第11章 選び直す場所
第一会議室は、
静かだった。
窓から差し込む光はやわらかく、
取調室のような圧迫感はない。
中央のテーブルを挟んで、
一方に座るのは――江上紗唯。
そして向かいには、
システム部長の本瀬創、
課長の浅見葉子。
少し距離を取るように、
柊、凪、環が座っていた。
「……江上さん」
浅見課長が、
穏やかな声で口を開く。
「今日は、事実確認のためにお時間をもらいました」
紗唯は、小さく頷く。
「まず、こちらを見てください」
差し出されたのは、
数枚の資料。
ログ一覧。
PC管理番号。
作業時刻。
「この日時、どこで何をしていたか、覚えていますか?」
紗唯は、
一瞬だけ資料に目を落とし――
すぐに視線を逸らした。
「……すみません、
覚えていません……」
「そうですか」
浅見課長は、
それ以上追及しない。
代わりに、
別の資料を置いた。
「こちらは、
今回問題になっているプレゼン資料です」
「見覚えはありますか?」
「……はい。
次回イベント用の資料です」
「そうですね」
浅見課長は静かに言った。
「ですが――これは、当社のものではありません」
紗唯の肩が、
わずかに揺れる。
「似ている、ではなく、
“同じ構成”です」
沈黙が落ちる。
その空気を、
凪がやわらかく引き取った。
「江上さん。
少し、技術的な話をしますね」
紗唯は、
おそるおそる顔を上げる。
「1度目の不正アクセスでは、
ログの修正が行われていました」
「かなり慎重でした。
正直、内部の人間でも難しい」
凪は、
責める口調ではなかった。
「でも、2度目は違った」
資料を指し示す。
「PCのシリアル番号と管理番号、使用者ID
全部、残っていました」
紗唯の指が、
きゅっと握られる。
「……焦っていましたね」
そのひと言が、
深く刺さった。
柊は、
黙ったまま様子を見ていたが、
ここで初めて口を開いた。
「江上さん」
低く、落ち着いた声。
「俺たちは、
誰かを無理に認めさせるために
ここにいるわけじゃない」
「ただ――
真実を、正しい場所に戻したいだけだ」
その言葉に、
紗唯の目が揺れる。
そして――
環が、静かに前に出た。
「江上さん」
その声は、
とてもやさしかった。
「カフェで目が合いましたよね」
紗唯は、
びくっと身体を震わせる。
「不安そうな目でした。
睨んでいるようには、見えなかった」
環は、
まっすぐに紗唯を見つめる。
「誰かのために、
必死だったんですよね」
張り詰めていたものが、
音を立てて崩れた。
「……っ」
紗唯の目から、
涙がこぼれる。
「……好きだったんです」
声が震える。
「彼が……崎山圭太が……
今回のイベント、絶対に勝ちたいって……」
唇を噛みしめながら、
言葉を絞り出す。
「最初は……頼まれただけでした。
少し、見るだけだって……」
「でも、
気づいたら……」
肩を抱くように、
自分を縮める。
「止めなきゃいけなかった……
分かってたのに……」
「でも……
嫌われたくなくて……」
会議室には、
すすり泣く音だけが残った。
本瀬部長が、
静かに言う。
「江上さん。
あなたのしたことは、
決して許されるものではありません」
「ですが――」
一拍、置いてから続けた。
「中里さんの名誉を回復するためにも
すべて、話してください」
紗唯は、
涙を拭いながら、
小さく頷いた。
「……全部、話します」
◇◇◇
供述が終わり、
紗唯は、
涙を流し続けていた。
その前に、
環が一歩近づく。
「江上さん」
やさしい声。
「信じていた人のために、
間違った扉を開いてしまったんですよね」
紗唯は、
黙って頷く。
「人は、誰でも間違えます」
環は、
静かに続けた。
「間違えたら
そこから、やり直せばいい。
今度こそ、正しい道を選べるように。
新しい光を、見つけてください」
紗唯は、
何度も頷きながら、
泣き崩れた。
◇◇◇
会議室の外。
柊は、
小さく息を吐いた。
「……これで、終わりじゃない」
凪も頷く。
「でも、始まりにはなりますね」
そして――
次は、
崎山圭太の処理と
中里涼平の名誉回復へ。
物語は、
確かに次の段階へ進んでいた。




