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地下神殿の対決

「ひ、ひえぇぇぇ! 鼓膜が! 鼓膜が反対側から突き抜けそうです自分! 脳漿がシェイクされて、さっき食べた学食のA定食(サバの味噌煮)が逆流の兆しを見せていますよ!」「しっかりなさいポエム! この程度の加速度で音を上げてどうしますの。今、わたくしたちは音速の壁……とまではいきませんが、少なくとも学園の校則という名の壁は完全に突破したのですわ!」


 螺旋状の斜面を、猛烈な勢いで魔導台車が滑り降りる。 車輪と石床が擦れる不快な高周波(スクィール音)が地下空洞に反響するが、背後に積んだ『デス・カリバー』から放たれる圧倒的な重低音が、それらすべての雑音を物理的に圧殺していた。


 暗闇の中、わたくしの視界には『ハミングバード』が映し出す波形データが、鮮やかな燐光となって踊っている。「……おかしいですわね。地下に近づくにつれ、空気のインピーダンスが異常に上昇していますわ。まるで、空間そのものが特定の周波数を待ち構えているような……」「専門用語はやめてください! それより前! 前を見てください! 終点、というか、奈落の底が見えてきましたよ!」


 ポエムの悲鳴とともに、視界が急激に開けた。 そこは、学園の地下に隠された巨大な円形空洞――。 いや、それは「空洞」と呼ぶにはあまりにも冒涜的な、巨大な「楽器」の内部だった。


 天井まで届く無数の真鍮管が、血管のように壁面を這い回り、そのすべてが中央に鎮座する巨大な結晶体――『魔力核マナ・コア』へと集束している。 魔力核は、どろりと濁った紫色の光を放ちながら、不気味な脈動を繰り返していた。


 だが、わたくしの目を奪ったのは、その禍々しい装置そのものではない。


「……っ、あれは!」


 魔力核を取り囲むように、数十人の生徒たちが配置されていた。 聖歌隊のメンバー、そして行方不明になっていた教職員たち。 彼らは円形に並べられた石柱に固定され、虚ろな目で口を大きく開けている。 その喉元には、細い魔導糸が接続され、彼らの身体そのものが「共鳴板」として利用されているのが見て取れた。


 声は聞こえない。 だが、彼らの喉が、胸が、目に見えない微弱な振動に晒され、その振動が真鍮管を通じて魔力核へと送り込まれている。 人間を生贄にした、最悪の音響増幅回路アンプリファイア


「おやおや。招かれざる客が、随分と騒々しい荷物を抱えてやってきたものだね」


 空洞の奥、魔力核の直下に立つ影が、ゆっくりと振り返った。 穏やかな微笑。整えられた白髪。 それは、学園の良心と謳われた、あの学園長その人であった。


「学園長……。やはり、貴方でしたのね」「いかにも。だが、少し言葉が足りないかな、キャサリン君。私は今、教育者としてではなく、失われた『音響魔術』の正当なる継承者としてここに立っているのだよ」


 学園長は、愛おしそうに魔力核の表面を撫でた。 その隣には、豪奢なドレスを纏った女が、扇子で口元を隠しながら艶然と微笑んでいる。 学園の運営に多額の寄付を行っている、有力な貴族の未亡人――黒幕の協力者だ。


「あたくし、驚いてしまいましたわ。まさか、あの『重低音バカ』の公爵令嬢が、ここまで辿り着くなんて。でも、少し遅かったようですわね?」「遅い? 何がですの。わたくしの計算では、まだ魔力核の共振係数は臨界点に達していませんわ。むしろ、今のこのスカスカな音の密度……技術屋として、見ていて虫唾が走りますわね!」


 わたくしは台車から飛び降りると、ハミングバードの出力を最大に引き上げた。 周囲の空気が、わたくしの怒りに呼応するようにビリビリと震える。


「生徒たちの声を奪い、それを微弱な振動エネルギーとして抽出する……。かつて『喉切り公』が試み、失敗したとされる禁忌の音響理論。それを完成させようというのですか?」「失敗? いいや、彼は正しかったのだよ。ただ、圧倒的に『触媒』が足りなかった。だが、今の私にはこの学園がある。数百人の若く、純粋な声帯から放たれる微細な振動……。これを集束させ、魔力核の固有振動数と完全に同調シンクロさせたとき、世界はかつてない『真理の音』を聴くことになる」


 学園長の声が、熱狂を帯びて高くなる。 彼の背後で、真鍮管がキィィィィンという耳を刺すような高音を奏で始めた。 生徒たちの体が、その音に合わせてビクンと跳ねる。


「その『真理の音』とやらで、学園を、そしてこの国を崩壊させるおつもりですの?」「崩壊ではない。再構築だよ。この低俗な騒音に満ちた世界を、一度完璧な『静寂』へとリセットするのだ。そして、私があらゆる音を支配する指揮者マエストロとなる」


 協力者の女が、くすくすと喉を鳴らして笑った。「あたくしたちの計画は完璧ですの。貴女が撒き散らした重低音の騒ぎは、すべて『喉切り公の呪い』を演出するための良い隠れ蓑になってくれましたわ。お礼を言わなくてはいけませんわね?」「……お礼なら、この『デス・カリバー』の振動でお返しして差し上げますわ」


 わたくしは、愛機――試作壱号の操作パネルに手をかけた。 怒りで視界が赤く染まる。 彼らの目的が邪悪だからではない。 彼らの手法が、音響工学的にあまりにも「美しくない」からだ。


「人の声を奪い、無理やり増幅させるなど、ひずみの極致ですわ。そんな濁った音で魔力核を鳴らそうなんて、オーディオマニアに対する冒涜……万死に値しますことよ!」「ハハハ! 面白い。君のその『重低音への執着』、嫌いではないよ。だが、個人の趣味でこの壮大なシステムに抗えるとでも思っているのかね?」


 学園長が腕を広げると、地下神殿全体が、巨大な鐘の中にいるような轟音に包まれた。 魔力核が紫から禍々しい赤へと色を変え、空間そのものが歪み始める。 生徒たちの口から、形にならない「無音の叫び」が溢れ出し、それが真鍮管を通じて収束していく。


「さあ、見届けたまえ! これこそが、数世紀の時を経て完成する、究極の音響魔術――『絶望のラプソディ』だ!」


 空気が重圧を増し、ポエムがその場に膝をついた。 だが、わたくしは退かない。 ヘッドホンのスイッチを入れ、逆位相の波形を脳内で組み立てる。


「……ポエム、耳栓の準備はよろしくて?」「じ、自分、もう耳栓どころか、魂が口から漏れ出そうです……!」「しっかりなさい。これから、わたくしの『本物』が、彼らの『偽物』を物理的に粉砕する様子を、特等席で見せて差し上げますわ」


 わたくしの指が、デス・カリバーのメインフェーダーに触れた。 魔力核から放たれる不協和音と、わたくしの重低音が、地下神殿の狭い空間で激突しようとしていた。


 嵐の前の、一瞬の静寂。 わたくしは、不敵に微笑んで言い放った。


「学園長。貴方の指揮棒は、あまりにも軽すぎますわ。――本当の『音の重み』というものを、その身に刻んで差し上げます!」

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