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リズナの歌  作者: 冴月翠
第一章 羽ばたく一翼
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第一章 羽ばたく一翼-1

   1


 薄い紗ををかけたような薄紫色の空と深い紫の海をして、『黒い海に浮かぶ菫色の宝玉』と古い詩人に讃えられた、喪われた伝説が未だ息づく《うたかたの世界(リティク=ライナ)》――ライナレーズ。


 鮮やかな紫の海に浮かぶ、細長い形の東大陸と西大陸、その中央に正円を描く聖大陸あるいはレジア大陸と呼ばれる大陸を持ち、さらに砕かれた緑柱石のような小さな島々からなる美しい《世界》だ。


 このライナレーズの西大陸北東部には、深い森に囲まれた白亜の神殿がある。


 選び抜かれた白い大理石を削りだして作り上げられ、いくつもの精緻な彫刻とで飾られたその神殿は、中天近くに昇った太陽の光を浴びながら白く輝いていた。


 その神殿の奥深く《知識の間》と呼ばれる図書室で、真剣に本の頁をめくる少女がいた。


 美しい少女だった。肩口で切りそろえた夜の闇を紡いだような漆黒の髪に、神殿を形作る大理石のような白い肌、熟れた桃のように柔らかく薄紅色の唇。意志の強そうな少しきつめの顔立ちではあるが、不思議と人目を惹く少女だった。


 だが一番人目を引くのはその容姿ではない。今は長いまつげに伏せられながら文字を追うその、深海紫色と讃えられる瞳だ。


 深海紫色とは、少女のつけた額飾りにも填め込まれているライナレーズで最高の宝石、《至上の海(ジルファ=クラリナ)》という宝石にのみ用いられる色の名。


 もともと、深い海の底で魔力が凝って生まれる稀少な魔石でもある《至上の海》が、表層の鮮やかな紫と深部に凝る深海の闇のような紫とを重ね合わせて複雑な色合いで輝く様を表す。


 そんな色に讃えられる彼女の瞳は、表情や心情と共に輝きの強さと色の深さを変え、時にどきりとするほどに鮮烈に輝く。まさに、その色の名にふさわしい一対の宝玉のようだった。 


 その瞳がふと止まった。めくった頁の右側に現れた挿絵に釘付けになる。


 古めかしさを出すためか、遠近感のなくのっぺりとした無彩色の線画で描かれたその絵に描かれているのは、ぼろぼろの衣服を着た二人の少女と、少女達に左手を差し出す一人の男性の姿。


 右手に知を表す書物を抱き、横顔には慈悲と優しさを浮かべ、けれどそれに不釣り合いな大剣を腰に履いたその男性の背には、一対の翼が生えている。


「《リズナ=アース》……」


 鈴のような声でぽつりと呟いて、少女はそっと男性の背に生えた翼をなぞる。


「もう私達を、見捨てられてしまわれたのでしょうか……?」


 呟きを重ね、それから少女はふっと自嘲の笑みを浮かべた。

 そっと本を閉じる。


「感傷ね」


 浮かんだ感情を振り切るように首を振ると、少女はその本を、積み重ねてあった他の本の上に重ねた。次の本を取ろうと別の山に手を伸ばす。


 けれどふと、その上体を起こした。床を叩くような足音が聞こえたからだ。


「リーンファ!」


 それとほぼ同時に、本棚の影から頭の上に本を掲げた童女が駆けだしてきた。


 猫っ毛の燃え上がる炎のような朱色の髪をふわふわと揺らしながら駆け寄ってくるその童女は、少女を見つけて表情を輝かせる。


 が、その途端、べちゃ、と転んだ。


「リリィ!」


「あう〜」


「大丈夫?」


 今度は少女の方から駆け寄って、唸りながら身体を起こした童女を覗き込む。


「怪我はないんだろうけど、気をつけなきゃ」


 言いながら、少女は童女の衣服をぱたぱたとはたいてやる。


 リリィと呼ばれた童女は、最初はその心配をどこか嬉しそうに目を細めて受けていた。けれど急にはっとなって周囲を見回した。


「本!」


 それから、転んだ時に投げ出してしまった本を慌てて拾い上げると、はい、と少女に向かって差し出した。


「言われてた本棚の本、これでいいみょ?」


 気どころか全身の力すら抜けそうな珍妙な語尾で言われ、思わず少女は眉尻を下げ、笑みを漏らした。


「ありがとう」


「リリィ、リンファの役に立ってるみょ?」


 けれどそう問いかけられ、少女はわざと険しい表情を作った。リリィの鼻をツン、とつく。


「たってくれてるけど、その名前で呼んじゃ駄目って言ってるでしょう? ちゃんと『ルルア』って呼んでもらわないと困るの」


 自らをルルアと称した少女は本を受け取って立ち上がると、他の本が山積みになっている机に向かって歩き出す。


 その後ろをリリィがとてとてとついてくる。


「でも、リンファはリンファみょ」


「だから……」


「それ以外の名前でなんて呼べないみょ」


 言い募ろうとしたところをきっぱりと言い切られ、ルルアは肩を落として口を噤んだ。力が抜けたように椅子に座り込む。


「もう……精霊ってみんなこんなに頑固なのかしら?」


 呟きながらルルアは、じっとリリィの顔を見つめた。その眼差しを不思議そうな金色の目が見つめ返してくる。


 そう、リリィは人ではない。ルルアの守護精霊――つまり精霊だ。


 世界を形作る火、水、風、土の原素、というか力の源のようなものが集まり、形を作ったものが精霊と呼ばれるもので、原素そのものに近くなにかの姿をとることができない小さなものから、明瞭な思惟を保ち、独自の姿を持つ力溢れたものまで種類は様々だ。


 ルルアはまだ見たことはないがその上にはさらに聖獣と呼ばれる存在がおり、各原素は、その聖獣の王と、補佐官としての精霊の王によって統治されているらしい。


 朱色の髪に金色の瞳、褐色の肌という火の精霊の象徴の色を纏うリリィはと言えば、意志を持ち言葉を話すことができるため、それなりに力はある精霊のようだった。


 しかし、いかんせん生まれてから五年ほどしか経っていない。長寿の精霊としては生まれたてほやほやだ。


 語尾がおかしいとか、呼び名を変えてもらわないと困るとか、そういったルルア側の事情を理解して対応することはすぐにできないのだろう。


 ――と思い、教育のつもりで口を酸っぱく言い続けてきたのだが。


「もう三年経つし、やっぱり無理なのかなあ……でも、そもそもリリィ以外にはっきり言葉が話せるような精霊知らないから、標準がわからないのよねぇ」


 ぶつぶつと呟きながら、ルルアは不思議そうにしているリリィの顔に、自らの顔を近づけた。


 精霊と話し、盟約によって使役する《精霊使役》の能力は、昔はかなり使い手の多い能力だったというが、時と共に使い手も減り、現在ではルルアだけが持つ、稀少能力ですらあるような代物だった。


 そのため、精霊に関する多くの情報は失われてよくわかっていないのが実情で、この珍妙なリリィの言動が精霊にとって通常なのか異常なのか、ルルアはもとより他の誰にも分からないのだ。


「リンファぁ?」


 まじまじとしたルルアの視線に、同じくまじまじとした視線を返してきながらリリィが言う。まん丸の目はまるで猫のようだった。


「調べ物は、終わったにょ?」


 その言葉に、不覚にも思考が脱線していたことに気づいたルルアは、額に軽く指先を当てた。


(どうもリリィといると気が緩んでしまうから、だめだわ)


 心の中で独り言ちたあと、ルルアは気を取り直した。


「まだよ。略版の《教典》に載ってないものがないか原典洗ってみたけど、《教典》には載ってない、ってことがわかったくらい」


 答えて、リリィが持ってきてくれた本を開く。


「次は《創世神話》ね。近代史も事件録にも情報がなかったんだもの。あとは名前に『神』ってつくのを手がかりに神話関係を片っ端から洗っていくしかないわ」


「でもその本の周り、同じようなにょ、いっぱいあったみょ」


「そりゃそうよ。《創世神話》ってすごく長いんだもの」


 言ってからルルアは本から顔を上げ、にっこり笑った。


「続きも持って来てね? リリィ」


「うにゃあ〜」


 その表情と告げられた言葉の内容に、リリィはしっぽを踏まれた猫のような悲愴な顔を浮かべ、珍妙な声を上げた。


「お願い……――――私にはこんなことしか、できないから」


 けれど、次いでルルアから紡がれた声には重く固いものが滲んでいて、リリィははっとなって主を見上げた。


 しかし視線を本に戻してしまったルルアはリリィの方を見ない。それ以上の会話を拒絶しているようだった。


 リリィはしょんぼりと俯くと、とぼとぼと元来た本棚の方に戻っていった。


(ごめんねリリィ)


 ルルアは、その姿を視界の隅に捉えながら心の中で謝ると、机に置いた拳をきゅっと握りしめた。


(見つけたいの。なにかある前に追いかけて……追いついて、一緒に戦える口実がほしいから――ルアルと)


 少し翳った瞳が力を取り戻し、鋭く閃く。


「絶対見つけてやるわ――《ルア=カレルアム》の正体に繋がるものを」


 そして、低い呟きを吐くと、どこか鬼気迫る表情で焼けの入った本の頁をめくった。


    ◇ ◆ ◇ ◆


 《光の女神》と《闇の神》によって生み出された《始まりの世界(ファスル=ライナ)》が、神々の手によって細かく細かく砕かれていったことで生まれた、小さく儚い《うたかたの世界(リティク=ライナ)》。


 ライナレーズはその、数多ある《うたかたの世界》の一つであるが、非常に特殊な《世界》である。


 無数に砕かれていくうちにそれぞれが独自の文化を育み、多くの《うたかたの世界》では光と闇の神々の織りなす創世の神話――《創世神話》は失われていったのに対し、このライナレーズでは未だ息づいているからだ。


 それは過去のある一点でライナレーズの歴史と創世の神話が交差したため。ライナレーズでは《創世神話》もまた歴史の一端なのだ。


 今から二千年以上も昔のこと。《神世》と呼ばれる古い時代の末期、当時はライナレーズという名ですらなかったこの《世界》は、二百年を超える長い戦乱の最中にあった。


 一つの大陸の中で真っ二つに分かれて争ったその戦いは、大地を焼き水を涸らし、《世界》を滅亡の縁にまで傾けたのだという。


 その危機を救ったのが《リズナ=アース》。


 《神世》の言葉で『大地の救い手』を意味する名を持つ神である彼は、実は《創世神話》に登場する英雄だ。それが、未だライナレーズで《創世神話》が語り継がれる由縁である。


 そしてその神話の英雄を喚び出したのが、《教典》に彼と共に絵に描かれていた双子の少女、シーラとレーラ。


 彼女らは荒廃した《世界》で終焉と救いの相反する願いを祈った。その祈りが《リズナ=アース》をこの《世界》に喚び寄せたのだ。


 《リズナ=アース》はどちらの願いも叶えなかった。叶える代わりに大きな力を与えた。


 終焉を願った姉のシーラに、《世界》を闇に閉ざし、無に帰す破滅の力を。


 救いを願った妹のレーラに、《世界》を光で満たし、再生をもたらす救いの力を。


 そして力を得た少女達が世界中に向けてその力の片鱗を示した時、長きに渡って続いた戦乱は、ようやく終わることができたのだ。


 戦の終結後、《リズナ=アース》は大陸を戦端から東西の二つに分け、間に新たに一つの大陸を置いた。


 さらにその新しい大陸に神殿を建てると心正しい者達を選んで呼び寄せ、彼らにも力を与える。


 予知、魔術、精霊使役、言霊――それらの力を得た者達は、二度と戦乱が起こらないよう《世界》を護る守人を命じられ、《護る者(レジア)》という称号を与えられた。


 そして、その《護る者》達よりも先に神殿に入り、《リズナ=アース》を喚び出したシーラとレーラは、その《護る者》達の頂点に立ち、《リズナ=アース》から最高の権力と最強の称号を賜る。


 最強の守人にして番人――すなわち《世界を護る者(ライナレジア)》と。


 全ての権限を《世界を護る者(ライナレジア)》に与えた《リズナ=アース》はこの《世界》を去った。


 代わりに、全てを引き継いだ少女達が世界に、新たな歴史の始まりを宣言する。


 これが護られる(レーズ)世界(ライナ)――すなわちライナレーズの興りである。


 この時を紀元としたライナレジア歴はすでに二千余年を数える。その間、幸いにライナレーズでは大きな戦乱は起こっていない。


 だが今、ライナレーズが平穏な世界かと言えば――否、だ。


 様々な危機と戦の種火が世界中に燻っているライナレーズ。


 ルルアは、そんな時代に百代目の位を三年前に継いだ、世界最高の権力を持つ、世界から選ばれた《世界を護る者》だった。


    ◇ ◆ ◇ ◆


 ルルアの名は正式にはル=ルア=レーラ=ライナレジアという。


 親からもらった、リリィがよく口にする名が別にあるが、それは今の位を継ぐ際に封印され、今はこれがルルアの名である。


 《ルア》とは《神世》の言葉で『神』を示し、それに一つ《ル》を加えることで弱まり、『神に準じる者、仕える者』――《御子》という意になる。ライナレジアは最初神に選ばれたため、《御子》とも呼ばれるのだ。つまり『ルルア』という名は役職名となる。


 その彼女の背負う役目は原祖の御子達と同じ。


 正確には妹であったレーラと同じ。


 光を以て世界を照らし、再生の力で世界を救う。


 そのために《ル=ルア》の名を冠する。


 《ルア》の前(上)に《ル》をつけることで、世界創造の後、天に昇りそこから世界を支えた《光の女神》に仕えることを示すのだ。


 同時に、地底深くに座して世界を支えた《闇の神》に仕える御子もいる。


 ルア=ル=シーラ=ライナレジア。


 闇を以て世界を閉ざし、破滅の力で世界を無に返す役目を背負う破滅の御子だ。


 初代の御子達がそうだったように、この御子を勤めるのは、ルルアの半身である双子の兄、ルアル。ファンシェという名もあったが、それはルルアと同じように御子を次ぐ時に封印している。


 生まれる前からずっと一緒にいて、今となっては唯一の肉親である兄。誰よりも近しく、想いすら重ねることのできる兄は今、ルルアの側にはいない。


 十日ほど前に旅立った――《ルア=カレルアム》という、今ライナレーズを脅かしている危機の一つである恐ろしい魔物の討伐のために。


 この《ルア=カレルアム》の最初の被害は、もう十年も前のことになる。


 最初の被害は、東大陸の炭鉱国家リンガ。その首都ダムカフェルドが一夜にして滅びた。


 街は灼熱の業火に焼きつくされ、生存者は一人としていなかった。


 だが、恐ろしいことが発覚したのはその後だ。


 焼け跡から出てきた住人の死骸は、全て刃のような者で切り裂かれ、火がかけられるよりも前に息絶えていたのだ。


 人の所行とは到底思えないその有様に、人々は魔物の仕業だと噂した。


 すぐに神殿――《ライナレジア神殿》も動き、レジアを派遣した。


 一度ではない。幾度も派遣した。


 けれど、その誰一人として生きて帰ることはなかった。


 その間に被害は拡大し、頻度こそ多くないものの、いくつもの街が炎に飲まれた。国土が元々大きくなかった国では、国として立ち行かなくなり崩壊したものもある。


 滅びた都市が五十を超え、命を落としたレジアの数が三十を超える頃、人々はその、滅びをもたらす者をこう呼ぶようになった。


 絶対的な力で滅びをもたらす神――すなわち破壊(カレルアム)(ルア)と。


 そうして十年。守人たるレジア達は未だ、その破壊の神を止めることはできていない。だからこそ、最後の手を打った。


 この世界で最強の護り手であるライナレジアを派遣だ。


 御子はそう容易に失うことはできないものであったし、大事な神事も控えていて時期も悪かった。


 それでもライナレジア派遣を望む声は無視できないほどに大きくなっており、そしてなにより、今代の御子、ルア=ル=シーラ=ライナレジア本人が強い意志で行くことを希望した。それ故に急遽、派遣が決まったのだ。

 

 だが、実を言えばその《ルア=カレルアム》という存在は名前と所行だけが知れ渡っているものの誰一人としてその正体を知らない。


 巨大な火炎龍だという者もいれば、無数の人食いネズミのような獣だという者もいて、さらには実体のない幽霊のようなものだという者までいる。


 どの情報も確証に欠け、信憑性はなかった。


 唯一わかっているのは、その色彩。


 旅立つレジア達にかけた呪い(まじない)によって、死した後に魂だけでも神殿に戻ってこられた者達が口々に告げたのがそれだったのだ。


 蒼――彼らは皆、ただその一言を残して、霧散したという。


 それがいつの間にか人々の合間にも広がり、今ではこう呼ばれている――破滅をもたらす蒼い絶望の神《ルア=カレルアム》と。


 レジアでは太刀打ちできないと、とうとうライナレジアすら派遣されることになるほどの、危険な相手。


 それが、ルルアの兄が倒そうとしている相手だった。


 ルルアが、異常すぎるほどの必死さで文献を漁り、《ルア=カレルアム》の正体を探るのには、こうした理由があったのだ。


     ◇ ◆ ◇ ◆


「――これにも、ないか……」


 溜息のような深いと息と共に呟いて、ルルアは手にしていた本を投げ出した。


 すでにたくさんの本が山積みになっていた上にさらに重い本を投げつけられたものだから、一本しか支柱のない机が、衝撃でぐらぐらと揺れる。


「そもそも、ここにある書物でわかってたら、とっくに誰か見つけてるわよね」


 呟き、胸を焦がす焦燥感からルルアは爪を噛んだ。侍女の手によって綺麗に整えられているはずの爪だったが、調べ物をしては苛ついて無意識に噛んでしまうために、親指がぼろぼろになっていた。


「う〜」


 子供のように唸っていたルルアだったが、突然顔を上げた。


 耳を痺れさせるような重い鐘の音が鳴り響いたからである。


「やばっ中天一つの鐘だわ!」


「……どうしたみょ〜」


 最初はルルアにつき合って図書室を駆け回っていたものの、すっかり飽きて窓辺で眠っていたリリィが、目をこすりながら問うてくる。


 ふわふわの髪といい丸まって寝る仕草といい、全く猫のような相棒に、あたふたと机の上の本を整えながらルルアは答えた。


「《復活祭》の練習があるのよ! 忘れたの?」


 言いながら、頭を抱えた。


「ああ! 今日から衣装付きでの練習だったわ。部屋に帰って儀式用の祭礼服に着替えないといけない……リリィ!」


「ほいほい」

「本、司書官に片づけておいてもらえるようお願いしておいて!」


「了解〜」


「お願いね。あとは遊んでてもいいから」


 言いながらルルアは窓に向かって走る。窓を開けると一応周囲を見回して祭礼服の長い裾をたくし上げた。


《復活祭》の正装に比べればましとは言え、御子の着る衣装なだけあって普段着もそこそこにかさがある。なんとか持ち上げて足を出すと、窓枠に足をかけた。


「……ルアルがいたら、間違いなく説教ものよね」


 思うが、その兄は幸か不幸か今は側にいない。


「風精! 来て! お願い!」


 ルルアが喚ぶと周囲で風が渦巻いた。ふわり、と足が大理石の床から浮き上がる。


「私の部屋まで運んで。お願い」


 その願いの言葉と同時に彼女の身体は風の精霊達によって窓の外へと持ち上げられ、そのまま最上階の私室へと運ばれていった。



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