40.
「……えー、っと? んん?」
そこに書かれていたのは、あまりにも予想外の内容だった。その意外さに、僕はすぐには理解ができなかった。
一つ、昌志と健人のところに、「旧姓:奥村」とある。二つ、昌志と健人のところから、美香のところに矢印が伸び、「病気を治療、医療ミス?」とある。そして三つ、美香の夫のところに、『小野坂誠』の名前が書き加えられ、その夫から健人のところに矢印、そこには「殺人未遂」、と。さらに四つ、誠は逮捕され、実刑判決を受けて服役中、と。そこにはもう、綺麗な傘はなく、不規則に糸の張られた蜘蛛の巣のようになっていた。
医療ミス、殺人未遂、逮捕、服役……またもや、不穏な単語ばかりが目に付く。そこから、九つの疑問への手がかりが得られそうな感じもしたが、詳しい事情までは書かれていないし、憶測で物事を考えてはいけないと知っている。
だが、僕は一つ、点と点を繋げられそうなポイントがあることに気付いた。昨日、警察署にいたときの場面。確か、健人が倒れたのは、愛香の姉の名前が判明した直後だ。関係図に書き足された事柄によると、健人は兄と共に、彼女の姉に対して医療ミスを起こしたかもしれず、姉の夫に襲われたとある。
――ここは、何かしらの関係がありそうだな。
「にゃあ」
「みい」は僕の複雑な胸中を知ってか知らずか、僕を見上げて鳴く。
「ごめんな、あまり構ってやれなくて。あ、ごはん食べた?」
「みゃお……」
「みい」のことについては、昌志は何も書き残していなかった。餌やり用の皿を見たが、使われた痕跡はない。キャットフードは持って帰ってきた時の状態そのまま、冷蔵庫に入れた猫用ミルクも開封されていなかったが、ゴミ箱におやつの袋が一つ、捨ててあった。まあ、一応、食べるものは与えておいた、というところか。
キャットフードをお皿に上げると、「みい」はやはり、そうとうの空腹だったらしい、いつもの上品な感じではなく、がつがつと食べ始めた。それをいつもより早く食べ終えると、また一声、「にゃお」と鳴いて、僕の手の中にあったミルクを催促してきたので、それも容器に注ぐと、今度は周りを汚さぬよう、小さな舌で飲み始めた。
僕はミルクを冷蔵庫に戻し、昨日の夜から充電コードに繋いだままだった携帯電話を、コードから外して見た。アプリの通知が酷く溜まっていたが、その中に着信があったことを知らせる表示があった。名前は「大阪 警察 柿沢」とある。掛かってきたのは二時間前、十時半頃。何か用だろうか、僕はそれに掛け直した。
「もしもし、野島です。柿沢さん、いらっしゃいますか」
電話を取ったのは女性だったが、柿沢さんはすぐに電話口に現れた。
『もしもし、代わりました、柿沢です』
「あ、野島です。お世話になっております」
『ああ、こんにちは』
「先程お電話を頂いたようなのですが、あいにく気付きませんでして」
『いえ、大丈夫ですよ。えと、今、どちらにいらっしゃいますか』
「宿泊先のホテルです。恥ずかしながら、寝過ごしてしまいまして。寝ていて気付かなかったんです」
『あ、それはお疲れ様です』
「いえ。十分に寝て、今は回復しましたので」
『そうですか。それならよいのですが……ええっと、先程お電話した用件なのですが、二つございまして』
「はい」
『一つ目はですね、昨日署で倒れて病院に行かれた鎌谷さんのことなんですが、あれからどうなりましたか?』
ああ、そうか、昨日、ホテルに行く前に、「みい」を引き取りに署に行ったときには、柿沢さんはいなかったのだっけか。彼のその後を知らなくてもおかしくはないか。
「彼は心筋梗塞でした。子供の頃に病気をしていたそうで、その後遺症のようです。緊急で手術を受けまして、術後の経過は順調なように見えます。術後数時間して、僕と会話もしましたので。実のお兄さんも駆けつけてくれています」
『そうなんですね。分かりました、それならよかったです。……で、二つ目は、愛香さんのことなんですが』
「はい」
柿沢さんの声のトーンが変わったのを感じた。途端に重い雰囲気が漂い始める。




