第8章 ずれた時間
リアライズの会議室。
夕方の光が、ブラインド越しに斜めに差し込んでいた。
凪は、モニターに映る2つの画面を、
交互に見比べている。
左は、システムログ。
右は、社内の業務スケジュール。
「……柊先輩」
静かな声だった。
「ん?」
「1つ、気になる“ずれ”があります」
凪は、画面を指す。
「このバックドアが作られた日時。
ここ、午後2時30分から3時の間なんですが……」
「その時間、涼平は?」
柊が問い返す。
「イベント会場にいました」
凪は、即答した。
「突発トラブル対応で、現地作業中です」
涼平は、少し驚いたように目を見開いた。
「……ああ。
あの日は、音響トラブルで呼ばれてた」
「ですよね」
凪は頷く。
「社内のPCに触れる時間じゃない」
環は、2つの画面を見つめながら、
胸の奥が、静かに冷えていくのを感じていた。
(……やっぱり)
「もう1つ、あります」
凪は続けた。
「このログ、操作が途中で一度止まってる」
「止まってる?」
「はい。
一度中断して、数分後に再開してるんです」
凪は、淡々と説明する。
「これ、本人がやってるなら、かなり不自然です。
“慣れてない人”の動きに近い」
柊は、ゆっくり頷いた。
「……焦ってる」
「そうですね」
凪の声は冷静だった。
「誰かが、“慣れないこと”をやってる」
涼平は、画面を見ながら、
低く息を吐いた。
「……俺じゃない」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
◇◇◇
一方。
別のフロアで、
紗唯は自分の席に座ったまま、
何度も時計を見ていた。
(……おかしい)
胸の奥が、ざわざわする。
(ちゃんと、あの時間にやったはずなのに)
ログの時間。
記憶の中の時間。
わずかなズレが、
頭から離れない。
「江上さん」
同僚の声に、
びくりと肩が揺れる。
「……はい?」
「さっきの資料、修正お願いできる?」
「は、はい……すぐに」
キーボードに手を置くが、
指が震える。
(……大丈夫)
(バレない)
そう思いたいのに、
心の中で、同じ言葉を何度も繰り返してしまう。
(“あの人”のログを使った)
(だから……)
だが、
あの女性の穏やかな目が、
一瞬だけなのに見透かされたような気がして、
なぜか、胸に引っかかっていた。
◇◇◇
会議室に戻る。
凪は、さらに資料を並べていた。
「作業できる可能性のある社員、
スキルと権限で絞ると……5人です」
画面に、名前が並ぶ。
中里涼平
粕谷豪
横山亜里沙
和泉諭
江上紗唯
環は、その中の1つの名前に、
目を留めた。
(……)
言葉にはしない。
けれど、
胸の奥の“ざわり”が、
少しだけ強くなる。
柊は、凪に視線を向ける。
「今は、まだ踏み込まない」
「はい」
凪はすぐに頷いた。
「決定打が、もう1つ欲しい」
涼平は、拳を軽く握りしめた。
「……俺の時間と、ログの時間が違う」
それだけで、
十分すぎるほどの事実だった。
だが――
まだ、名前を呼ぶには早い。
真実は、
もうすぐそこまで来ている。
その一歩手前で、
全員が、静かに足を止めていた。




