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狂気のリフレイン

「聞きなさい、この至高の調べを! これこそが、不浄な肉体を浄化し、魂を純粋な魔力へと昇華させる『死の旋律デス・メロディ』だ!」


 学園長が狂ったように両腕を振り上げると、地下神殿の空気が一変した。 鼓膜を突き刺すような、超高周波の絶叫。それは音というよりは、目に見えない無数の剃刀が空間を埋め尽くしたかのようだった。


「キィィィィィィィィィィン……ッ!」


 耳の奥を直接掻き毟られるような不快感。 石造りの床に置かれた水槽の水面が、一瞬で激しく沸騰したかのように泡立ち、次の瞬間にはガラスそのものが耐えきれずに粉々に弾け飛んだ。 これが、細胞の固有振動数を強制的に書き換え、内部から崩壊させるという殺人音波。 傍らに控えるポエムが、白目を剥いてその場に崩れ落ちそうになる。


「が、は……っ! お、お嬢様……脳みそが、脳みそがシェイクされて、ストロベリー味になりそうですぅ……!」「しっかりなさい、ポエム! そんな腑抜けたことでは、わたくしのライブの最前線フロントエリアは務まりませんわよ!」


 わたくしは、愛機『デス・カリバー』のコントロールパネルに指を走らせた。 ヘッドホン越しに伝わる波形データは、まさに狂気の沙汰。三万ヘルツを超える超高周波の波が、暴力的なまでの指向性を持ってこちらへ押し寄せてきている。 だが、わたくしは――笑った。 扇子を広げ、優雅に、そして傲慢に。


「おーっほっほっほ! 学園長、貴方の『音』には、決定的なものが欠けていましてよ!」「……何だと?」「スカスカなんですのよ。そんな高音ばかりに頼った、中身のない薄っぺらな音! まるで、芯のないお喋り男の言い訳を聞かされているようですわ。オーディオマニアとして、これほど不愉快なことはありませんわね!」


 わたくしは、デス・カリバーの出力リミッターを、躊躇なく「解除」の方向へ叩き込んだ。


「教えて差し上げますわ。世界を支配するのは、天に届く高音ではなく……地を這い、魂を揺さぶる『重低音』であることを! いでよ、三十ヘルツの咆哮!」


 ドォォォォォォォォォォン……ッ!!


 空気が爆ぜた。 デス・カリバーの巨大なコーン紙が、魔力駆動のピストンによって力強く押し出される。 それは音という概念を超えた、物理的な「壁」だった。 学園長が放った鋭い高周波の刃が、わたくしの放った重低音の圧力によって、まるで紙屑のように押し返されていく。


「な、何だと……!? 私の『死の旋律』を、ただの振動で押し戻すというのか!」「ただの振動? 失礼しちゃうわね。これは、わたくしが三日三晩寝ずに計算し尽くした、インピーダンス整合完璧な『黄金の低域』ですわよ!」


 空中で、高周波と低周波が激突する。 不可視のエネルギーがぶつかり合い、その接点では空間が陽炎のように歪んでいた。 学園長が奏でる高音が、わたくしの重低音という「巨大な質量」に飲み込まれ、減衰し、霧散していく。


「ポエム、ハミングバードの出力を最大に! 位相を反転させ、奴の音を物理的に『消去』しますわ!」「ひ、ひぃぃ! 了解ですっ! でもお嬢様、これ以上出力を上げたら、学園の建物が、建物がプリンみたいに崩れちゃいますぅー!」


 ポエムが必死にレバーを操作すると、ハミングバードから放たれた解析データがデス・カリバーへとフィードバックされる。 リアルタイムでの逆位相生成。 学園長が放つ殺意の旋律に対し、わたくしはその波形を完全に打ち消す「負の波」を、重低音の衝撃波に乗せて叩き込んだ。


 パリン、パリン、パリンッ!


 地下神殿の柱に刻まれた魔導回路が、過負荷によって次々と火花を散らす。 学園長の顔から余裕が消えた。彼は狂ったようにタクトを振り、さらに出力を上げようとする。


「馬鹿な……私の魔術は、古代から伝わる完璧な調和ハーモニーのはずだ! それを、こんな、品性のかけらもない爆音で上書きするなど……!」「品性? そんなものは、この振動の前にひれ伏すがよろしいわ! 重低音こそが正義! 重低音こそが真理! そして、重低音こそが、わたくしの愛ですわ!」


 わたくしはデス・カリバーの天板に飛び乗り、仁王立ちになった。 足の裏から伝わる暴力的な振動が、心地よい。全身の血液が、重低音のリズムに合わせて沸騰していくのを感じる。


「さあ、学園長! もっと出しなさい! 貴方のその細っこい音を、わたくしの『デス・カリバー』がすべて飲み込み、堆肥コンポストに変えて差し上げますわ!」


 高周波の「死の旋律」と、超低周波の「生の咆哮」。 地下神殿は今や、物理法則が崩壊しかけた音響の戦場と化していた。 天井からはパラパラと塵が落ち、魔力核は二つの巨大なエネルギーに挟まれ、悲鳴のような輝きを放っている。


 波と波がぶつかり合い、干渉し、巨大な「うねり」となって学園全体を揺らし始める。 それはまさに、空前絶後の音響バトル。 わたくしの指が、最後のフェーダーに触れた。


「トドメですわ! 全回路全開フルドライブ――オーバーキル・ベース、発射!!」


 地下神殿が、かつてないほどの激震に見舞われた。

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