2.
「陽葉、お前に大事な話があるんだ。家族の根幹を揺るがす大事件だ」
日常。ありふれた休日の食卓でいつもはおちゃらけな父が、いつになく厳格な態度で口を開いた。
「実は家は代々続く名家の一柱なんだが、つい最近俺達が当主を治めることになった」
父は静かに腕を組み、母はゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
「いや、なんのドッキリ!?」
確かにうちは性が八束水とごく珍しいものだが、それを名家だというには弱すぎる。
「混乱するのも分かる。だが、落ち着いて、落ち着いて受け止めるんだぞ」
一切形の崩れない父の真剣な表情。
ドッキリだよな?父よ、お前が役に入りすぎているだけだよな?
「当主の座を巡って分裂した八束水家は大規模な抗争の末、和解。平和な形で終わらせるため無関係だったうちが当主に選出されというわけだ」
やばい現実味がなさ過ぎて全然内容が入ってこない。
頭上にはてなマークを浮かべたまま、父の話は進んでいく。
「それで、家業を引き継ぐことになるんだが、すまない息子よ。お前にもやってもらわなければならないことができた」
「お、おう……?」
「良かったわねえ、陽ちゃん。お嫁さんができたわよ」
それまでうんともすんとも言わなかった母が口を挟み_____。
「ん?今なんて言った?」
「お嫁さんよ!あんなに幼かった陽ちゃんにもとうとうお嫁さんができるなんて……」
「この父も自慢の息子の成長に涙が止まらないよ……」
やめろ、泣いてるふりをするな。まるで、ほんとに俺に嫁ができるような反応をしないでほしい。
俺なんて恋愛とは無縁……と言うかそもそも友達の一人もいないんだわ。
なるほど、今回はこういうイジリか。悲しい一人息子の孤独をドラマ的な設定から始めてついぞ虐めてくるわけだ。
「で、そろそろ話は終わりだよな……?俺、そろそろ部屋に戻ってもいいか?」
「いや今から引っ越しの準備だ。急で悪いが荷物をまとめてくれ」
「そういう設定はもういいから」
未だドラマを続ける父にうんざりしながら席を立つ。
にしても今回は長かった。いつもならもうすぐネタバラシして大笑いするはずなのに妙に引き延ばされている。まだ続いているのか、それとも本当に_____。
「なあ、父さん。それって本気で言ってたりするのか?」
この時の父の顔は今でも鮮烈に脳に刻まれている。
なぜならこの嘘一つない表情こそが全ての始まりを物語っていたから。
八束水家は古くから日本中の神事をまとめる家業を担う……らしい。
それは寺社の管理や祭事の運営まで幅広く及ぶ。まあとにかく偉いということだ。
溜息を一つ。平安時代の寝殿造り風の家で俺は不似合いに存在していた。
異常なまでの広さに落ち着かない気持ちが悶々とする。
「あら、陽ちゃん!新しいお家はどう?袴似合ってるじゃない」
「母さん……。まだドッキリっていう線は……さすがにないか」
既に父がお偉いさんと会話する様子をとことん目の当たりにしている。俺はただ少し前までの平凡に未練がたらたらなだけだ。現実を受け止められない、ただそれだけ。
「ふふ。母さんも最初はビックリしたのよ。でも、お父さん変に気品があったから、割とすんなり受け止めちゃった」
ちゃったか……。というか父に気品なんてあったか?
彼の息子として生まれてこの方おどけた様子しか拝めてないぞ。
「で、母さんは何の用で来たの?」
「あらあら、察しがいいのね。話は陽ちゃんの婚約者のことよ。なんでも、これから訪ねてくるそうで」
「婚約者ってそれ本気なのか?そもそも俺、婚約を認めてすらないんだが」
婚約者制度がまず何か分からないし。相手の素性も分からない。
ましてやこの俺、天性の孤独。友達も何も経験してない身からして一足飛びすぎる。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「心配とかじゃなくて。婚約者とか勝手に決められても困るって話だよ」
「そんなこと言ったって……。このままじゃ陽ちゃん拗らせたまま次期当主なのよ。それに相手さんも事情があってってことだから、ひとまず会ってみないと話にもならないでしょ?」
余計な一言があった気もするが、母の言葉が正しいのは言わずもがな。
「会って話をつけないことにはどうとも言えないか……」
溜息をまた一つ。広い屋敷に充満した静けさが今は耐え難かった。




