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EVOLVE〜エヴォルブ〜Season11 ― 戻れる場所 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜Season11 ― 戻れる場所 ―
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第7章 名前が独り歩きする

リアライズのオフィスは、

いつもと変わらない朝を迎えていた。


挨拶の声。

キーボードの音。

コーヒーの香り。


だが、涼平りょうへいにはわかっていた。

空気が、昨日までと違う。


「……おはようございます」


声をかけると、

一瞬だけ、返事が遅れる。


「……あ、おはよう」


笑顔はある。

けれど、どこかよそよそしい。


(……来てるな)


誰かが何かを知っている。

正確じゃなくても、

断片的な情報が、もう出回っている。



◇◇◇



昼前。


給湯室の前を通りかかったとき、

ひそひそとした声が、耳に入った。


「……調査、あの人のIDから出てきたらしいよ」


「え、マジで?」

「じゃあ……」


涼平は、足を止めなかった。

聞こえなかったふりをして、

そのまま通り過ぎる。


(……まだ、決まったわけじゃない)


そう、わかっている。

だが――

噂は、事実よりも早く形を持つ。



◇◇◇



そのころ。


会議室では、

アークシステムズの3人が、

涼平と向かい合っていた。


「社内で、少し動きが出てます」 なぎが、低い声で言う。


「……やっぱりか」 涼平は、苦笑した。


「俺の名前、出てる?」


「はっきりとは」


凪は言葉を選ぶ。


「でも、“怪しいIDがある”って話は、

 もう独り歩きしてますね」


たまきは、涼平の表情をじっと見ていた。


強がっている。

でも――

ほんの少し、肩が強張っている。


しゅうが、静かに言った。


「涼平。

 今は、何もしなくていい」


「……何もしない、か」


「余計な動きをすると、

 向こうの思うつぼだ」


凪も頷く。


「今は、

 “噂に反応しない”のが一番です」


涼平は、一度だけ目を閉じ、

ゆっくり息を吐いた。


「……わかってる」


それでも、

自分の名前が、

勝手に歪められていく感覚は、

思った以上に堪える。



◇◇◇



一方。


同じフロアの少し離れた席で、

紗唯さいは、落ち着かない様子で画面を見つめていた。


キーボードに置いた指が、止まる。


(……噂、出てる)


誰の名前かは、

はっきりとは聞こえない。


けれど――

「あの人」という言葉が、

何度も耳に入る。


(……大丈夫)


(ログは、ちゃんと残ってる)

(“あの人”の名前で……)


そう思おうとするほど、

胸の奥が、ざわつく。


カフェで目が合った、

あの女性の顔が、

ふと、浮かんだ。


穏やかな目。

逃げ場を塞ぐような視線。


(……見られてる)


理由はわからない。

でも、

どこかで、何かがズレ始めている。



◇◇◇



夕方。


涼平は、自分のデスクで、

いつもより静かに作業をしていた。


話しかけられることは、減った。

代わりに、

視線だけが増えた。


それでも――

背筋を伸ばし、

仕事を続ける。


(俺は、何もしてない)


その事実だけを、

胸の奥で繰り返す。


だが、

真実が追いつく前に、

噂は、確実に居場所を奪っていく。


誰も、まだ断定していない。

誰も、責任を取らない。


ただ――

名前だけが、

独り歩きを始めていた。

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