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隠された魔力源と共鳴パイプ

「おーっほほほほ! 見えてきましたわ、見えてきましたわよポエム! この学園の地下に眠る、芳醇で、かつ暴力的なまでの低周波の源泉が!」


キャサリン・フォン・グランバッハは、豪奢なドレスの裾が泥に汚れるのも厭わず、北校舎の隅にある埃を被った石像の台座を力任せに押し回した。ゴゴゴ、と重苦しい音を立てて床の一部がスライドし、湿った冷気と共に、奈落のような暗闇が口を開ける。


「お嬢様、落ち着いてください。その『芳醇』とかいう表現、普通はワインとかに使われるものであって、人を殺しかねない振動に対して使う言葉ではありません。自分、さっきから奥歯の詰め物が共振して、脳漿がシェイクされているような気分なのですが」


従者のポエムは、背負わされた二十キロ超の重装備『魔導周波数解析機・試作三号:ハミングバード』の重みに耐えかね、膝をがくつかせながら溜息をついた。彼の頭上では、魔導集音石を内蔵した『集音用猫耳カチューシャ』が、地下から漏れ出す微細な振動を捉えてピコピコと不気味に反応している。


「何を仰るの。この空気の震え……皮膚を撫でるような三〇ヘルツ以下の甘美な囁き。これこそが、真理へ至るためのプレリュードですわ。さあ、降りますわよ!」


キャサリンは手に持った魔導ランタンを掲げ、迷いなく地下階段へと足を踏み入れた。


地下へ降りるにつれ、周囲の光景は学園の優雅な建築様式から、剥き出しの機能美へと変貌を遂げていった。壁面を這うのは、鈍い銀光を放つ無数の管――『魔力配管』だ。通常、これらは照明や暖房のための魔力を供給する、いわば学園の血管に過ぎない。


だが、この地下深くの光景は、明らかに常軌を逸していた。


「……これは、酷い。いえ、素晴らしい。芸術的ですわ!」


キャサリンがランタンで照らし出したのは、巨大な地下空洞だった。そこには、迷宮のように絡み合う巨大な真鍮製のパイプが、幾重にも重なり合って天井を埋め尽くしていた。配管の節々には、巨大な蛇腹状のダンパーや、音の指向性を制御するためのホーン型のアタッチメントが取り付けられている。


「お嬢様……これ、ただの配管じゃありませんよね? 自分、詳しくはありませんが、ボイラー室にこんな巨大なトランペットみたいなものは必要ないはずです」


ポエムが指差した先には、直径二メートルはあろうかという巨大な円錐形の開口部が、暗闇に向かって口を開けていた。


「ええ、その通りですわ。ポエム、ハミングバードの波形モニターを見なさい。この空間のインピーダンス、完璧な配置マッチングが取られています。つまり、学園の魔力源から供給されるエネルギーが、熱や光ではなく、純粋な『空気の振動』へと変換されているのです」


キャサリンはうっとりと、冷たい金属パイプに頬を寄せた。


「このパイプの長さ、そして材質……。計算するまでもありませんわ。これは学園全体を一つの巨大な『共鳴箱』として機能させるための、巨大な音響増幅機構ですわよ。さっきの廊下での定在波も、聖歌隊の声を奪った超低周波も、すべてはこの巨大な『楽器』から奏でられた一音に過ぎなかったのですわ!」


「学園全体を楽器に……? 正気ですか。そんなものを作って、一体誰が何を演奏しようというのです」


「さあ? ですが、これほどの規模のシステムを構築するには、学園の構造を知り尽くし、かつ精密な音響工学の知識を持った者でなければ不可能です。……見てご覧なさい、このバイパス回路。特定の周波数だけを抽出して、各教室の通気口へと送り出すための分岐スプリッターが設けられていますわ」


キャサリンは指先でパイプを弾いた。キン、と硬質な音が響き、それが地下空洞全体に反響して、重厚な余韻となって戻ってくる。


「犯人は、この学園を巨大なシンセサイザーに作り替えようとしているのです。それも、ただの音楽を奏でるためではありません。音という物理現象を用いて、空間そのものを支配しようとしている……。ああ、なんて贅沢な! わたくしの『デス・カリバー』ですら、まだ単体での出力に固執していたというのに、この犯人は建築物そのものをスピーカー・エンクロージャーとして利用するなんて!」


「お嬢様、感心している場合ではありません。これ、もし暴走したら、学園中の窓ガラスが割れるどころか、生徒全員の三半規管がシェイクされて、立っていられなくなりますよ」


ポエムの言葉を裏付けるように、足元から地響きのような唸りが伝わってきた。ズズ……ズズズ……。それは耳で聞こえる音ではなく、内臓を直接掴んで揺さぶるような、不気味な脈動だった。


「来ましたわ……。メイン・コンプレッサーが稼働を始めましたのね。ポエム、ハミングバードの感度を最大に! この振動の指向性を追えば、この巨大な楽器の『心臓部』……魔力と音が交差する特異点に辿り着けますわ!」


「やっぱり行くんですか……。自分、もう耳栓代わりの綿を詰めすぎて、自分の声すら聞こえないんですけど」


「聞こえなくて結構! 音は『感じる』ものですわ!」


キャサリンは目を輝かせ、振動が最も激しい奥の通路へと駆け出した。湿った石畳の床には、何者かが引きずったような跡と、微かな魔導オイルの匂いが残っている。


通路の先には、巨大な円形の防音扉が鎮座していた。その表面には、複雑な音叉の紋章が刻まれ、内部からは物理的な衝撃波に近い「音」が漏れ出している。


「……この先ですわ。学園の地下に隠された、巨大な音響増幅機構の正体が、この扉の向こう側にあります」


キャサリンが扉のレバーに手をかけた瞬間、ハミングバードの針が振り切れんばかりに激しく振れた。猫耳カチューシャをつけたポエムが、その衝撃に耐えきれず、その場にへたり込む。


「お、お嬢様……これ、ヤバいです。数値が……数値がレッドゾーンを突き抜けて……!」


「構いませんわ! さあ、見せていただきましょう。この学園を震わせる、究極の重低音の正体を!」


キャサリンが力任せに扉を開け放つ。そこには、幾千もの真鍮管が中央の一点へと収束し、眩いばかりの魔力の光を音に変換し続ける、狂気的なまでの巨大音響装置が、脈動しながら鎮座していた。

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