたも邪魔しようというのか…!」

 恨み、怒り。それらが強く込められた俺の拳は激しく熱くなる。

「…此処はお前の居られる世界ではない、と言ったはずだが…まあいい、此度こそ冥府へ還す!」

 もはや杖と言うより剣と化している神器を構え、こちらに向ける。

「忌まわしき記憶…今此処で消し去ってくれるわあああアアアアアアア!」

 俺の両拳は闇光で燃え盛り、それらを合体させさらに大きな炎となり腕をも包む。

 …熱いですけど!?

 お構いなしに炎はさらに大きくなっていく。

「まさに捨て身、か。無駄な足掻きを…!」

 捨て身ですか。まぁ俺をコントロールしているヤツにとっては関係ないのだろうけれど、何故俺がこんな目に。

「…メルコールよ、なぜもう一度こうして現れた?」

「さてな。気付けば外に出られた、そこに器があった…それだけのことよ」

 もはや全身を覆う程になった炎を纏う。

「さあ、お喋りはここまでだ…その女ごと灼け死ぬがいい!!!」

 炎から光弾が次々と飛び交い、それを段弾幕にしてリムの身体に拳を向け、飛ぶ。

「愚かな…!!」


 ―――――ザシュゥッ!


 俺の身体が到達するより先に、神器が左胸を貫通する。そのまま身体はぶら下がり項垂れる。

「在るべき場所に帰れ、メルコール…」

「グゥ…グゥアァアアアァアアァァアア!」

 痛みなのか、苦しみなのか。

 どちらとも取れる苦痛を叫び、メルコールの魂は掻き消えた。

「メルコールよ、もう二度と会うことはあるまい…。レム、と言ったか。済まないことをした…だが、これも運命。天の国で会うのが遅くなることを願うぞ…」

 その言葉は、哀しみに満ちていた。

「これは…?」

 俺の首から提げられた聖十字架がリムの目の前に現れる。

「奇なこともあるのだな…」

 目を伏せ、俺の身体から神器を引き抜くと同時に地面へと落下する。

 すぅ、と気配が消えていくのを感じたのが、俺の最期の感覚だった。


「なんで…なんで、こんな事になってんだよぉっ!?」

 目の前に転がる、血まみれの親友。

 意識を失い、立ちつくす親友。

 顛末をただ見ていることしか出来なかった男の、悲鳴にも似た叫びだった。

「リムは意識失ってるだけみたいだな…とにかくレムをどうにかしないと…って、痛ぁ…」

 起きあがってみたはいいものの、先程のダメージが残っているため身体が自由に動かせない。

「ちくしょう…どうしようもねぇ…」

 このまま、レムを放っておけない。しかし、どうすればいいのか分からない。

「くそっ、くそっ、くそぉぉおおお!!」

 何も出来ない自分に腹が立ち、感情のままに地面をたたきつける両拳からは血が流れてきた。その痛みの中で、あることに気付く。

「…!そうだ、これ…」

 未だ握りしめていた、加護の羽。

「もしかして、これなら…?でも、もう加護は…」

 すでに、カイル自身が二度も守られている。羽に力が残っているかどうかは分からないが、今は藁にもすがる思いだった。

 羽をレムの元へ置いてみたが、何も起こらない。

「…はは、そりゃそうだよな」

 一人嘲笑するカイル。

 せめてリムさえ気付いてくれれば、もしかしたら聖杖の力でレムを助けることが出来るかもしれないのに…そう思っていた矢先。

「…?私、一体…?」

 リムが自我を取り戻した。だが、それもすぐに動揺と驚愕に変わる。

「…!?兄さん、どうしたの!?カイル、どうなってんのよこれ!?」

 だが、カイルはそれに答えることはない。

「ちょっと、黙ってないで何か言いなさいよ!」

 カイルの首根っこを掴むリム。

 その腕は、そして纏う聖衣はレムの返り血で赤黒く染まっていた。

「!?」

「…何があったかは、リムの心の準備が出来たら話してやる。だから、今はレムをどうにか助けないと…!」

 涙を流すカイルに少し驚き、同時に少し落ち着きを取り戻すリム。

「そ、そうね…。これは、貫通してるのね。とりあえず止血して。その間に術式整えるから…」

「お、おう」

 だが、自分の服はボロボロで、とても包帯代わりになり得ない。

「…仕方ないわね」

 リムは聖衣の上着を脱ぎ、カイルに手渡す。

「背中の部分は血を浴びてないと思うから、その辺り引きちぎって使って」

「お、おう」

 まだ腰に装備されていた短刀を引き抜き、綺麗な部分を切り裂いて包帯状に仕立てる。その間にリムは聖杖を拾い上げ、絡み付いた血を拭う。

「…私、なんだよね。レムを刺したの…」

「仕方ないさ、何かに乗っ取られてたみたいだしな…よし、とりあえず傷口は塞いでおいたぞ。どうしたらいい?」

「あ、うん…あとはこっちでやるから」

 レムの近くに歩み寄り、聖杖を掲げるリム。

「…重い」

「そりゃそうだよ、何か合体したみたいだったからな」

「まぁいっか…」

 目を瞑り、すぅ、と息を吸う。

「我が喚び声に集え、生命の流動…其の歌声は神の息吹」

 詠唱と共に激しい轟音が駆けめぐり、神々しい光が辺りを包む。

「な、何だ今の揺れは!?」

「…」

「リム?」

「…なにこれすごい…」

「自画自賛ですか」

「いや、違うのよ。今までと違いすぎる…こんなに天恵が降り注ぐ事なんてなかった…」

 やがてそれはレムの身体を包み込む。

「…これで、大丈夫なのか…?」

「わからない。でも、今はこれしか…ちょっとカイル、レムのその布解いてみて」

「って、ソレやるなら最初から巻く必要無かったんじゃ…」

「一応よ一応。ぼやいてないでさっさとやる!」

「へいへい…」

 レムに巻いた布をしぶしぶ取り去るカイル。わずかな時間ではあるが、止血のために巻いていたため赤黒く染まっている。

「うひぃ…たまらんなこれ…。ん?」

 傷口は、痣のようになってはいるものの塞がっていた。

「よし、もう血は出ないね…あとは、安静に出来る所まで運ばないと」

「そうだな。でもどうやって?」

 洞窟内を歩いた末に大穴を落下してきたため、帰り道など知る由もない。

「バカイルがマーキング忘れるから帰れない」

「いやいや、仮にマーキングしてたとしてもここからどうやって上まで行けばいいんだよ!」

 上を見上げれば陽の光のように明るいのは確かだが、その先が出口だという確証もなく先程の振動で洞窟内が無事であるという確証もない。

「…ぅ、ぅぅ」

 レムが、呻きにも近い声を上げる。

「「レム!?」」


 ぼんやりと、光を感じる。

 段々と、意識がハッキリしてくる。

 瞼は重たく、開くことが出来ないのだが何やら声が聞こえてくる。

「よし、もう血は出ないね…あとは、安静に出来る所まで運ばないと」

「そうだな。でもどうやって?」

「バカイルがマーキング忘れるから帰れない!」

「いやいや、仮にマーキングしてたとしてもここからどうやって上まで行けばいいんだよ!」

 人の横で大声で争っている二人。正直、近すぎでうるさい。

「…ぅ、ぁぃ」

 うるさい、と言いたいのだがうまく言葉にならない。

「「レム!?」」

「ぁ…ぃぉぅ…ぅ」

 大丈夫、と言いたいのだが、呻き声にしか聞こえない。

「な、何て言いたいの?」

「大王ぅ?」

 バカイル、惜しいが違うぞ…。

「あ、大丈夫って言いたいんだ。私たちは平気だけど、レムの方が…」

 と、不意に傷のあった右胸に触れるリム。

 ―――――ズキン!

「!?!!?!???!?」

 急に、その部分だけが痛み始めた。

 やがてその痛みは全身へと駆けめぐり、俺は再び意識を失った。


「え、ちょっとレム!?」

「おいレム!…どうやら、また意識を失っちゃったみたいだな…」

「急にどうしたんだろう…やっぱり、まだ無理できないのかな…」

「いや、傷は今のところ塞がってるしそこは大丈夫だろ。とにかく、脱出しないとな」

 再び、遥か上を見上げる。

「一応、やってみるかな…」

「ん?さっき降りてきたときのやつか?」

 聖杖が翼に変わりここまで舞い降りることは出来たのだが、形状も変わってしまっているうえに、治癒の術式を使った時は大きな振動が起こった。リムは、力の大きさに戸惑っていた。

「…やってみてくれ」

「カイル?」

「…なんとなく不安なのは分かるさ。でも、このままじゃレムだけじゃなくて俺たちまで野垂れ死んじまう。今は…そいつに賭けるしかない」

 神器と一体化したことで、聖杖は術者の能力を増幅させてしまうのだろう。何が起こるか分からない不安が、その場を支配していた。

「…わかった。でも、何がどうなるか…保証は出来ない」

「いいよ。さっきも言ったけど、このままじゃどちらにしても助からないんだ」

 カイルの強い口調に、リムも決意を固めた。

「そうだね。じゃ、ちょっと離れてて」

「おう、頑張れよ」

「無責任だ…」

 と言いつつも、微笑む二人。聖杖と術者に、三人の命は預けられた。

 辺りに、静寂が漂う。

「流る風の抱擁…我が身を包め、鎮魂の翼!」

 詠唱を受け、聖杖は大きな翼に形を変えた。

「ん、何も変わらないかな…って、あれぇ?」

 ホッとしたのも束の間、杖はさらに形を変えた。

「…鳥?」

「…どう見ても」

 じっと、リムを見つめる鳥。

「…乗れと言わんばかりだな」

「乗るしかないでしょ。カイル、レムお願い」

「お、おう」

 リムが先に鳥の背に乗り上がり、カイルがレムを持ち上げまたその背に乗せる。

「先生」

「何?早く乗って」

「俺の乗れそうな場所がないんですが」

 二人を乗せた時点で、どうやら定員のようだ。

「仕方ないから、掴まれなさい」

「ソレしかないんでしょうね。はぁ…」

 がくん、と項垂れるカイル。

「脱出できるだけよしとするか…」

「じゃ、行くよ」

「おう、覚悟は出来た」

 だが、鳥は微動だにしない。

「あれ?」

「飛ばないじゃないか」

「うーん、こういう時ってどうにかなるものだと思ってた」

「そんな曖昧な…もしかして、ちゃんとした命令をしないといけないんじゃないか?」

「あぁ、そうかも。…このまま、その男を掴んで飛びなさい!」

「そんなんでいいのかよ!」

 ガシッ!

「うぇっ!?」

 片足でカイルを掴むと、大きな羽ばたきとともに上昇していく。

「おおー!これは快適」

「こっちは怖すぎだー!っていうか、さっきので命令として成り立つってのが変だ!」

「いや、言葉は何でもいいはず。要は意志の力だと思うわあぁっ!?」

 速度をぐんぐんと上げ、穴の出口を目指す。

 下を見るともう底は見えなくなっており、一体どこまで行ってしまっていたのかという恐怖を今更ながらに感じる二人。

 段々と光が強くなってくる。

「もう少しで外に出られるかな…」

「俺はもう上しか見ないことにした!」

 とても前向きな台詞だが、恐怖で下を見られないだけだろう。

 光の漏れる頂近くまで辿り着くと、その場で滞空する。

「ん、この大きさだと通れないかな…?」

「どうする?」

 洞窟の割れ目は人一人分程度の幅だ。

 リムを誘導するかのようにそこに近付く。

「よっ、と…」

 背を降りたリムは、無事に着地に成功した。

 そのままレムを引っ張り、こちらも地に着いた。

「…俺は?」

 相変わらず鷲掴みのままのカイルが、不安そうに呟く。

 ぐいっと、その足を割れ目に押しつける。

 ドカッ。

「うげふっ」

 照準を誤り、壁に激突した。

「あんた、バカにされすぎでしょ」

「へこむわー…」

 そのまま少しずつ動かされ、カイルも無事着地した。

「礼は言わないぜ」

「まあ、さんざ酷い目に遭わされてるからね…その気持ちは分かる。でもね」

「うん?」

「私には感謝しなさい!」

 えっへん、と得意げにポーズを取る。

「レムが助かったらな」

 はっと表情を戻すリム。

「そうだ…いや忘れてなんかいないけど。とりあえず、移動はカイルに任せるわね」

「ですよね」

「ですよ。あ、そう言えば杖…」

 見つめる先には、命令を待つ聖鳥の姿がある。

「ありがとう。さ、元に戻りなさい…」

 リムの言葉に呼応し、差し出した手に聖杖は収まった。

「うぐっ、重い」

 あきらかに質量を増した聖杖は、リムには少々扱いづらいサイズとなっていた。

「あー、重そうだな」

「カイル」

「断る」

「何よ、まだ何も言って無いじゃない!」

「ソレも持てって言うんだろ!こっちはレムで手一杯なんだよ!」

「むー…そうだよね…」

 はあ、とため息をつくリム。

「サイズは平気だから、もうちょっと細身で軽くなればいいのに…」

 と呟くと、聖杖は光を放った瞬間にその姿を変えた。

「便利だな、ソレ」

「逆に怖いわよ。何でも言う事聞いてくれるってのはいいことだけど、それだけ術者の能力に依存しちゃうわけだし、それに…」

 少しの沈黙の後、カイルが口を開く。

「…心正しき者が構えれば世界は平和を約束され、心暗き者が振るえば世界を混沌に陥れるであろう…か?」

「…うん。ちょっと荷が重い」

「大丈夫だよ」

「カイル?」

「その杖が、神器と融合した事を知ってるのは俺達と、あのメルコールって奴だけだ。意識があったとしたらレムもだけどな。悪い奴に狙われる可能性は低いと思うぞ」

「そうだよね…うん、大丈夫」

 話をしながら光の射してくる方へと歩みを進める二人と一人。

 ようやく見えた出口から外へ出ると、そこは満月に照らされていた。

「星の位置から見ると…もうじき夜も明けてくるな。すぐに街まで戻りたい所だが、夜道は危険だし…」

「これだからバカイルはバカイルだね」

「なにおう!」

 へっと嘲笑し、リムは詠唱を始める。

「流る風の抱擁…我が身を包め、鎮魂の翼!」

 聖杖は再び変化し、先程の鳥型となった。

「夜中なら目立たずに飛べるでしょ。レムをこっちに」

 ひょい、と乗り込みレムを乗せる。

「また鷲掴みですよね」

「嫌なら一人で歩いて帰ればいいじゃない?」

 悪びれもなくさらっと言い放つ。

「すみませんがよろしくお願いします」

「よろしい」

 がしっと掴まれ、空へと羽ばたく。

「ひゃあ、夜はまだ寒いね…」

「寒すぎだ、俺装備薄くなってるから尚更…」

 地下での戦いの影響で二人ともボロボロのままのうえ、速度があり風を浴びるため体感温度は思った以上に冷たかった。

「さっきみたいに早く飛ばなくていいから、ほどほどに飛んで。行き先は、ここから南東の方角。大きな教会が目印の街だから、近付いたら降ろしてね」

 月明かりだけが照らす闇を縫い、三人を乗せて飛び立った。


 しばらくすると、街の明かりが見えてきた。

「ん?あんなに明るかったっけ、街…」

「いつもは中にいるから、よく分かんない」

 だが、教会の周りに数人が集まっているのが分かる。

「このまま近付くのはちょっと危険かな…」

「そうだな、この鳥見られても説明しづらいから。じゃあ、街門の手前で降りよう」

 街の手前の街道に降り立つ。

「げふぅっ」

 カイルを掴んだまま。

「離、し、て…」

「ああ、ごめんごめん」

 鳥が脚を弛めると、カイルは地を這いながら抜け出した。

「さ、戻りなさい」

 レムを降ろし、杖も元に戻す。

「じゃ、いくわよ。カイル、もう一踏ん張り」

「おうよ…」

 ボロボロだが、口答えしても無意味なことは分かっているし何よりレムを優先しないといけないことがカイルを奮い立たせる。

 レムを背負い歩き出すカイルとそれを追うリム。

 その姿は徐々に街へと近付いていく。

「ん、あれは…」

 門の近くに、一度見たら忘れられない顔がある。

 傭兵ギルドのマスター、グレシュタールだ。

「おぉ、三人とも心配したぞ…よく戻ってきたな。ぬ、レクリムはどうした?」

「説明は後で。早くウチに帰ってレムを寝かせないと」

「う、うむそうだな。カイル、こっちに」

「ああ、ありがとう」

 カイルからレムを引き上げ…と言うより持ち上げ、軽々と背負う。

「爺さんどんな筋力してんだよ…」

「はっ、まだまだ若いモンには負けられんぞ」

「まるで荷物のようにレムが扱われている…」


 教会横の自宅へと辿り着くと、教会側から両親と数人の町人が出てきた。

「おかえり。心配したぞ全く、今まで何を…うん?」

「レクリム、どうしたの?」

「と、とりあえず寝かせないと…」

 レムの自室へと向かうが、全員が押し寄せ混雑する。

「ほいよ、ここに寝かせればいいのか?」

 割って入ったグレシュタール爺さんがレムを降ろし、寝かせる。

「…これは…この傷は…」

 レムの服を捲り、傷口を見たレムの父親は何かに感づいたようだ。

「メーシル、レクリムを見ててやってくれ。リムリス、カイル君、それにみんな…向こうで話そう…」

「わかったわ、あなた。レクリムには私が付いてるから」

「うん…」

「はい…」


 場所を移し、居間にはレムの父親、リムリス、カイル、グレシュタールの四人。他の町人達は三人が帰ってきた事で安心し、帰っていった。

「…まずは、俺から謝らないといけないな」

「グレ爺?」

「実は…」

 あの場所に行けと伝えたのは、ある「お告げ」を聞いたからだという。「世界の均衡の一部が崩れようとしている。保つためには、聖者の力が必要だ」と。「その聖者を導く役目を与えよう。目的はただ一つ。聖者が神器を持ち、混沌を招く者を裁く事」

「…光栄だと思ったよ。俺にそんな役回りが来るなんてな。だが、もしレムが何か危険な目にあったら大変だから、他の傭兵どもにはそれとなくレム達を監視しつつ助けてやるようにと言っておいたんだ」

「え!?」

「だが、先に返ってきた奴が『あいつら諦めて寝ちまったから、もう大丈夫だろう』って言いに来たんだ。だから、じきに帰ってくると思ってたんだ」

「そうだったんだ…」

「結局、何かあったみたいだな。何があったか、話しちゃくれねぇか?」

「うーんと…」

 帰ろうとした途端にレムが洞窟に入っていった事、どうやら何かに操られていたような事、地下に落ちて行った事…そして。

「レムには、どうしてあんな傷が?」

 沈黙する一同。

 その沈黙を破ったのはカイルだった。

「…俺がやったんです」

「カイル?」

 何で?と言う目でリムはカイルを見る。だがカイルは続ける。

「明らかに、レムは何かに操られていた。後で知ったんだけど、どうやらメルコールって奴に乗っ取られちまったみたいなんだ」

「どうして、それがわかった?」

 一呼吸おいて、カイルは更に続ける。

「神器だよ」

「何!?」

「そこには、本当に神器があったんだ。メルコールは神器を破壊しようとしていた。だから、俺はその神器を先に手にとって戦ったんだ。その時に俺も神器に身体を奪われちまって…でも、意識はあったから話は聞こえた。レムの事を器だとか何とか言ってた。そんでメルコールごとレムを…刺しちまった」

「神器はどうなった?」

「…そのまま消えちまった。天界に行っちゃったのかもな」

「そうか…しかし、なぜ傷が塞がっている?」

「神器に備わっていた神の力じゃないですか?そう言うのがあっても不思議じゃないですよね。それに、リムもすぐに治癒の術をかけてくれたんですよ」

 と言い、レムの父親の方を見るカイル。

「実際、神器を手に取った事がないいから何とも言えないのだが…あり得なくはないかもしれないな…」

 嘘八百並べるカイルに、リムは驚く。

 その様子に気付いたカイルが、話を併せろと目配せする。

「…あの場所に居合わせたら、そうするしかなかったと思うわ…私が同じ立場だったら、カイルと同じ選択をしたと思う…」

 視線を地に向けながら、リムは絞り出すように言う。

「…わかった、辛かっただろう。今日はもう休みなさい。二人ともボロボロだ」

「はい…どうもすんませんでした、レムをこんな目に遭わせちまって…」

「…誰もカイル君を責めたりはしないよ。君の家族も心配している、帰った方がいい」

 諭され、自宅へと戻るカイル。

「はい、それじゃ…。レムが目覚めたら、教えてください」

「わかった。リムリス、お前には話しておかないといけないことがある…母さんとレクリムのところへ行こう」

「うん…」

「じゃあ、俺も帰るな」

「ああ、すまなかった、グレン」

 父は、グレシュタールと呼ぶのは長くて面倒だと言い、こう呼んでいる。

「何、こいつらは俺にとっても子供みたいなもんだ。それに俺の所為でもある…」

 一瞬暗い表情を見せたように思えたが、すぐにいつもの明るい顔が戻る。

「みんな落ち着いたら、俺がメシでも作ってやるからな。楽しみにしててくれや、リム!」

「うん、ありがとう」

 がははは、と笑いながらグレシュタールは出ていった。

「…なんか、少しホッとした」

「彼の人徳は、ああいう大らかで明るいところあってのことだからな。私も彼を見習うべきところが多い…さて、行くとしよう」

「あ、うん」


「母さん、レムの具合はどう?」

「何も変わりはないわ。ただ眠っているだけにしか見えないのだけど」

 ふふ、と笑顔を見せる。

「この子の寝顔見るのなんて、何年ぶりかしら…やっぱり、育ててきて良かったって思えるわね、あなた」

「ああ、そうだな。そのことで、リムリスに打ち明けなければならないと思ってな。母さんの意見を聞きに来たんだ」

 一瞬驚き、急に表情が厳しくなる母。

「…そうね。それに、この聖十字架のことも…」

 じゃら、とレムの首元にある二つの聖十字架に触れる。

「!?なぜ、レクリムが二つとも…!?」

「…リーちゃん、私達の言いつけ守らなかったのね」

 やれやれといった表情の母親だが、どこか穏やかだ。

「だから言ったでしょう?あなた。指輪にするべきだって」

「いや、身体の成長の所為で大人になったら指に填めることが出来なくなるだろうと言ったろう。大人用に作れば幼い二人の指には大きすぎるし、かといってチェーンを通してネックレスにするのもどこかで無くしてしまう可能性もある」

「これだってネックレスに変わりはないでしょう?二人とも肌身離さず持っていてくれたわけだし」

「ちょ、ちょっと待って二人とも。よくわかんない」

 喧嘩になりそうなところをリムは仲裁する。

「あら、ごめんなさい。そうね、どこから説明したらいいのか…」

「あ、ちなみにレムが二人の子じゃないって事は分かってるからね」

「え?」

「何?」

「…え、違う?」

「正真正銘、私がお腹を痛めて産んだ双子の兄妹よ。じゃなければ、こんなにそっくりの顔にならないでしょ?」

 取り乱しかけていたリムの顔を、そっと撫でる母。

「そっか…ならよかった…」

「それよりもだ」

 仕切り直し、と言わんばかりに父親が語り出す。

「…この聖十字架は、悪魔を封じ込めるための媒体なんだ。天界戦争の後から教会と共に代々家系に伝わり、その封印が解けないようにと受け継がれてきた。その継承の度に形を変え、今は十字架の形になっている」

「…そんな大層なモノを預けられちゃってたんだね」

 もう苦笑いするしかない。

「だが、悪魔達が取り返しに来ないとも限らない。だから神はこの場所にあった教会と、私達の家系に加護を与えたんだ。守護者として神に仕える、その見返りとしてな」

「あなた達がまだ幼い頃にそれを渡したのにも、ちゃんと理由があるのよ」

「え?」

 次々といろんな事が明かされていく。だがリムの身体はもう限界に近く、頭がついていけない。

「…母さん、今日はこれくらいにしておこかないか?一度しっかり休ませて、その後にまた話そう」

「そうね、レー君の事は私が見てるから、二人とも休んでね」

「すまない、頼むよ」

「うん、有り難う母さん…」

「もう、そんなしょげた顔しないの!」

 ぎゅ、と母はリムを抱きしめる。

「ちょ、母さん!?」

 ぎゅう、と力を込めてくる。

「…本当に、無事で良かった…」

 リムの胸元に顔を埋め、泣き出す。

「ごめんなさい…ふふ、リーちゃんの方が、背…高くなってるものね」

 泣きじゃくりながらも笑顔を見せる母に、愛情を感じた。

「いいなあ、母さん…」

「あら、それは何に対して言ってるのかしら?」

「いや、何でもない…」

 ぱたん、と父は部屋を去っていった。

「さ、リーちゃんも身体綺麗にしてから寝なさいね」

「うん、ありがとう母さん」

 父に続き、リムも部屋を後にした。


「ふぅ…」

 脱衣所で服を脱ぎ捨て、浴室に入り身体を洗う。

「うわ、傷に染みる…」

 あの場所での戦闘で、身体中に細かな傷跡が残っている。

「ぅ…でも、ちゃんと洗わないと」

 擦りすぎないように身体を丁寧に洗い、埃だらけになった髪も洗い流す。

「あー、髪も痛んじゃってるかも…あとで手入れしないと」

 自慢ではないが髪の毛の質には自信がある。自分の優良ステータスだ。

 身体も全て洗い流し、浴室から出る。だが、そこにはタオルが用意されていなかった。

「あれ、タオル無い…母さーん、タオルちょうだーい」

「はいはい…全く、こんな時間までほっつき歩いてたうえに帰ってきた途端にこき使うなんてねぇ…」

「いや、色々仕方ないんだって。有り難う母さん」

「全くもう…」

 そういう母の顔は笑っていた。

 タオルを受け取り、わしわしと身体の水分を拭き取る。

 鏡の前の身体には、傷跡が多々残っていた。

「…まぁ、これも仕方ないか…」

「カイルー!食事用意したから早く来なさい!」

「あ、はーい!」

 帰宅後のカイルは、いつも通りに接する母親に感謝していた。

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