お見通しですわ!
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……ッ!
地響きとも、大気の悲鳴ともつかぬ重低音が、地下神殿の空気を物理的な質量を持って押し潰した。 わたくしの愛機『デス・カリバー』から放たれた「オーバーキル・ベース」は、学園長が誇らしげに奏でていた「死の旋律」を、文字通り塵へと変えて霧散させたのである。
「……な、……ば、馬鹿なッ! 私の、私の完璧な魔導旋律が、相殺されたというのか!? 計算外だ、こんな……こんな野蛮な振動に、古代の英知が屈するなどッ!」
学園長は、まるで魂を抜き取られた抜け殻のような顔でよろめいた。自慢のタクトは震え、その先端からは頼りない火花がパチパチと爆ぜている。 わたくしは、デス・カリバーの巨大なエンクロージャー(筐体)の上に立ち、優雅に扇を広げた。足の裏から伝わる余韻の振動が、実に心地よい。
「おーっほっほっほ! 計算外? 英知? 笑わせないでくださいまし。貴方のなさっていることは、英知でも何でもありませんわ。ただの『建物の構造欠陥』を利用した、お粗末な手品に過ぎません」
「な……構造欠陥だと……!?」
学園長が目を見開く。 わたくしは、背後でガタガタと震えながら『ハミングバード』を抱えているポエムに合図を送った。
「ポエム、例の図面を」「ひ、ひゃいっ! お嬢様、もう自分、振動で奥歯が全部抜けそうです……。ほ、ほら、これですよね、地下配管の設計図の写し!」
ポエムが震える手で広げたのは、わたくしが学園の資料室から「拝借」し、解析を終えた古い羊皮紙だ。
「学園長、貴方が『喉切り公の呪い』と呼んで利用していた現象の正体……。それは、かつての建築家が仕掛けた、壮大かつ悪趣味な『物理的トリック』ですわ」
わたくしは扇で、地下神殿の天井を縦横に走る無数の真鍮管を指し示した。
「この学園の北校舎、そしてこの地下神殿は、全体が巨大な『共鳴管』として設計されています。特定の季節、特定の方向に風が吹くと、屋上の通気口から取り込まれた空気が、この複雑な配管を通る過程で加速し、特定の周波数を発生させる……。いわば、学園そのものが『巨大な笛』なのですわ」
「それがどうした! その音が、死を招く呪いの調べとなるのだ!」
「いいえ。貴方が『死の旋律』と呼んでいたものは、単なる『超低周波』と『定在波』の組み合わせです。特定の廊下でポエムのネクタイが切れたのは、空気の振動が一点に集中し、物理的な切断能力を持つほどに増幅された『定在波の腹』が発生したから。そして、聖歌隊の皆様が声を失ったのは、二十ヘルツ以下のインフラソニックが、喉の粘膜と特定の共振を起こし、一時的な筋肉麻痺を引き起こしただけのこと……」
わたくしは一歩、デス・カリバーの上で踏み出した。
「学園長、貴方はその自然現象を、魔力配管のバルブを操作することで意図的に引き起こしていたに過ぎません。魔力核のエネルギーを使って振動を増幅し、『呪い』という付加価値をつけて周囲を怯えさせた。……実に、浅ましい。重低音を、人を殺す道具や、権威付けの道具に使うなんて、音響工学に対する冒涜ですわ!」
「……黙れ、黙れ黙れ! 理屈はどうあれ、私の魔術は現にこの学園を支配している! この『守護水晶』さえ粉砕すれば、私は神にも等しい力を――」
「それも無理ですわ」
わたくしは冷酷に言い放った。
「貴方は、固体伝播音による共鳴破壊を狙っていましたわね。地下の排水パイプを通じて振動を送り込み、水晶の固有振動数に合わせることで、内部から崩壊させる……。ですが、わたくしの『デス・カリバー』は、すでにその『打ち消し(アンチ・フェイズ)』を完了しています。現在、学園全体のインピーダンスはわたくしが完全に掌握いたしました。貴方がどんなにタクトを振ろうと、出力されるのはわたくしの愛する、純粋で、健康的で、暴力的なまでの重低音のみ!」
「そ、そんな……私の計画が、私の芸術が……!」
学園長はその場に膝をついた。 狂気に満ちていた瞳は濁り、ただの老人のそれへと成り果てている。 周囲の空気は、先ほどまでの刺すような緊張感を失い、代わりにデス・カリバーが刻む、腹の底に響くような心地よいリズムに支配されていた。
「お嬢様……流石ですけど、自分、もう限界です……。耳から魂が漏れそうです……」「情けないわね、ポエム。この重低音の抱擁に包まれて死ねるなら、本望ではありませんか」「嫌ですよ! 自分は畳の上で死にたいんです!」
ポエムのツッコミを華麗にスルーし、わたくしは学園長を見下ろした。 不可解なオカルト現象、血塗られた学園の伝説。 その裏に隠された、あまりにも物理的で、あまりにも単純な、音の悪用。
わたくしは、右手の扇をバチンと閉じ、学園長の鼻先を指した。 そして、前世から続くこの探求心と、今世で手に入れた最高の機材への誇りを込めて、決め台詞を叩きつける。
「幽霊も呪いも、すべては波形と周波数の問題に過ぎません。学園長、貴方の浅知恵も、そのお粗末な音響設計も――」
わたくしは、不敵な笑みを浮かべた。
「お見通しですわ!」




