ウーファー爆走、学園を駆ける
ズ、ズ、ズ……。 大地が、胃の腑を直接掴み上げられるような不気味な震動に悶絶を始めた。 アリスティア王子の嘲笑が、引きつった笑みに凍りつく。騎士たちが構えた槍の穂先が、物理的な「震え」によってカチカチと音を立て、互いにぶつかり合っている。
「な、なんだ……!? 地震か? それとも、地下の魔力核が暴走を始めたというのか!」「いいえ、殿下。これはただの予熱ですわ」
わたくしは優雅に、しかし断固とした動作で、校庭の向こう――砂塵が舞い上がる正門の方角を指差した。 そこには、およそこの世のものとは思えない光景が広がっていた。 巨大な、あまりにも巨大な「箱」が、四輪の魔導台車に載せられて猛スピードでこちらへ向かってくる。それを牽引しているのは、白目を剥き、もはや魂が半分口から突き出ているような形相のポエムであった。
「お、お嬢様ァ……! これ、本当に、止まりませんよ自分! 慣性の法則が、自分を殺しに来てますよ自分……ッ!」
ポエムが装着している『集音用猫耳カチューシャ』が、あまりの風圧に後ろへとなびいている。彼が必死に手綱を引く魔導台車の上には、漆黒の巨躯を誇る、キャサリン謹製・超弩級サブウーファー『アビス・ジェネレイター:終焉の重低音』が鎮座していた。 そのサイズは、もはや小型の家屋に匹敵する。前面に配置された巨大なコーン紙は、まるで深淵に潜む怪物の瞳のように、獲物である騎士たちを睨みつけていた。
「ポエム、よくやりましたわ! さあ、インピーダンス整合を確認! 出力、一二〇パーセントへ!」「もう勝手にしてくださぁい! 自分の鼓膜は、さっきから休暇届を出してますからね!」
ポエムが台車の側面にあるレバーをヤケクソ気味に引き絞った。 その瞬間。 世界から「音」が消えた。 いや、消えたのではない。あまりにも巨大なエネルギーが、可聴域の限界を超えた「圧力」となって空間を支配したのだ。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン……ッ!
空気が目に見える波となって放射状に広がった。 突撃しようとしていた近衛騎士たちの身体が、まるで巨大な透明の壁に叩きつけられたかのように、次々と後方へ弾き飛ばされる。
「ぎゃあああ!? なんだ、この風圧は!」「風ではありません、殿下。これは『疎密波』……つまり、空気の塊が皆様を愛撫しているのですわ。少々、力が強すぎるかもしれませんけれど」
騎士たちが掲げていた魔法障壁が、ガラスが割れるような音を立てて粉砕される。魔力による防御など、純粋な物理振動の前では無力に等しい。彼らの槍は共振を起こしてひび割れ、金属の鎧は不快な唸りを上げて、着用者の体力を根こそぎ奪っていく。
「ひ、ひいいっ! 耳が、耳が痒い! 脳みそがシェイクされている……!」「お黙りなさい。それはわたくしからの、最高級の耳掃除ですわ」
わたくしは、猛スピードで通り過ぎようとする魔導台車の荷台へと、ドレスの裾を翻して華麗に飛び乗った。 足元から伝わる、三〇ヘルツ以下の極低域振動。ああ、この内臓を直接マッサージされるような感覚! 前世のクラブイベントで、スピーカーの真ん前に陣取ったあの夜の記憶が蘇るようですわ。
「ポエム! 舵を切りなさい! 目指すは中央校舎の地下、魔力核の直上です!」「わかってますよ! でも、この振動のせいで、さっきから奥歯の詰め物が三つほどどっかに行っちゃったんですけど、労災下りるんですか自分!」「わたくしの愛という名の報酬を差し上げますわ! さあ、全速前進!」
魔導台車は、重低音の衝撃波を前方への推進力に変え、文字通り「爆走」を開始した。 立ち塞がろうとする騎士団の包囲網は、もはや紙細工も同然だった。サブウーファーから放たれる指向性の衝撃波が、彼らを左右へと豪快に吹き飛ばしていく。それはまるで、紅海を割るモーセの如き光景。
「待て! 逃がすな! キャサリン・フォン・グランバッハ、貴様、何を企んでいる!」 アリスティア王子の叫びが遠ざかる。彼は衝撃波の余波で尻餅をつき、王族の威厳もへったくれもなく地面を転がっていた。
わたくしたちは、学園の象徴である大理石の階段を、重低音のパワーで一段飛ばしに駆け上がった。「お嬢様、正面の扉! 閉まってます! 激突しますよ!」「ポエム、音響工学の基本を忘れたのですか? 物質には必ず『固有振動数』が存在します。……ハミングバード、解析終了! 周波数を扉の共振点に固定なさい!」
わたくしが手元のコントローラーを操作すると、サブウーファーの唸りが、低く、鋭い音色へと変化した。 次の瞬間、学園の重厚なオーク材の扉が、まるで最初から粉砂糖で作られていたかのように、一瞬で粉々に砕け散った。
「突破ですわ!」
砕け散った木片の雨をくぐり抜け、わたくしたちは学園内部へと突入した。 廊下を走るたび、展示されていた歴代学園長の肖像画がガタガタと震え、床に落ちる。花瓶は歌うように割れ、シャンデリアは狂ったように揺れる。 わたくしたちが通った後には、静寂ではなく、耳の奥に残る「残響」だけが支配する。
「見えましたわ、ポエム! あの北校舎の隅にある石像……あそこが地下への入り口です!」「自分、もう何も見えません! 視界が振動でブレすぎて、世界が印象派の絵画みたいになってます!」
ポエムが叫びながら台車をドリフトさせた。 巨大なサブウーファーを載せた台車は、猛烈な勢いで石像へと突っ込んでいく。 わたくしは、ハミングバードのダイアルを「指向性・最大」へとセットした。
「どきなさい、石像さん。今、わたくしがこの学園の『不協和音』を、本物の重低音で上書きして差し上げますから!」
ドォォォォォン!
本日一番の衝撃波が石像の台座を直撃した。 仕掛けが作動し、床が円形に割れて、地下へと続く巨大な螺旋状の斜面が姿を現す。 そこは、まるで巨大な化け物の喉笛のような、暗く深い闇の空洞。 しかし、わたくしには見える。その奥底で、何者かが仕組んだ「偽りの共鳴」が、学園を破壊しようと脈動しているのが。
「さあ、行きましょう! 地下の魔力核が、わたくしの低音を待っていますわ!」「もうどうにでもなれです自分! ヒィィィィハァァァァ!」
ポエムが完全に理性のリミッターを外して叫び、魔導台車は重力に逆らうことなく、地下の深淵へとダイブした。 背後では、追いかけてきた騎士たちの怒号が、わたくしたちが放つ圧倒的な「音の壁」に遮られ、急速に遠ざかっていく。
暗闇の中、サブウーファーのインジケーターだけが、不気味な青い光を放ちながら激しく明滅していた。 目標、地下中枢・魔力核。 真の黒幕が奏でる「絶望の旋律」を、わたくしの「究極の重低音」で物理的に粉砕する時が来たのですわ。




