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リズナの歌  作者: 冴月翠
第二章 日暮れの邂逅
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第二章 日暮れの邂逅-1


   1


 少年がいた。


 剣を構え、鋭い眼光で睨み付けてくる。


 手にするのは漆黒の刃と銀の柄でできた剣。刀身は細いが異様に長くかなりの重さのはずなのに、軽く振るう少年の挙動にその様子は見られない。


 そんな少年と対峙するのは、少年よりも一回りも年かさの男。男は何かに酔いしれるように軽く目を閉じた。


 その耳を撫でるのは、愛しい女の声のように甘く優しい囁き。


【滅びを。怨嗟とともに全ての生きとし生けるものに――滅亡を】


 その声は、切り裂かれるような痛みを背負う男に、刹那の甘美な悦楽をもたらす。言葉に応えている時だけ、痛みから逃れられる。


 だから男は、狂気を漂わせながら薄い微笑みで応えた。


 男の足下には、広がっていく黒い流れがあった。土を濡らし木々の根を越え、まるで泉のように広がっていこうとするそれを、彼は踏みしめる。


 作り出したのは自分自身。声に従って力をふるい作り出したのだ。彼は踏みにじるようにして流れに足を踏み入れる。


 森は、恐ろしく静かで、風すら吹くのを忘れたようだった。耳が痛くなるほどの静寂の中、長い長い、対峙の時が続く。



「最後の勝負をしましょう」



 沈黙を破り、言ったのは、少年の方だった。


    ◇ ◆ ◇ ◆


 薄紫の空を白く染め上げる朝日すら届かない深い森の奥で、叫び声をあげて青年は飛び起きた。


 見開いた眼で虚空を見つめながら、瀧のように流れる汗を拭いもせず、彼は呆然と荒い呼吸を繰り返す。


「ゆ、め……?」


 乾いた声で呟いて、ようやく動くことを思い出したように緩慢な動きで目元を覆った。


 目覚めた時の衝撃か夢はすでに輪郭を曖昧にし、薄れていた。けれど息苦しさに似た居心地の悪さだけが胸にどろどろと残っている。


「何にせよロクな夢じゃない……」


 呻くように呟いて青年はその気持ち悪さを振り払うように頭を振ると遠くに転がった青い石に手を伸ばした。


 ヴァームという鉱石だった。

 薄暗い森の中で皓々と光っている。


 加工次第で光源用にも燃料用にもなる便利な石で、燃料用のヴァームにひとたび火が点けば青白い高温の炎を発するが、光源用の石は手にしてもほんのりと暖かいだけで火傷をすることはない。


 青年はその光源用のヴァームを掌に載せて、膝を抱えた。


 それから、上を見上げる。


 厚い木々の枝に覆われたこの森の朝は遅い。隙間から見える空はほの明るいが、まだまだ朝は遠いだろう。


「……朝まで目が覚めなきゃ良かったのに」


 身震いをして身体を抱くようにさらに身体を小さくした。


 決して眼に優しくはないだろうヴァームの青い光をじっと見つめ、視界に闇を映さないようにする。



 ――そうして夜を過ごすのはもう二日目になる。



 目覚めるとこの森の中にいた。

 何故ここにいるのか、それを思い出そうとして、それ以前に自分自身の記憶すらないことに気づいた。


 名前すら持っていなかったのだ。


 持っていたのはボロボロの服と二十枚のレジア金貨という大金、光源用と燃料用のヴァームが入った巾着だけ。


 わけがわからずとりあえず森を出てようとしたが、どちらから来てどちらに行こうとしていたのかもわからない上に、空すらもろくに見えない深い森の中だ。いくら歩いても抜け出せなかった。


 水も食料もなく、眠ってもその途端に今のような悪夢を見て飛び起きてしまうから休息もろくにとれず、体力は限界に達していた。


 正直、もう駄目かもしれないと思う時がある。


 でもどうしてか激しい焦燥感が胸にあって、前に進まずにはいられないのだ。


 行く先になにがあるかなんてわかるわけもなく進んだからと言って活路が開けるとは到底思えない。


 だけど突き動かされるように身体は歩こうとする。


 そうしているうちにいつのまにか、死ぬかもしれない不安や恐怖はなくなっていた。


 考える余裕がなくなったからかもしれないが、彼にとっての恐怖の対象は死へのそれではなくなっていた。


 代わりに彼が恐れたもの――それは闇だ。


 木々の影にひっそりと佇むそれ、夜と同時に訪れる圧倒的な存在。


 気づいたらひたひたと近寄ってきていて、彼を呑み込んでしまおうとしているようにすら、思えた。


 だから夜はその存在を忘れるためにひたすらこの鉱石の光を見つめるのだ。


 そうして蹲って過ごしてどのくらい経った頃だろうか。


 深い森の中にうっすらと光が差し始め、目を覚ました鳥達が、朝を知らせるようにさえずり始めた。


 それを耳にした青年はヴァームを拳の中に握りしめると、のろのろと顔を上げる。


 朝日の薄い光の中に照らされた青年の髪と瞳の色は、鮮やかすぎるほどの――蒼だった。



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