純愛くんと平静さん
「昼ドラみたいだったねー」
特に悪気のないセリフだったのだけど。
「うるせえよ!!」
半泣きで怒鳴られて、ちょっと無神経だったかな、と反省している。
それは本当に偶然だった。
たまたまその日がとても寒くて。
今年一番の寒波だとか言われて。
あまりに手が冷える放課後、私、平井静は自販機でコーンスープを買って帰ろう、と思いついた。
うちの高校にコーンスープのある自販機は一つ、体育館の裏の休憩所にある一台のみだ。
だから、その日、うっかり「それ」に遭遇してしまった。
「もう、あんたと付き合ってらんないよ!無理だから!」
「なんで!?あんなに毎日メールしあって出かけて、楽しく過ごしたのに!」
「楽しんでたのはあんた一人よ!放してってば!」
「いやだっ…捨てないで!」
どこのドラマ撮影かと思ったが、休憩所で怒鳴りあっているのは間違いなくうちの高校の生徒だった。
迷惑そうな女子とそれに必死に食いつく男子。
それを眺める自分。
「もう連絡とかしてこないでよ、迷惑だから!じゃ!」
「亜紀っ…」
そしてとうとうやってきた、別れの時。
男らしいほどはっきりと言い切って、女性の方が平井のいる方とは反対方向に去って行った。
残されたのはうつむいて黙りこんだままの哀れな男。
本来なら同情でもすべきなのだろうが、先ほどのやり取りを思い出すと思わず別の衝動が込み上げてくる。
(捨てないでって…素面でそんなセリフを!)
もうこれはギャグだろう。
思いがけず遭遇した愉快な出来事に我慢できず、平井は思わず吹き出してしまった。
休憩所から人の動く気配が伝わる。
しまった、聞こえたようだ。
「…?だ、誰かいるのか」
続いて足音が聞こえ、目の前に先ほどの哀れな男が姿を現す。
覗いた時にはよく見えなかったが、その顔が意外に精悍なことに軽く驚く。
これはモテるタイプの外見ではないか。
「あ、あんた、ひょっとして覗いて…!」
震える声に連動するように顔が赤く染まっていく。
かなり動揺している様子だ。
どうしようか、と一瞬検討した結果、場を和ませようとフォローとして出た言葉がこれだった。
「昼ドラみたいだったねー」
それが彼、純友愛輔と私の出会いだった。
「貴美子~!何でなんだよっ」
(で、また振られたと。私の知る限りでも5人目だね)
教室で携帯画面に向かって叫ぶ純友は今にも泣き出しそうな顔で、それがまた笑いを誘う。
初めて会ったあの日から数カ月、学年の上がった二人は偶然同じクラスになった。
それから知ったことだが、純友の惚れやすさ、振られやすさはもともと有名だったらしい。
そういう話題に疎い平井が知らなかっただけだったのだ。
(それにしても、あんなにひどい振られ方してすぐ次に惚れるなんて打たれ強い)
事なかれ主義な平井の目には純友がとても面白く映る。
あれだけイベントが多ければ人生楽しいだろうな、と思ってしまう。
ぼんやり視線をやっていると、純友と目があった。
とたん、彼の表情が苛立ったように歪む。
(あ、やば)
あわてて視線をあさっての方向に向けるも、もう遅かったようで。
ガタンと大きな音をたてて立ちあがり、純友がまっすぐこっちにやってきた。
「何見てるんだよ」
「いや、別に…」
そう。
平井は現在純友に「大」がつくほど嫌われていた。
あのときのあのセリフを未だに根に持っているらしい。
「人が振られてんの見て楽しいか?見世物じゃねえんだよ」
「ははは…」
「何笑ってんだよ」
突っかかってくる彼を受け流しながらも、「じゃあ教室でやるな」と心の中で文句を言う。
彼が振られるのはこういったねちっこい性質のせいでもあるだろう、と平井は考えていた。
とにかく、気持ちが重い。
現に誰かを好きになると、純友は異常と言っていい程のアプローチを行った。
こまめなメール、長所を褒めまくる、常にフォローを欠かさない、気付いたらそばにいる。
なまじ外見が良いため、相手の女子もそのうち純友に好意を抱くことがほとんどだ。
が、付き合ってからが問題だった。
一日数十通にのぼる内容のないメール攻撃。
毎日の登下校を一緒にするように強要し、休日の予定もすべて二人で埋める。
挙句の果てには他の男子との会話や付き合いに異常な嫉妬心を燃やし、勝手に盛り上がって勝手に慌てるといった始末で、他人事ながら平井は彼女たちに深く同情を感じるほどだった。
(めんどくさい。だから振られるのに)
正直な一言を胸の中にしまいこんで、平井はとにかく嫌みを笑ってかわし続けた。
以前の失敗を繰り返してしまえば、それこそさらに「重い」攻撃を受ける羽目になる。
あくまで少し眺めるだけ。
これが平井の日常のささやかなスパイスだ。
野次馬根性かもしれないが、人のスキャンダルは見ていて楽しい。
性格が悪いといわれようと、退屈な学校生活ではこういったスパイスが癒しなのだ。
「おい、いいか」
ごちゃごちゃ考えている間に聞き流していた純友の悪態は終盤に入ったらしい。
ここで、お決まりのセリフだ。
「人の不幸を笑うやつは最低だ。お前に何を言われる筋合いもねえんだよ」
ほら、きた。
予想通りの言葉に心の中でため息をつく。
「人の不幸を笑うやつは最低」。
彼のお気に入りの文句らしい。
何度も聞いて正直耳にタコだが、それを悟られると長引くので平井はできる限り傷ついたような表情を作って黙りこんだ。
「…ちっ」
気が済んだのか、純友は自分の席に帰っていった。
教室の少しぎこちなかった空気が元に戻り、休み時間特有のざわつきを取り戻す。
これで終了。
純友が失恋し、平井がそれを眺め、険悪なやり取り、決まりのセリフ。
ここまでが様式美だ。
同じクラスになってから続くこのやり取りはある種名物になっていて、初めの方は何人かの女子がフォローに来てくれたものの、最近では「またか」といった感じで黙殺されている。
(まあ、私がつい見ちゃうから悪いってのもあるけど)
クラス全員、下手したら廊下の生徒までに注目されても気づかないというのに、純友は平井の視線に気づく。
そして、なぜか馬鹿にされたように感じるらしい。
平井が彼を無理にでも視界に入れなければパターンは崩れるのだが、そこまでやる義理が自分にあるとも思えなかった。
(私もたいがい、性格悪いよね)
そうしてそんなやり取りを毎月のように続けていたある日、些細な変化が訪れた。
「ああ、うん、俺も。愛してるよ」
教室でのたまうにはあまりにも寒いセリフが響くが、誰も振り返らない。
言わずもがな、声の主が純友だからだ。
携帯電話に対してとろけるんじゃないかという程の笑顔を向けて会話する彼には、気持ち悪いという言葉がぴったりだ。
しかし、最近はいつもと教室の空気が違っていた。
直接目は向けないが、教室の誰もが純友の携帯でのやり取りに神経を集中させていた。
平井もその中の一人だった。
些細な、しかし確実な変化。
というのも、この3カ月。
(今回は…長いなー)
純友が、振られずに彼女と続いていた。
3か月程度と侮るなかれ、今まででは考えられなかったことだ。
今までの反省を生かして純友が愛情を抑えているかといえば、そんなことはない。
相変わらず暇を見つけてはメールを打っているようだし、特に我慢しているそぶりもない。
ただ、噂では彼の現在の彼女は学外の人らしいとのことだ。
毎日顔を突き合わさないから、長続きしているのかもしれない。
「それでね、理緒、今度海行こうよ、海。うん、夏休み入ったら」
今度の彼女は理緒という名前らしい。
とても楽しそうなやり取りを聞きながら、平井はなぜかもやもやとした感情を感じずにはいられなかった。
なんだか、つまらない。
純友が振られなくなったのはいいことだけど、毎日の楽しみが減ってしまったようだ。
(純友が彼女とうまくいくのが気に入らない…ってことはないけど、ちょっと寂しい)
それからさらに夏休みを過ぎ、2学期に入ってずいぶん経っても純友は振られなかった。
もう半年だ。
今度こそ純友はぴったりの彼女を見つけたらしい。
すっかり名物のパターンもなりを潜め、クラスメイトもその空気に徐々に慣れてきていた。
しかし、その頃から第二の変化が起こり始めていた。
「純友、お前、最近顔色悪くねえ?寝てんの?」
「別に…特に何もないけど」
苦笑いで答える純友の顔は、土気色としか表現できないくらい酷いものだ。
2学期に入ってからこのかた、純友の体調は目に見えて悪化していた。
徐々に出席日数も減り、最近では週に2日は欠席という有様で担任も不思議がるほどだ。
「まじやばくね?お前、大丈夫かよ」
「平気だよ、なんでもねえって。これくらい、なんでも…」
友達とのやり取りも虚ろだ。
最近はすっかり純友と話すこともなくなっていた平井も心配になるほどだ。
(原因があるとしたら、やっぱり…)
純友の変化。
今の彼女が関わっているのでは?
平井に考えつく原因はそれだけだった。
ちょっとカマをかけてみよう、と平井は純友が一人になる機会を探った。
そしてある放課後。
純友が一人で向かったのは、偶然か、初めて平井が純友の振られ現場を目撃した休憩所だった。
「純友…くん」
「!…何だ平井、お前どうして」
過剰なほど驚いて振り返った純友は、平井を確認すると警戒の色を露わにした。
ずいぶん喧嘩もご無沙汰で、少しは嫌われ加減も収まっているかもしれないと期待したが、そうでもなかったらしい。
半年前と同じ、苛立ちに満ちた顔。
自分に敵意が向けられているにも関わらず、久しぶりに見るその顔に安心感さえ覚えて平井はため息をついた。
「大した用じゃないんだけど、最近変だから気になってさ。顔色ひどいし、休みがちだし。なんか問題でも」
「そんなこと、お前に関係ないだろ」
純友がにべもなく吐き捨てる。
そう言われたらおしまいだ。
確かに、平井には純友に何の口出しをする理由もない。
ただの、しかも嫌われているクラスメイトだ。
でも。
(なんか放っておけないなあ)
妙に危なっかしい純友に、平井はいつしかおせっかいな気持ちを抱き始めていた。
嫌がられるのはわかっていたが、このままにしておくのはどうも気がかり。
それならいっそ踏み込もう、と平井は言葉を続けた。
「関係ないけど、嫌ってる私が言う筋合いないだろうけど。心配だよ」
これは純粋な気持ちだった。
「…」
「えっと、純友くん?」
次に来るであろう文句を待ち構えていたが、純友は黙ってうつむいたまま動かない。
無視されているのだろうか。
このまま突き放されたらいい加減帰るしかないな、と考え始めたそのとき、急に純友が頭を上げた。
同時に、耳にくる大声。
「うるせえよ!!」
同じセリフを、ずいぶん前に聞いた。
あの時は、怒りで真っ赤な顔をして怒鳴られたのだ。
今は。
「いつもお前は俺を馬鹿にしてるんだろ!?冷めた目で!いちいちムキになって馬鹿みたいだって!いつも!」
そんなこと言った覚えないけど、という言葉は純友の様子を見て飲み込んだ。
あの時と同じ、真っ赤な顔。
それに加え、くしゃくしゃにした目元からあふれ出す水分。
泣いている。
「え、ちょっと」
「俺がそんなにおかしいか!?恋愛で必死になって!振られて!おもしろいか!?」
もう泣いているなんてものじゃない。
涙と鼻水と赤っ鼻で、せっかくの長所が台無しだ。
はっきり言ってみっともない。
そんな純友を前にして、平井はまったく動けずにいた。
きっと、ずっと無理をしていたのだろう。
一体何秒ほどだったかわからないが、平井は棒立ちしたままくぐもった嗚咽を聞いていた。
張りつめた空気を切り裂くような高い音。
突然の電子音に、二人の体が跳ねる。
音の元は純友のポケットの中からで。
なかなか出ようとしない純友を見やると、その顔は先ほどまでとは打って変わって青ざめている。
(これか)
おそらく電話の相手が、最近の純友の不調の元凶だ。
しばらく固まっていた純友も、コールが20秒ほど鳴ったところで観念したように通話ボタンを押した。
「…もしも…し」
消え入るような声。
相手が誰だかは、平井には見当がついていた。
夏休みが終わったころから、純友は教室で彼女の話をしなくなっていた。
「理緒」と呼んでいた彼女の話を。
「うん…うん。ごめん、今学校で…ああ、もう授業は終わったよ。ごめん、すぐに行くから。うん、ごめん、ごめんね」
謝罪の言葉を繰り返す純友の声は震えている。
さっきまで泣いていたからではない、まるで怯えるような声色。
「うん、うん、愛してる。愛してるよ。大丈夫だから。ねえ。理緒…泣かないで。泣かないでよ」
平井は耳を塞ぎたくなった。
それほど、純友の声は悲痛だった。
電話先の声は聞こえない。
何を話しているか知る由もない。
しかし、平井はどうにかしなくては、と考えていた。
自分勝手な理由だが、事情を垣間見てしまった以上「はいさよなら」では済ませられない。
しばらくやり取りが続き、通話を終えた純友が俯いたまま携帯を閉じた。
先ほど頭にのぼった血がすっかり引いて、再び土気色だ。
「俺、行かなくちゃ。理緒が…彼女が待ってる」
「私も行くよ」
「…は?何で?」
弾かれたように顔をあげ、純友が平井を見つめる。
驚いた顔の純友とは対称的に、平井は冷静だった。
「ついていくよ。トラブルだったら、第三者がいた方がいいし」
「何だよそれ、関係ないだろ。興味本位でこられても迷惑だ」
「興味本位…そうかもね」
平井がまっすぐ純友の目を見つめる。
もう、行くと決めた。
「これは私のただのおせっかい。でも決めたし。これ以上黙っておけないよ」
「…」
睨むような純友の目を、平井は無言で受け止めた。
純友も平井も、何も言わずに互いに視線を交わす。
沈黙が1分ほど空間を支配した。
先に動いたのは純友だった。
「…勝手にすればいいだろ」
ただ一言言い放ち、純友は平井に背を向けて歩き出した。
平井も黙ってそれに続いた。
15分ほど歩いただろうか。
到着したのは、広い小奇麗な家。
新築だろうか、白い壁に赤い屋根のコントラストがまぶしく、生活感の薄い独特の雰囲気があった。
(ここが…理緒さんの家か)
屋根を見上げて感心していると、純友はカバンの中からキーケースを取り出し、そのうちの一つをドアに差し込んだ。
彼女から合鍵を受け取っているらしい。
特に表情を変えないまま、純友はドアを開けて中に入った。
平井もそれに続く。
(暗い…それに、湿気がひどいな。換気してるのかな)
入ったとたん感じる重苦しい空気に平井が顔をしかめる。
純友が暗い玄関の電灯をつける。
洗濯物の部屋干しをしたようなじめじめした空間が、酷く不気味だ。
「理緒。来たよ。愛輔だよ」
純友が抑揚のない声で叫ぶと、階段の上から物音が聞こえ、間もなくパタパタと足音が響いてきた。
上の階から現れたのは、薄い色のウェーブのショートヘアーがお似合いの、めったにお目にかかれないような儚げな美少女だった。
「愛輔!」
弾んだ声も可愛らしい。
身に着けている薄いパステルカラーのパジャマとスリッパがよく似合っていた。
思わず平井がまじまじと見ていると、美少女と目が合う。
次の瞬間、少女の美しい顔が原型のない程ゆがむのを平井は見た。
たとえるなら、般若の仮面。
女性独特の怒りの顔だ。
「愛輔、それ誰よ、誰なの!?」
ごもっともな質問だが、ずいぶん彼女は取り乱しているように見える。
その様子を見て、隣の純友も動揺している。
「ひどい!私がこんなに寂しい思いをしてたのに、他の女と一緒にいたなんて!」
「…っ違う!理緒、こいつはそんなんじゃない。ちょっと来ただけで…」
「嘘っ!嘘だわ!」
ああ、昼ドラみたいだなあ。
急に始まった修羅場を前に、平井はぼんやりと考えた。
そういえば、前はこのセリフをそのまま純友に言っちゃって問題になったんだっけ。
しかし、あの時も、そして今この状況も、そうとしか表現できない。
平井には縁のない、ドロドロした愛情のもつれ。
それが生み出す、使い古されたセリフたち。
教室で純友が振られるたびに、平井は面白がるような気持でそれを聞いていた。
でも、今はそうはいかない。
平井は今、傍観者ではなく関係する第三者となるべくここに立っているのだ。
「あのー、すみません」
声をかけられ、理緒がびくっと体をこわばらせる。
おかげで修羅場がいったん途切れ、平井はここぞとばかりに畳みかけた。
「私、純友くんとはただのクラスメイトなので安心してください。でも最近純友くん体調が悪そうで。それで、おせっかいでついて来てしまったんです」
純友が心配そうな表情で平井と理緒を見比べる。
いぶかしげな理緒の様子に構わずさらに平井は続けた。
「平井静です。お名前うかがってもよろしいですか」
できるだけ優しく言うと、しばらくの沈黙の後理緒が口を開いた。
「向井…理緒」
「理緒さん…向井さん?」
「理緒、でいい」
「わかった。理緒さんね」
理緒はまだまったく警戒を解いていないが、話し合いの余地があるだけ十分だ。
「いきなりなんだけど、最近は理緒は純友くんとうまくいってるの?」
「さ、最近って…私と愛輔は付き合ってからずっとうまくいってるわ!毎日会ってずっと一緒にいるのよ」
「ずっと…それは、具体的にどのくらいなの?」
「ずっとと言えばずっとよ。愛輔が学校から帰って、朝また学校に行くまでまでずっと」
「あ、朝?」
予想外の答えに思わず反復してしまった。
いつからその状態なのかは知らないが、では純友は最近は家にさえ帰っていないというのか。
どうりで顔色が悪いはずだ。
「純友くんって一人暮らしだっけ?」
小声で隣の純友にふると、彼は目を逸らした。
続けてか細い声で、
「…いいんだよ、あんな家族。全然俺たちのこと理解してくれねえし」
家庭崩壊…怖い。
思った以上に深刻な事態だ。
このままだと学校自体にこれなくなる恐れさえある。
次に、理緒の方に振り返る。
「気になるんだけど、理緒さんは学校はどうしてるの?まさか…」
「あんなとこ…嫌な人がいるばっかりでいいことないわ。別に勉強なんて役に立たないし」
「…えーと、ご両親は?」
「海外赴任で帰ってこないわ、ここは私一人。でもいいの。私には愛輔がいればいいもの」
正直、「どうしようもないなあこの人ら」と思ってしまうのは仕方ないだろう。
かたや猪突猛進もいいとこの熱愛主義者、かたや極度のさびしがり屋の引き篭もり(憶測)。
ここまで状況を悪くしたのは他でもない、二人自身だ。
が、ここまで来て二人を放置する気もさらさらない。
どうせ誰かが状況を変えなければならないのだ。
「はっきり言って」
少し大きめの声を出し、純友、そして理緒の顔を順番に見た。
「この変な状態続けてたら、たぶんダメになっちゃうよ。二人とも顔色最悪、生活もおかしくなってるし」
「変っ…!?何よそれ!失礼じゃないの!?」
理緒が反発するが、純友は黙ったままである。
少なくとも彼の方は、今の生活の異常さを自覚しているらしい。
まあ自覚しているだけで改善しないというのには呆れるが、彼女を思うが故のことなのだろう。
何せ愛が非常に重い男だ。
「間違いなく普通の生活じゃないよ。本当は理緒さんだってわかってるんでしょ。見ないようにしてるだけで」
「あんたに!あんたに何がわかるのよ!関係ないくせに!」
「理緒、落ち着いて!」
掴みかかろうとする理緒を純友が抑える。
興奮した理緒に対する平井は冷静だった。
「私のこと、何も知らないくせに!」
「知らないよ。だから、良かったら番号とメアド交換しない?」
「「はあ!?」」
突拍子もない提案に理緒と純友が固まる。
平井はカバンから赤い携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで操作し始めた。
「はい、赤外線。こっちからまず送っていい?」
「ちょ、交換するなんていってないわよ!」
「あのね」
理緒の反発を静かにさえぎった。
「頼るのが、話すのが一人だから負担が大きいし、孤独になりやすいんでしょ。もっと知り合いを増やしていろんな人と話せばいいんだよ」
平井が提案したのは、「話し相手増やそう作戦」。
作戦と名をつけるほどもない、月並みな方法だ。
「何勝手なこと言って…私、友達なんていないし…」
「まあまずは電話からはじめればいいじゃない。私くらいならいつでも話せるし…あ、放課後とか休みならね。」
正直、この方法が功をなすかはまったくの未知数だ。
しかし、平井は確かに見た。
番号を交換しようといったとき、理緒の目に驚きと同時に輝いた期待の色を。
「どう?」
「…」
そして、数分後。
ポケットから携帯電話を取り出した理緒に、平井は一歩目の成功を確信したのだった。
「平井、俺、理緒と別れたよ」
「あー、聞いたよ」
2限目が終わった後の休み時間、平井は純友に連れられてあの体育館裏の休憩所に来ていた。
あの出来事から2ヶ月。
もうすっかり寒くなり、教室の窓には雪もちらほら見え始めた。
意外なことに平井と理緒の交友は順調に続いている。
ほとんど電話だが、最近ではやってくる担任の先生に再登校の相談をし始めているとのことだ。
理緒もあの時、自分の環境に嫌気が差していたのかもしれない。
だから、すんなり平井の提案を受け入れた。
きっかけがあればどうにかなるものだ。
「頼りすぎちゃうからいったん離れたいんだって。何となくわかってたよ、俺も理緒をあんなにした原因だったって。俺、何でもやりすぎたんだ」
「はは、愛が重いからね」
言ってしまってからはっと口を押さえた。
まずい。
これまでは心の中に収めていたのに、つい口を付いて出てしまった。
気に障ったのじゃないかとおそるおそる純友の顔を見ると、今にも泣きそうな顔。
どうやらまた、失恋したてに傷を抉ってしまったらしい。
フォローしなくては。
「あ、でも、大丈夫だって!理緒さん、順調に生活戻っていってるから、しばらくしてまた会いに行けばきっと…」
「平井は、重いのは嫌い?」
「え?私?」
予想せぬ言葉に目が点になる。
純友の目は、真剣だ。
「えーと、好きか嫌いかとかじゃなくて、面倒…だと思うな」
勢いに負けて正直に答える。
だが、その言葉の真意は一体何なのか。
平井の頭にある予感がよぎった。
いや、まさかまさか。
そんなことは。
「それなら、どんな人が好きなの?俺、俺、努力するから…」
「ちょっと待って。何か話がおかしいよ」
「俺、ずっと誤解してたんだ。人が落ち込んでるの見て喜んでるひどい奴だなんて…でも、違った。平井は俺の、理緒の本当の気持ちを見抜いて助けてくれたんだ。あの時から、俺、平井が……」
「あ!やばい、3限目当たるんだった!私、先に教室戻るねー!」
その先を聞いたら取り返しが付かない気がする。
平井は危険信号に従ってすばやくその場を離れることにした。
背後で制止の声が聞こえるが、
「…ライ、マッテ!スキナンダ!!」
頭でカタカナに変換して意味がよくわからないということにしておく。
「つか、ぜんぜん懲りてないし」
教室へ急ぎながら平井は、純友に関しては本当にどうしようもないのかもしれない、と軽く自信を失っていくのであった。