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EVOLVE〜エヴォルブ〜Season11 ― 戻れる場所 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜Season11 ― 戻れる場所 ―
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第10章 焦りの痕

リアライズのオフィスは、

いつもと変わらない午後を迎えていた。


――表向きは。


だが、涼平りょうへいの周囲だけ、

確実に空気が変わっていた。


「……あの人、最近ちょっと……」


言葉は、途中で切れる。

続きを言わなくても、意味は伝わる。


涼平は、気づかないふりをして仕事を続けていた。

だが、胸の奥に溜まる重さは、

日に日に増していく。



◇◇◇



その頃。


紗唯さいは、自分のデスクで、

スマートフォンを握りしめていた。


(……もう一度)


一度目は、スマホだった。

自宅で、誰にも見られず、慎重に。


だから、うまくいった。


(でも……)


社内で聞こえる噂。

涼平の名前。

探るような視線。


(このままじゃ……)


焦りが、判断を鈍らせる。


紗唯は、

スマートフォンを机に置き、

代わりに会社支給のノートPCを開いていた。


(少しだけ……確認するだけ)


そう自分に言い聞かせながら、

指をキーボードに置く。


共有PC。

いつも使っているもの。


――そこに、

「誰が」「どのPCで」「いつ作業したか」が

すべて記録されることを、

このときの紗唯は、深く考えていなかった。


(……急がなきゃ)


涼平の個人ID。

慣れた手順。


だが、

心は、明らかに乱れていた。


バックドアへのアクセス。

短い作業。

そして――


ログの修正。


(……あとで)


その“あとで”は、

結局、来なかった。



◇◇◇



同じ時間帯。


なぎは、

新しく追加されたログを、

無言で見つめていた。


「……あ」


小さな声が、漏れる。


しゅう先輩」


「どうした」


「……2度目、来てます」


画面には、

同じIDによる、

別の操作履歴。


「1度目と、違う」


凪は、即座に理解した。


「今回は……ログが、そのまま残ってる」


「修正、してないのか」


柊が低く言う。


「はい」


凪は頷いた。


「1度目は、痕跡を消してる。

 でも、今回は――焦ってる」


さらに画面を切り替える。


「端末情報……一致しません」


凪は、確信に近い声で続けた。


「同じIDだけど、

 使っているPCが違います」


画面に表示された情報。


PCシリアル番号。

社内管理番号。

使用者。


凪は、静かに言った。


「……江上紗唯えがみさい


柊は、ゆっくり息を吐いた。


「……やっぱり、な」



◇◇◇



その頃。


紗唯は、

化粧室の洗面台で、

水を出していた。


手が、震えている。


(……何やってるの、私)


鏡に映る自分の顔が、

ひどく青白く見えた。


深呼吸をしようとした、そのとき。


扉が開く。


「……あ」


入ってきたのは、

あの女性だった。


アークシステムズの――

たまき


環は、にっこりと微笑んだ。


「お疲れさまです」


その穏やかな声に、

紗唯の心臓が跳ねる。


「……っ」


言葉が出ない。


会釈だけして、

慌てるように化粧室を出る。


その拍子に――

小さなポーチが、床に落ちた。


気づかないまま、

紗唯は立ち去ってしまう。



◇◇◇



会議室に戻った環は、

ポーチを手に、柊と凪を見る。


「今、化粧室で江上さんと会いました」


「……そうか」 柊が短く答える。


「これ、落とされていて」


環は、ポーチを差し出した。


「届けたほうがいいかなと思って」


凪は、少しだけ考え、

頷いた。


「……様子、見たいですね」


涼平が、

案内役として立ち上がる。


「俺が一緒に行くよ」



◇◇◇



廊下の先。


環は、

紗唯のもとへ歩み寄った。


「江上さん」


静かな声で呼び止める。


振り返った紗唯は、

一瞬、強く目を見開いた。


「先ほど、こちら落とされていました」


環は、丁寧にポーチを差し出した。


「……あ」


紗唯は、

両手で受け取ろうとして――

その手が、わずかに震えている。


環は、見逃さなかった。


「大丈夫ですか?」


やさしく、問いかける。


「どこか、体調がすぐれないように見えて……」


「い、いえ……」


紗唯は、慌てて首を振る。


「大丈夫です……あリがとうございました」


そのまま、

足早に立ち去っていく。



◇◇◇



少し離れた場所から、

柊と凪は、その様子を見ていた。


「……決まりだな」 柊が言う。


凪も、静かに頷いた。


「技術的にも

 行動的にも」


環は、

立ち去る紗唯の背中を、

しばらく見つめていた。


(……追い詰められてる)


それは、

責める気持ちではなかった。


ただ、

逃げ場を失った人の気配を、

確かに感じていた。


真実は、

もう隠れきれないところまで、

姿を現していた。

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