究極のド底音、発動
「お見通しですわ!」 わたくしの宣言が地下神殿の冷たい空気を切り裂いた、その直後のことです。 勝利の余韻に浸る暇もなく、足元から「ゴゴゴ……」という、地獄の底から這い出してきたような不気味な地鳴りが響き始めました。 学園長は腰を抜かしたまま、震える指で背後の魔力核を指差します。「ひ、ひぃっ……! も、もう止まらん! 過負荷だ! 増幅されすぎた振動が核の内部でフィードバックを起こしている! このままでは学園はおろか、王都全土が共鳴粉砕されるぞ!」
見れば、巨大な水晶の塊である魔力核が、禍々しい紫色の光を放ちながら、目にも止まらぬ速さで微振動を繰り返していました。その振動はすでに空気伝播の域を超え、空間そのものを歪ませているかのようです。「お、お嬢様! これヤバいですよ! 自分の『ハミングバード』の針が振り切れて、さっきから盆踊りみたいな動きをしてます!」 ポエムが背負った解析機が、ガチガチと悲鳴を上げています。彼の頬の肉も、振動のせいでブルブルと高速で震え、まるでブルドッグのような顔になっていました。
「落ち着きなさい、ポエム。想定の範囲内ですわ」 わたくしは扇を優雅に畳むと、愛機『デス・カリバー』のコントロールパネルへ向かいました。「学園長が仕掛けた不完全な調律のせいで、魔力核が『ハウリング』を起こしているだけのこと。ならば、やるべきことは一つですわ。……ポエム! 極太の魔導直結ケーブルを! それも、インピーダンス耐圧が最高クラスのやつを出しなさい!」「ええっ、まさか直結する気ですか!? そんなことしたら、デス・カリバーが爆発して、自分たちの肉体が『粗挽きミンチ』になりますよ!」「文句を言わない! わたくしの重低音と魔力核、どちらが真の『ド底音』か、白黒つけようではありませんか!」
ポエムは「もう一生分の振動は堪能したんですけどね……」と力なく零しながらも、訓練された動きで巨大なケーブルを魔力核の基部へと叩き込みました。 わたくしはデス・カリバーの出力スイッチを、迷わず「MAX」のさらに先、赤いペイントで『UNIVERSE』と書き殴った禁断の領域へと回します。
「いいですか、ポエム。これから行いますのは、究極の『アクティブ・ノイズコントロール』ですわ。魔力核が放つ暴走振動――その波形をリアルタイムで解析し、完全に反転させた『逆位相』の超低周波を叩き込む。波と波がぶつかり合い、互いを打ち消し合う物理の抱擁……。これぞ、音響工学における愛の形ですわ!」「愛の形が暴力的すぎませんか!?」
わたくしの指が、発動キーを押し下げました。 その瞬間。 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン……!
音が「聞こえる」のではありません。 「圧」が、世界を塗りつぶしたのです。 視界が白黒に明滅しました。 デス・カリバーの巨大なウーファーユニットが、まるで生き物の心臓のようにドクンと大きく脈打ち、そこから目に見えるほどの「空気の塊」が放射されました。 それはもはや音という概念を通り越し、物理的な質量を持った壁となって魔力核へと襲いかかります。
「……ッ!? あ、あ、あ……!」 学園長の声は、音圧によって喉の奥へ押し戻されました。 地下神殿の石床が、まるで波立つ水面のように波打ち始めます。 わたくしのドレスの裾が、ポエムのネクタイが、重力など無視したかのように真上へと逆立ち、激しい振動で輪郭がぼやけていきます。 「これ……ですわ……! この、内臓が裏返るような、魂の底を直接掴んで揺さぶるような、究極の……ド底音!」 わたくしは、激しい振動に歯をガチガチと鳴らしながらも、歓喜に震えていました。 魔力核が放つ「破壊の振動」に対し、デス・カリバーが放つ「逆位相の重低音」が正面から衝突します。 ギギギ、と空間がきしむ音がしました。 二つの巨大なエネルギーが、ゼロ地点でせめぎ合います。 ポエムの顔は、もはや振動で誰だか判別不可能なレベルに達していました。「お、おじょ、さま……。じぶ、んの、奥歯が、全部、どっか、行きました……。あと、昨日の、晩ご飯の、味が、口の中に、戻って、きまし、た……!」「耐えなさいポエム! 今、わたくしたちは神の領域の静寂を創り出しているのですわ!」
魔力核の暴走する光が、デス・カリバーの放つ漆黒の振動に包み込まれていきます。 激しい火花が散り、地下神殿の柱にヒビが入りますが、わたくしは手を止めません。 むしろ、さらに魔力を注ぎ込みます。 三十ヘルツ、二十ヘルツ、十ヘルツ……。 可聴域を完全に脱し、物理現象としての「震え」だけが支配する世界。 魔力核の狂ったような明滅が、デス・カリバーの刻む一定のリズムに、強制的に同期させられていきました。 暴走するエネルギーが、逆位相の波によって中和され、行き場を失った熱として霧散していきます。 あれほど激しく揺れていた水晶の塊が、次第にその動きを鈍らせ、ついには深い、深い溜息をつくように、穏やかな青い輝きを取り戻していきました。
ドォォォォ……ン……。
最後の一撃。 学園全体を、いや、聖アリア学園が建つ大地そのものを一センチほど持ち上げたのではないかと思えるほどの巨大な余韻を残し、重低音の嵐が止みました。
静寂。 耳の奥がキーンと鳴るような、完全なる静寂が地下神殿を支配します。 魔力核は、先ほどまでの狂乱が嘘のように、静かに鎮座していました。 暴走は、完全に鎮圧されたのです。
「……ふぅ。少々、低域の解像度が甘かったですわね。次は電源ケーブルから見直す必要がありそうですわ」 わたくしは、乱れた髪を指先で整えながら、平然と言い放ちました。 足元では、ポエムが魂の抜けたような顔で、震える手で自分の頬をぺたぺたと触っています。「……生きてる。自分、まだ、固体として存在してますか? 液体になって、床の隙間に流れ込んでたりしませんか?」「安心なさい。貴方の骨密度は、この振動でむしろ強化されたはずですわ。……さて」
わたくしは、気絶して白目を剥いている学園長を一瞥し、それから、ようやく静まり返った魔力核を見上げました。 事件は解決しました。 物理の法則と、わたくしの重低音への愛の前に、古臭い呪いも陰謀も、すべては塵となって消え去ったのです。
「さあ、帰りましょうポエム。明日の講義までには、このデス・カリバーの真空管を冷やしておかなければなりませんもの」「……自分を冷やすための氷嚢も、大量に発注しておいてくださいね。本当にお願いしますよ……」
重い機材を引きずるポエムのぼやきを背に、わたくしは悠然と、崩れかけた地下神殿を後にしました。 その足取りは、究極の音を奏で終えた満足感で、これまでにないほど軽やかなものでした。




