第3章 正式依頼
アークシステムズのオフィスは、午後の静かな集中に包まれていた。
キーボードの音。
時折鳴る通知音。
窓の外では、雲がゆっくり流れている。
凪はモニターを2枚並べ、
いつものようにコードとログを行き来していた。
「……ここは、違うな」
小さく呟きながら、指を動かす。
周囲の音が遠のき、
“凪の領域”に入ったときの、あの独特の空気が漂っていた。
その横で、柊は書類に目を通している。
落ち着いた表情。
だが、どこかいつもより視線が鋭い。
環は少し離れた席で、
コーヒーを淹れ、3人分のカップをトレイに乗せていた。
「どうぞ……」
と2人の机に置く。
環の声に、
凪が顔を上げる。
「あ、ありがとうございます。
ちょうど今、一区切りついたところでした」
柊も顔を上げ、
「助かる」と短く言った。
そのとき、受付から内線が入った。
環が対応し、受付へ行き
戻りながら
「柊、これ、今届いた郵便ですけど差出人が、リアライズって……。」
その名前に、
柊と凪の視線が同時に動いた。
「……リアライズ?」
柊が、ゆっくりと書類を受け取る。
依頼内容に目を通した瞬間、
表情がわずかに引き締まった。
「イベントプロデュース会社……
プレゼン資料の情報流出調査と、システム再構築」
凪が身を乗り出す。
「“酷似している”って、書いてありますね」
環も、2人の間に視線を落とす。
柊は、書類を閉じ、
一瞬だけ、考えるように黙り込んだ。
そして、静かに言った。
「担当者……中里涼平」
その名前を聞いた瞬間、
凪の表情が変わる。
「え……涼平さん、ですか?」
「ああ、アウトレットで会った、あの涼平だ」
「……涼平さん……」
凪は、ゆっくりと息を吐いた。
「だから、正式依頼なんですね。
個人的じゃなく、会社として」
環は、小さく頷いた。
「涼平さん、ちゃんと正しい道を選んだんですね」
柊は、環の言葉に、ほんのわずかに口元を緩めた。
「……ああ」
書類を机に置き、
柊は2人を見た。
「やるか」
「もちろんです」
凪は即答だった。
「ログ調査、システム構成、
流出経路の洗い出し……全部やりましょう」
環も、静かに言った。
「私も、同行します」
凪が少し驚いた顔をする。
「環さんも?」
「はい」
環は、少しだけ微笑んだ。
「2人が調べている“事実”のそばで、
私は、空気を見ていたいです」
柊は、一瞬だけ考え、
すぐに頷いた。
「……わかった」
それが、3人の答えだった。
◇◇◇
数日後。
アークシステムズの3人は、
株式会社リアライズの会議室に足を踏み入れていた。
迎えに来たのは、
少し疲れた表情をした、見覚えのある男。
「……来てくれて、ありがとう」
中里涼平だった。
それでも、
その声は明るさを失っていなかった。
「まさか、こんな形で一緒に仕事することになるとはな」
柊は、軽く肩をすくめる。
「縁、だな」
凪は、いつもの笑顔で言った。
「涼平さん。
今回は、ちゃんと全部調べますから」
環も、静かに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
涼平は一瞬、目を瞬かせ、
そして、ふっと笑った。
「……ああ。
頼もしいな」
誰も、まだ知らない。
この調査が、
1人の“正しさ”を証明し、
別の誰かを、選択の岐路へ追い込むことになるということを。
ただ今は、
3人が揃い、
事件の核心へと踏み出した――
その始まりの瞬間だった。




