第13章 正面から、もう一度
リアライズの会議室には、
以前とは少し違う空気が流れていた。
重苦しさはない。
けれど、浮ついた感じもない。
失敗を一度知った人たち特有の、
静かな集中。
ホワイトボードの前に立つのは、
中里涼平だった。
「――今回のプレゼンは」
涼平は一度、深く息を吸った。
「誰かのアイデアを“借りない”
誰かの努力に“乗っからない”」
そう言って、少し照れたように笑う。
「当たり前のことを、
当たり前にやります」
誰かが、ふっと息を漏らした。
凪は腕を組みながら、
涼平の立ち姿を見ている。
(……いい顔してる)
柊は、何も言わず、
その様子を静かに見守っていた。
環は、資料の端を揃えながら、
小さく頷く。
◇◇◇
プレゼン資料は、
以前よりもシンプルだった。
派手な演出はない。
けれど――
一つ一つの意図が、はっきりしている。
「このイベントで、
一番大切にしたいのは何か」
涼平は、
クライアントの目をまっすぐに見て続ける。
「“記憶に残る体験”です」
「驚かせることじゃない。
競うことでもない」
「参加した人が、
『来てよかった』って思えること」
その言葉に、
クライアントの1人が、静かに頷いた。
◇◇◇
質疑応答。
鋭い質問が飛ぶ。
だが、
涼平は逃げない。
分からないことは、
「確認します」と言う。
無理に盛らない。
誤魔化さない。
その姿勢が、
少しずつ、場の空気を変えていった。
◇◇◇
プレゼンが終わる。
画面が切り替わり、
ミーティングは一旦、終了。
会議室に残ったのは、
リアライズとアークシステムズの面々だけ。
「……どうだと思う?」
涼平が、少し緊張した声で聞く。
凪は、にっと笑った。
「勝ちに行くプレゼンじゃないですね。
でも――信頼は、ちゃんと取れる」
柊も、短く頷く。
「無理がない。
今の涼平に、一番合ってる」
環は、柔らかく微笑んだ。
「嘘がない、って感じがしました。
聞いていて、ぽかぽかしました」
「……ぽかぽか?」
涼平が首をかしげると、
凪がすかさず言う。
「環さん語です。
いい意味です」
「そうか……」
涼平は、少し照れくさそうに笑った。
◇◇◇
数日後。
クライアントから、正式な連絡が入る。
「今回のイベント。
リアライズさんにお願いしたい」
その瞬間。
涼平は、
言葉を失った。
「……本当ですか?」
「はい。
正直さと姿勢を、評価しました」
電話を切った後、
涼平は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
誰に向けた言葉か、
自分でも分からなかった。
◇◇◇
その夜。
ぽかぽか邸。
テーブルには、
簡単な料理と飲み物。
「お疲れさま会、ですね」
凪が楽しそうに言う。
「派手じゃないけどな」
柊が肩をすくめる。
涼平は、
グラスを手にして、3人を見た。
「……正直さ
今回、一番助けられたのは俺だ」
少し間を置いて、続ける。
「疑われて、追い込まれて、
それでも、ちゃんと調べてくれた。
信じてくれた」
環は、静かに首を振った。
「信じたというより……
ちゃんと見ただけです」
凪も笑う。
「ログは、嘘つかないですし」
柊は、いつもの調子で言った。
「……それに
涼平が、逃げなかった」
その言葉に、
涼平は、目を伏せて笑った。
「逃げられなかっただけだよ」
「それでも、立ってた」
凪が言う。
「それが、一番大事です」
◇◇◇
グラスが軽く触れ合う。
大きな音は立てない。
でも、
確かにそこにあったのは――
取り戻した名誉と、
積み重ね直した信頼。
そして、
正面から進むことを選んだ人たちの、
静かな強さだった。




