Chapter3: 妄想と幻影と執着
場に現れたのは、あの白無垢の女性であった。__ここでも現れるのかよ__と内心驚きながら辺りを見渡し、場の安全を確保しようとした。彼女は自分の前に歩み過ぎ、忽然として目の前の敵を薙ぎ倒していったのだ。…一切の手加減も手も使わずに、だ。
チェックメイト。私の手元にあった札は、ことごとくが紙切れとなってしまった。恋人超え夫婦未満の、この甘い関係がいつまでも続いてほしいとは思う。だが、あまりにも虫の良すぎる展開に、何か裏があるのではないかとつい勘繰ってしまうものだ。
あまりにも心地の良い風呂であった。細かなところにも気配りが行き届いていたようで、浴室はおろか洗面台、果ては蛇口などありとあらゆるところが光り輝いていた。おそらく私が入浴を終えるタイミングをうかがっていたのだろう。浴室を出ると、鼻をくすぐる良い匂いがしてきたのだ。目の前にずらりと並んでいたのは、
「あの…こんなに作ってもらっていいんですか?」
「もちろんです。ところで、ごはんが冷めますよ。早く食べましょう。」
「ん…で、では……いただきます。」
「いただきます。」
彼女は食事の作法も心得ているようだ。所作の一つ一つが洗練されていて、かつ一切の無駄もない。なぜ、こんな人が僕のために食事を作ってくれるのだろうか。それだけがよくわからなかった。こんなにもよくしてもらっているのなら、何らかの形で恩返ししないといけないようでならない。そこで、自分の考え得る最大限の心贈りを考えた。
「ごちそうさまでした。」
「おいしかったです。食器、洗っておきますよ。」
「では…軽く洗って、そこの食洗器に置いてください。自動で洗われますのでそこに置きっぱなしで構いません。」
とりあえず、丁寧に進めよう。冷蔵庫に、アイスケーキを入れていたことを思い出したのだ。彼女に気付いてもらえればそれでいいかなと思っている。
相変わらず、二つの布団が敷かれていた。暗い空が、私たちに夜を告げる。今日もこれでおしまいだ。また新たな日を迎えることにしよう。
「んっ…。……おはようございます。お休みなのに、今日も早起きなんですね。」
「あら、休日はいつもより早く起きられるんですね♪…朝ごはん、できてますよ」
ウインナー、目玉焼き、白米に味噌汁…。まさに「ごきげんな朝食」だ。特に味噌汁が美味しい。朝から落ち着いて食事することができたのは、とても良いことだ。味噌汁といえば、その類稀なる価値に気付かされる。大人になると、やけに恋しく感じられる。学校給食の味噌汁は、やたらと美味しかったことを思い出した。苦い思い出に、開いてほしくない過去の扉が現れたようだった。
…いかんいかん、過去のことはもう忘れろ。わざわざどうにもならないことで自分の人生狂わせることほど馬鹿らしいことはない。そんなことよりも…
そうだ、この飯がとにかく美味いんだ。昔がどうあれ、今は幸せだ。そう言い切れるんだ。今はただ、その幸せを噛み締めていたい。
だが、割れない花瓶が無いように、薔薇色の道にはかならず亀裂がやってくるものだ。多分に漏れず、私もそうである。




